第2話【food fight-タビマエノショウガイ-】(1)

 時刻は22時過ぎ、場所は弁天町べんてんちょう駅より徒歩8分に位置する築20年のアパートの405号室。



 遅めの夕飯を済ませたねねと永渦えいかは、ソファーに腰掛けながらテレビを眺め、雑談に興じていた。



「前から疑問だったのだけれど、水汽みずき永渦えいかさん。あなたは今何処に住んでいるの?」



「おうちのこと? 無いよー。その日暮らしっていうか、毎日まいにち外泊っていうか」



「お金の工面は? なんかバイトとかしてたっけ」



「最終学歴が保育園卒ほいそつ以下の住所不定者ねなしぐさを雇ってくれるところなんかないよー。バカだなぁねねちゃんは」



「ぐっ。でも、じゃあ。同じ条件でもちゃんと働いているあたしの勝ちー、とか言ってみたり」



「それって過去形だよねぇー。ここに来る前にじひょー置いてきたから、ねねちゃんもえーかと一緒の無職ぷーさんだよ。はちみつ食べる?」



「辞表じゃなく正確には退職願いね。つっても、色んな手順を省略すっとばして何も言わずに飛び出してきたから、事が済んだ後に出戻りするのは、ちょっと難しそうかな」



 希代の魔術師エリート(笑)である膜間まくまを無力化(あるいは自滅)した後、ねねは永渦を連れて一度居室に戻った後、「ごめんなさい。ちょっと野暮用が出来たので今日限りで辞めます。それからあたしを探さないでください」と、見方にとっては遺書に捉えかねられないような危なっかしい書置きを残し、地下鉄を乗り継いで自宅へと帰宅したのだった。



 膜間によってねねの居室にも人払いの魔術式施されていたようで、どんなに短く見積もったとしても明日の朝方頃までは団員メンバーらに事態が判明する心配はなさそうであった。



 ちなみにカーペット人間に関しては未だ魔術が解けておらず、解術の方法が分からなかったのでそのまま放置スルーに至る(一応ごめんなさいと頭を下げた)。



「いや、別に家があるないはどうでもよくて、これからどうするかについてなんだけど。ここに留まり続けるよりも、なるべく早いうちに遠出して身を隠すべきよね。その際、水汽永渦さんは旅費にてる貯えはどれくらいあるのかなぁって」



「お金はねー、今329円とあとファミレスの割引チケットぐらいしか持ってないかな!」



素寒貧すかんぴんにも程があるのに威張られても反応に困るよ……。はぁ。まぁいいや。貸しとくからちゃんと返してね。利子付けないし、いつでもいいからさ」



「ありがとねねちゃん! 超高層ビルタワマンとかに住んでて暇を持て余してそうな富裕層ブルジョアのオヤジを捕まえて死なない程度に拷問してから出せるもん出せるだけ引き出した後に、ちゃんと現金キャッシュで耳そろえて返すね!」



 物騒極まる返済方法についてはあえて深く掘り下げず、CMに入ったタイミングでねねはTVの電源を切り、横に座った永渦の方を見る。



「さしあたっては、あたし達を知っている人――元緑夜叉ろくやしゃ村の生存者を訪ねようと思うんだ」



「誰よだれよ、えーかも知ってる人かな?」



緋崎ひさき藍色あいいろ大オバ様に会うのが一番ベストだけど行方が分からないからさ。次に信頼できる、刑部おさかべ牢庫ろうこ姉様を尋ねようかなぁって。あの人なら何か知っているかも知れないし、村壊滅後から今の生活に至るまで沢山助けてもらってたから久々に会って直接、お礼も言いたいし」



 緋崎ひさき藍色あいいろに、刑部おさかべ牢庫ろうこ



 いずれも緑夜叉村出身の魔術師である。



 ねねが前者を訪ねるのを最善としたのは、彼女がいわゆる“予測主プレディクショナー”と呼ばれる存在であるからだ。



 現実に為る前の不確かな未来をことの出来る緋崎へと助言を請えば、先の展望は大いに明るくなるのは間違いないだろう。



 但し、前述ねねが言った通り現在の彼女は行方が知れず、且つ死んでいなければ齢80半ばを超える老女である。



 傘寿さんじゅに差し掛かる程にお年を召した緋崎が、寿命によって天へと召されしまっている可能性も無いとは言えない。



 一方、もう一人の刑部だが、年齢に関してはねねより一回り上とはいえ、老衰の心配はなかった。



 ねねにとって彼女は面倒見の良いお姉さんであり、そして魔力を込めた自作品の数々を操る――鎧に特化した鍛冶屋ブラックスミス



 聞けば京都府と滋賀県の境目の山奥で、骨董品屋アンティークまがいの個人商店ショップを営んでいるのだとか。



 ねねと同様に緑夜叉村の生存者たる刑部へと刺客が送られていたのならば、それが事前であれ事後であれ、何らかの情報共有は期待できるところである。



(牢庫姉様には、膜間のおじさんが言ってた伽藍がらん端〆はじめについても、改めて聞いておく必要があるかもね――)



 考えを巡らせながら、ねねは明日の予定について永渦へと伝えようとした矢先である。




 ピンポーンッ。


 ピンポーンッ。




 人が訪ねてくるには遅すぎる夜更け間際に――玄関のチャイムが二度、鳴った。

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