第1話【eleven years later-ジョウキョウサイカイ-】(7)

「こんのっ……クソダボがぁあああァア!!!」



 脇腹に刺突を受け、全身に広がりつつある痛みに絶叫しながら、膜間まくまは両手で眼前の少女へと乱暴に掴みかかった。



 少女は後ろへと飛び退きひらりとかわし、彼の反撃は虚しく空振りに終わってしまう。



 そんな彼女を眺めながら、ねねはうんうんと頷き労いの言葉エールを送る。



「良い。良いよー水汽みずき永渦えいかさん。咄嗟とっさ退いたのは抜群に妙技ファインプレーだったよー。あと気を付けてね、おじさんに触られるとあたしみたくぺらっぺらになっちゃうからさ」



 水汽みずき永渦えいかと呼ばれた少女はそれを受けて、「おーけい」と返した。



「メスガキ風情が、調子に乗りやがって……死なすっ! 今すぐに死なす! やんよ!!」



 負傷した脇腹を左手で押さえつつ、膜間は空いた右手で取り出した拳銃を構え、永渦へ向けて二度引き金を引いた。



 パンッ! パンッ!



 乾いた炸裂音が鳴り響き、銃口の先から細々とした煙が上がる。



 その延長線上にいた永渦の眉間と左胸には、直径1cm程の銃痕が刻まれていた。



 然るに、発砲された弾丸が命中先である脳と心臓の双方へ深刻なダメージを及ぼすのは、自明の理。



 結果、永渦は頭部より血と脳漿のうしょうとが混ざった赤黒い液体をき散らしながら、そのままバタンと後ろへと倒れ込み、仰向あおむけになったまま動かなくなった。



「ざまぁみろ! なめやがって! なめくさりやがって! おい小娘、テメェはこう簡単には始末しねぇぞ。死んだ方がマシだと錯覚するぐらいに、滅茶苦茶に凌辱けがしてやる!!」



 まずは何も言えなくなるまで殴打してやろうと大股で歩み寄っていく膜間に対し、未だ余裕の面構えが崩れていないねねは、ふわぁーと欠伸あくびをしながらだるげに呟いた。



「なんていうかその。小物ムーブがすさまじいよね、おじさん。急所を一撃、いやこの場合二撃か。銃の腕前は見事だとしても、足りないんだよね」



 ではあの子は止められないんだよねぇ、と。



 横たわるねねへと近付いた膜間が拳を振りかぶったその刹那せつな、彼の視界の外では信じられない出来事が起こっていた。




「あいたたたっ。きょうはお顔にくらっちゃうことが多いなぁ。これでもいちおう女の子なのに……うわっ。めっちゃこぼれる」




 脳を損傷し心臓に穴の空いた――




「なっ……なんで――」



「ナイッスー。顔面セーフ。今が好機チャンスだよー」



 異変を感じた膜間が振り返った先にたたんでいた永渦は、視線が交わうと同時に何かを投げる動作を行う。



 程なくして、投擲とうてきされた刃物が二本、膜間のそれぞれのてのひらへ深々と突き刺さっていた。



「ぎゃああああああああああ!!」



 痛みに絶叫する膜間。



 そんな彼以上に身体を負傷している――ぼたぼたと色々なモノを垂れ流しながら、通常であれば命を落とすに値する致命傷を受けた筈の永渦は、何故だか未だ死に至っていない。



「ねねちゃんと遊んでいいのは……だ。その首、叩き落とす。ばらばらに切りきざんでやる――」



「待って。水汽永渦さん。じゃれるの一旦ストップ。先にあたしの身体を元に戻してもらわないと」



 放っておけばそのまま膜間へととどめをしかねない永渦を制したねねであったが、薄く変容した四肢はいつの間にやら元の正常なものへと戻っていた。



「ひぃぃいっ! 治した、治したからもうヤメ……いっ、いや! どうかやめてください!」



 いわゆる日本人が取り得る最高に分かり易い謝罪の表れである土下座をしながら、膜間は戦闘を続行する意思が無い旨を必死にねねへと伝えようとしていた。



「指摘と同時に解術してくれるなんて、意外と優しいじゃん。幸いあたしは身体を薄くされただけで、暴行未遂とはいえそんなに根に持ってはいないからさ。安心してよ。おじさんのこと殺さないって、ちゃんと約束する」



 立ち上がり、ねねは言う。



 命を奪うつもりはないと言いながらも、彼女の目元は一切笑っていない。



「でもでも、これからの問い詰めインタビューにしっかり受け答えしてくれないと、あたしの横にいる水汽永渦さんが暴れちゃうかもしれないから、そこはもうおじさん次第だよ。せいぜい心して望んでよね」



「一体、一体俺は今から何を……?」



「みっつ数えるうちに聞かれたことに回答すること。それとちゃんと正直に回答すること。内容に関してはこっちが判断するけど、疑わしいと感じる度に指一本、明らかに嘘だと分かった際には眼球一つをペナとして削いでいくから、そこんとこよろしくねー」



「だめっ! あますぎるよねねちゃん。それだとコイツ22回も言い逃れ出来ちゃうじゃん。指じゃなくて腕か脚、眼球じゃなくて首に変えるべきだよ!」



「うーん。水汽永渦さんの意見も汲みたい所だけれど、ただでさえ脇腹と両掌刺されてるのに、これ以上キツくしたらおじさん出血多量でショック死しちゃうんじゃないかな……」



 凡そ十代の少女らが交わすには異常極まる猟奇的な会話内容を耳にしながら、当事者たる膜間は――そもそもが早急に手当てが必要な程度には流血している現状を差し引いても――血の気が引く思いであった。



 どうしてこんなことになったのだろう、こんなはずじゃあなかったのに。



 取り返しようの無い苦悩と撤回しようの無い後悔に苛まれている膜間へ、一番初めに出された質問は、こんな内容だった。




「おじさん以外にあたしのことを狙っている人たち、誰だか教えて?」

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