第1話【eleven years later-ジョウキョウサイカイ-】(3)

「ご機嫌麗しゅうディアレディー。お初にお目にかかりますは私、神の七本足に今最も近しい希代の魔術師エリートが一人、膜間まくま隈ノ輔くまのすけと申します。以後お見知りおきを。さて不躾で恐縮ですが早速本題に入らさせていただきましょう。ディアレディー、綺羅星きらぼしねね。緑夜叉ろくやしゃ村の生存者サバイバーにして生粋純血魔術師ピュアナチュラルである貴方の下へ、私が訪れた目的と要望についてご説明をさせていただきたい。宜しいか? おっと、同意を求める私の返答に対して貴方は何も応じずとも構いません。その可愛らしい首を縦に振ろうが横に振ろうが率直な話、貴方の意思であったり意向であったりは関係ございませんが故に。私の主たる伽藍がらん端〆はじめ様の勅命オーダーに対し、私は勿論の事貴方如きが賛同ならまだしも疑義ぎぎを抱くことは叶わないのです。宜しいか? クドいやもしれませんが今から私が話す内容は唯一無二たる決定事項、従う他無いのです。背景や経緯をつまびらかに説明する時間が惜しいので端的にいきますよ。時は金也、タイムイズマネーに准じようじゃあありませんか。ねぇ、ディアレディー? 率直に申しますと、この度貴方は計画の都合上と判断が下りました。なので、私が貴方を亡き者とするべくこうして移動見世物興業場スポットサーカスくんだりまで足を運んだ次第なのですよ。えぇえぇそうですとも、神の七本足に最も近しいこの私が、態々わざわざね。それともオノマトペの要領で熊々くまくまと言い換えた方が愉快でしょうか、私の名前が隈ノ輔くまのすけであるだけに。ハッハハ!」



「待って待って、情報量が多い」



 色とりどりの万国旗が天井から縦横無尽に垂れ下がった、主演技場メインテントのど真ん中辺りで。



 ねねがその場へと辿り着いた矢先、全体的に胡散臭くてそして只々冗長な文句が聞こえてきた。



 声質から判断するに恐らくは男性、それもねねより一回り以上は年の離れている、大人の其れである。



 ショーの最中とは打って変わって静まり返った演技場には、人の気配は未だ感じない。



 声は聞こえども姿は見えぬ、つまり。



“こちらは向こうを視認していない”が“向こうはこちらを視認している”



 それとなく一方的な事態に、彼女は直面していた。



「どこからツッコミを入れるべきか悩ましいんだけど。要するにおじさんは殺し屋ヒットマンってことなの?」



 直ぐに相手を見つける事はどうせ困難なのだろうと諦観ていかんしつつ、ねねは周囲をゆっくりと見渡しながら、声の主へと問いかける。



「おやおやまあまあ、なんと愛想に乏しい愛称だこと。私がおじさんだって、そりゃあ身を隠し見えない場所から貴方へと語り掛ける私は卑しくも浅ましい存在やもしれませんが、にしてもおじさんときましたか。昨今の女児の毒舌っぷりに舌を巻きつつ卒倒しそうな私の思惑はともかくとして、こう見えても未だ私はかの第六天魔王たる信長公の半分程度しか人生を歩んでいないというのに。と、はてさて。こう見えてもという表現はこの場合文脈に合っていないやもしれませんねぇ。何故ならば私から貴方ははっきりりくっきり見えていても、反面貴方は私をめっきりさっぱり捉えられていないのでしょうから。左様な意味では貴方が仰る様に、不可視の暗殺者ステルスアサシンと銘打つのも一興かな。そうは思いませんか、ねぇ? ディアレディー」



(喩えが分っっかり辛いし言い回しがイっっチイチ長い)



 程よく反響する正体不明の男の声に対して沸々と湧いてくる苛立ちを無理矢理抑え込みながら、ねねは小さく舌打ちをして顔をしかめた。



「いやいや、あの。前振りなく計画とか神の七本足だとか言われてもですねー、まるっきり理解に苦しむというか」



 やや困惑した風を装い、ねねは膜間へと声を掛ける。



「これはあおりとかじゃなくて、素朴な感想ですからね? それにあたしってば見た目も地味だし、曲芸以外に取り得が無いし、何よりも非力な未成年女子っころベイビーフェイスなんですしー」

 


 敵意が無い事を示すべく明るめに話しながら、その実目下索敵を行っているのも、恐らく相手は想定の範囲内なのであろう。



 それにしても、相変わらず膜間の姿が見当たらない。



 演目ショーの機材や観客席の椅子いす等々は既に撤収されているので、隠れる場所など何処にも無い筈なのだが……。



「だからですねー、亡き者にするだとか物騒な事を実行に移す前にですねー、ちゃあんとお顔を合わせてじっくりお話しませんかー? それか話すつもりがないんでしたらー、ほんとはもう営業時間外なんですけどー、歌って踊ってあっという間に出来上がっちゃうあたし得意の風船創作芸バルーンアートでもなが――」



「従う他無いと……私は先程申し上げたのです」




 ねねの提案を遮った膜間の冷徹な一言が合図となって。




 元魔術師対現魔術師の戦闘は、観客のいない寂しげなテント内にて、しめやかに開始された。

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