第1話【eleven years later-ジョウキョウサイカイ-】(2)

 一見してそれは、分厚いカーペットの様であった。



 しかしながら実際にそれはカーペットなどではなく、厚さ僅か6mm程度にまで薄く引き伸ばされたという方が表現的には正鵠せいこくているのであろう。



 ねねの居室の床面10m×10mいっぱいに広がるそれは、あろうことに気配があった。



 言葉を発することが出来ないからか、ねねが何か尋ねようとも無返答でありながら、よくよく耳を澄ませば中央部の窪みからは(口?)僅かに呼吸の音が聞こえているし、加えてぶよぶよとした肌色の表面に触れてみると、微弱にも血管が脈打っているのが感じられる。



 B級ホラーよろしくの異常事態である。



「団員の誰かか、それともお客さんかな? いずれにせよどうしてあたしの部屋にこんなものが」



 言いかけた所で、ねねの指先からぼろりと灰がこぼれ落ちる。



 冷静クールな振りをしているつもりでも、多少なりとも自分は動揺しているのだなと彼女は思った。



「面倒なことに。これはいよいよおいでなすったという訳かしらね」



 常軌を逸したこの状況、ぺしゃんこにされて且つ生きている人間を自室に届けられた意図を、ねねは考察する。



 やや早めの誕生祝いプレゼントなどでは、けっしてない。



 これは。これが指し示すべきメッセージとは、つまり――。




 と、そこで。



 バンッ!



 錠を落とした筈の扉が外側から内側に向けて、勢いよく蹴り破られた。



「じゃんじゃかじゃーぁん! ここであったが百万年! 今日こそオマエの首を貰ってや――ぶべらっ!?」



「! あっ、しまった」



 突然の来訪者が不意打ちアンブッシュと共に切った啖呵たんかの途中で、ねねは反射的に行動し、そして事を終えてしまっていた。



「慣れっていうのはどうにも怖いね。ごめんごめん……って、もう聞こえてないか」



 振り返り、視線を下げると、そこには自分と年の変わらない奇抜な格好をした少女が仰向けに倒れていた。



 白地のワンピースに赤と青のペンキをブチ撒けたかの様な水玉模様。



 つばの長い灰色のキャスケットから伸びた明るい桃色の毛先の束。



 ねねの放ったトスジャグリング用のボールによって、顔面を余すことなく破壊され尽くした少女の身体が、ごろりと大の字で扉の前に転がっている。



「毎度毎度の事だけど、水汽みずき永渦えいかさん。狙ってるとしか思えないぐらい、壊滅的に出てくるタイミング悪いよね……はぁ」



 椅子から腰を上げ、もう半分以下の長さになってしまった煙草を咥えながら、ねねは物言わぬ少女の両足首を掴む。



 中腰の姿勢でずるずると引き摺り、ベッドの下のスペースへと押し込み、ついでに名も知らぬ人間カーペットを慎重に丸め、ベッドの柵に被せるようにして微動だにしない永渦を覆い隠す。



「さて、と。これで知らんぷりを決め込むのは相当に難しくなっちゃったし。気が向かないけどこちらからやっこさんに挨拶しに行くのが最善になるのかな」



 あーあーツイていないツイていないと愚痴をこぼしながら、既にフィルターを焦がしかけていた煙草の吸い殻を灰皿でもみ消して、彼女は自室を後にした。



 予想するに易い厄介事――待ち受けているであろう正体不明の魔術師へ、どう対処すべきかなと悩みながら。

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