第57章 戦士の相手

二度目の戦闘も勝利に終わった。



しかし戦士の国エリュシオンの心は簡単には折れなかった。



斥候の知らせでは既に敵は出陣の支度を始めていた。



遅れるわけにはいかない白陸も直ぐに出陣の準備を始めたが、兵士達には疲れが見え始めていた。





「敵も挫けないね・・・そこまで私達が憎いのかな。」

「考えても始まりませんよ少佐。 来るなら倒すまでです。」

「そうね。 大隊の準備を。」

「はい。」





ハンナはボサボサの髪の毛を櫛で解かしている。



ルーナは大隊の準備に向かった。



大きなため息をついて鏡に映る自分の顔を見る。



白くて綺麗な顔は化粧でもしているかの様だ。



クリーム色の髪の毛もまた美しい。



しかしハンナは兵士。



化粧はしていない。



だが鏡の横に置いてあるたくさんの化粧品は非番のハンナをより美しく輝かせていた。



化粧品を見つめてまた、ため息をつく。




「全然使えてないなあ。 たまには出かけたい。 早く終わらないかなあ。」





一見すればただの女の子。



彼女が第六感と第七感を自在に扱う兵士とは思えない。



クリっとした目がまた可愛い。



ため息を何度もつきながら制服のジャケットを着る。



襟には金色の少佐の階級章。



鏡を見てビシッとした制服を見直す。



そしてうなずくと部屋を出ていく。




「少佐。 大隊準備できました。」

「わかった。 又三郎中佐。」

「うむ。 では行くかの。」





しばらくすると竹子も到着して白神隊と第1軍は中間地点へ向かった。



このディノ平原に来るのは三度目。



双方の大軍が対峙するには一番いい地形だった。



周囲には山もあり、夜叉子と第4軍が布陣するにも良かった。



1時間ほど行軍するとディノ平原に着く。



ハンナ達、中央軍は平原に広く布陣した。



夜叉子の第4軍は左翼。



レミテリシアの第6軍は右翼に入った。



霧がかかるディノ平原では敵の接近に気づきにくい。



しかし既に白陸軍は完璧に準備していた。



左翼の夜叉子の陣は不気味な沈黙に包まれた。



右翼のレミテリシアの陣も同様に。



ハンナはこの不気味な霧に恐怖を感じていた。





「敵が接近していても反応が遅れる。 ルーナ。 あなたの第六感はどう?」

「来てます。 大勢の邪気をまとった気配が。 向こうもこちらを警戒して動きが遅いですね。」





ふうっと一息ついたハンナは霧が消えるのを待った。



1時間後。



霧は消えたかと思えば晴天になり、敵がしっかり見える様になった。



迫るエリュシオンの旗はレギオンの旗。




「またレギオン軍。 連中は咲羅花軍より手強い。 総員戦闘準備!!」




武器を構えた中央軍。



いつだってそうだったが、兵士達はこの瞬間が一番怖い。



嵐の前の静けさと言わんばかりに沈黙が続く。



壮絶な殺し合いが始まるこの瞬間。



自分の鼓動がしっかり聞こえ、血が冷たくなるのを感じる。



極度の緊張で吐き気すら催す。



だがその緊張や恐怖を一瞬でかき消してくれる瞬間が来る。



中央軍はいつでもそうだった。





「撃てー!!!!」





透き通る美しい声。



か弱くも聞こえるその声は何故か力が湧き出てくる。



緊張や恐怖が消えて闘志が湧いてくる。



どうしてこんな勇気が出るのか?



兵士達は考えるが悩む事は何もなかった。



何故ならそれが我らが守護神だからだ。





ババババーンッ!!





「連続射撃!!!」

『おおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!』





兵士達の顔つきは闘志に溢れている。



男性兵士はまるで竹子を守る父や兄の様。



女性兵士はまるで竹子を守る母や姉の様。



我らが竹子に近づくなと。






「突撃ー!!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』





広い平原を皆で走る。



右も左も。



共に死戦をくぐった仲間達だ。



そしていつも先頭には小さくて可愛い守護神の背中。



またがる馬が非常に大きく見える。





ガッシャーーーン!!!





「皆さん!! 力の限り戦ってください!! 私がついていますよ!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』





レギオンも不思議に思っているだろう。



この破壊力は何だと。



射撃の精度も接敵時の爆発力も。



レギオン兵は見る。



小さいがとてつもない殺気を放つ守護神の存在を。



レギオン兵は自分の体が裂ける瞬間に感じる。



真の守護神だったと。



レギオン軍を圧倒する中央軍。



竹子とハンナを先頭に止まる事のない中央軍の破壊力はレギオンの士気を下げ続けている。



中央軍の強さはその防御力。



接敵してからまだ1人も倒れていない。



それどころか徐々に盾兵が前に出てきている。



乱戦になったと思えば中央軍は盾兵で壁を作り始めていた。



すると兵士達は盾兵の後ろに入っていく。



レギオン兵は盾兵を蹴散らそうと前に出てくる。





「射撃隊撃てー!!!」





バババーンッ!!





「突撃ー!!!!」





中央軍も5年の月日で成長していた。



敵が突撃してくるまで盾でじっと待っていた中央軍は射撃が主力だった。



しかし今の中央軍はその両方を自在に扱える。



乱戦になったと思えば盾兵が近づいてきて撃ってくる。



強引に乱戦にしても中央軍は強かった。



交互に行う事で中央軍は神通力を温存しながら敵を圧倒していく。



その最前線では竹子とハンナと又三郎の3人が敵を翻弄していた。





「中佐!!」

「うむ。 竹子様!」

「はい! ハンナ!!」




まさに阿吽の呼吸。



互いの名前を呼ぶだけで敵の位置を把握しているとでも言うのか。



名前を呼ばれると直ぐに背後に攻撃をする。



レギオン兵は3人に触れる事もできずに倒れていく。



次第にレギオン兵は下がり始める。



戦況を後方の高台から確認している虎白が指示を出してくる。





「伝令!! 虎白様よりです。 敵の増援が来ます。 一度下がっても構わないと。」

「いいえ。 まだ戦えます。 ハンナ、又三郎。 味方の損害は?」

「皆無でござる!!!」

「伝令殿。 そう伝えて来てください。」

「かしこまった。 ご武運を!!」



白王隊の伝令が戻っていく。



崩壊しかけたレギオン兵の背後から立ち込める砂煙。



すると下がっていたレギオン兵が前に出てくる。



無理やり背中を押される様に。




「さあ。 粉砕してしまいましょう。」

「全隊もう一度射撃から入るぞー!!!」





レギオンは中央軍の破壊力に下がり、距離を取った。



中央軍の怖さはここにある。



追撃はして来ない。



しかし速やかに盾兵と射撃隊が前に出て戦闘をふりだしに戻す。



戦いは長い。



この一戦で無理に追いかけても損害が出る。



あえて敵に逃げる時間を与えるが背後からの射撃は的確にレギオン兵の背中を撃ち抜く。



何とか立て直して前進しても中央軍は最初の布陣の様に待ち構えている。



心が折れるのはレギオンだ。




「竹子。 増援に押されて敵が戻ってくるよ。」

「ではいきますか。 射撃隊撃てー!!!」




ババババーンッ!!!




「連続射撃!!」




そして強力な中央軍を指揮する竹子は冷静だった。



一度目の攻撃では射撃から突撃。



敵が後退して再度前進してきた二度目の攻撃では連続射撃。



そして動かなかった。





「敵がぶつかるまで撃ち続けてください。」





火を吹き続ける中央軍の射撃は多くのレギオン兵を倒す。



何とか盾兵の元に辿り着いた。



盾兵をよじ登ろうとレギオン兵は懸命にしがみつく。





「今です。 槍隊攻撃!! 擲弾兵も準備してください。」





盾の隙間から突如として突き出る無数の槍。



一瞬にしてしがみつくレギオン兵が倒れる。



そして次の瞬間には盾兵の後ろから投げられる手榴弾。




ボーンッ!!




吹き飛ぶレギオン兵からは悲鳴が聞こえる。



下がりたくても後方からの増援で下がれない。



前に出ると串刺しにされる。



とどまっても手榴弾が飛んでくる。



為す術もなく倒れていく。



負けじとレギオンも手榴弾を投げてくる。





「ハンナ!」

「はい! ルーナ!!」

「もう落下地点にいます。」





第六感を使える者が手榴弾を投げ返している。



これぞ無敵の中央軍。



レギオンは開戦してから30分程度で何千という死傷者を出したが中央軍は無傷で士気は上がる一方だった。



圧巻の中央軍。



レギオン軍はたまらず全軍で後退を始めた。



そして下がってからしばらくすると徐々に前進してきた。



竹子と中央軍は待ち構える。



盾兵の背後から銃口を向ける射撃隊。



一度目、二度目の戦闘とは異なりゆっくりと前進してくるレギオン軍を見て不思議そうに下唇を噛んで考える竹子。





「何かしてくるみたいね。 ハンナ。 火計の対策は?」

「はい。 消化器ありますよ。」

「また火計。 それか何か別の攻撃。」





不気味に迫るレギオン軍に竹子は刀を持って盾兵の前に出た。



盾兵達が心配そうに竹子を見ている。



敵が何をしてくるのかわからない。



強く警戒している竹子。



そして次の瞬間。





「竹子様危ない!!」




スパッ!!





「!?!?」





竹子は突如腹部から血を流した。



直ぐ背後にいた盾兵でさえ何が起きたかわからなかった。



慌てて竹子の制服を引っ張り盾兵の中へ戻す。



何かの存在に気がついたのはルーナだった。




「ルーナ!?」

「少佐・・・これはマズいですよ・・・相手はどうやっているのか・・・消えたり出たりしていて・・・」

「ええ!?」

「今は邪気を感じません。 はっ!? 竹子様危ない!!」





スパッスパッ




竹子を守っていた盾兵の首が突然吹き飛んだ。



そして竹子は肩を斬られた。



速さのあまり誰も目視できていない。



しかし竹子だけは何かの存在に気がついていた。




「一瞬現れた。 銀色の騎士の様でした・・・」




騒然となる中央軍。



何がいると言うのだ。



すると背後から迫ってきたのは白王隊。



狐が竹子の側にきた。





「竹子様。 お気をつけを。 敵の新手です。 虎白様から前進の指示がでました。」





竹子達の支援に来た白王隊。



それと同時にレギオン軍が突撃してくる。



異様な敵の存在に中央軍の士気は少し下がっていた。



竹子の周囲には白王隊。





「竹子様!!!」





キーンッ!!




「何者か知らぬが我らがお守りします竹子様。」





ルーナだけが何かが攻撃してくる一瞬に気がつく。



しかし白王隊はそれを防いで見せた。



竹子は立ち上がり刀を握った。



そして乱戦となった。



レギオンも中央軍も激しくぶつかり双方の兵士が倒れていく。



竹子を守る白王隊にも襲いかかる大勢のレギオン兵。



そしてその瞬きほどの一瞬。




スパッ





「はあ・・・何とか避けられるけれど・・・完全には避けられない・・・」

「竹子様。 第六感をお使いなされ。 集中するのです。 敵の得体は我らでも知れませぬ。」

「わかりました。 ハンナ、又三郎。 あなた達は私から離れなさい。 敵の狙いは私です。」

「竹子! ルーナだけは迫ってきている事に気がついている。 白王隊とルーナだけは側に置いて。」

「わかった。 ルーナこちらへ。」





5年もの間、白王隊に鍛えられたルーナの第六感。



白王隊は何かの接近に気がついて攻撃を防いでいる。



ルーナもずっと気がついている。



竹子はフラフラと立ち上がると刀を握り下唇を噛んでいる。





「来ます!!」

「左様だな。」





キーンッ!!





「ありがとうございます。」

「また来る!!」

「邪魔な狐共め。」

「こいつが・・・」




遂に目の前に現れた銀色の甲冑の男。



白王隊が斬りかかると攻撃を受け止めて白王隊を蹴っ飛ばしている。



果敢に斬りかかる白王隊の攻撃を防いでいる。



そしてまたしても消えた。





「竹子様!!」




スパッ!




「く・・・避けられなくなってきましたね・・・」




フラフラの竹子を白王隊が何とか守っているが、その者の力は白王隊とも戦えるほどだった。



この男こそがレギオンの皇帝ディアボロだ。



絶体絶命の状況で竹子は心の中で願った。





(虎白助けて。)

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