第58章 運命の相手

傷だらけの竹子は心の中で願った。



目の前に突如現れる異次元の敵を前に。



虎白助けてと。



そして次の瞬間にはディアボロの前に現れた虎白。



どうしても見切る事ができなかったディアボロを相手に剣戟を響かせる虎白。



これが我らが皇帝だ。





「お前らは下がれ。」





竹子はやむなく後退を開始した。



ハンナは衝撃的な2人の戦いを見ていた。



ルーナが隣に来てボソッと呟いた。





「確か虎白様は時をも操る力を持ってらっしゃるんですよね?」

「うん。 あっという間に動いているの。 最初は早いだけだと思っていたの。 え・・・まさか・・・」

「あのディアボロも・・・」





虎白と鍛錬の一環で戦った事のあるハンナは今回のディアボロの動きに共通するものを感じた。



第七感を使って早く動いているが、攻撃してくる瞬間だけ「速度」の概念を超越した速さを見せて来る。



瞬きほどの一瞬で急激に近づいてくる。



虎白と戦ってハンナが感じた異次元の恐怖をディアボロにも感じた。





「まさか・・・同じ能力というの・・・」

「としか説明がつきません・・・第六感で気配を感じていても突然気配が飛んでいます・・・時の世界を移動しているとしか・・・」

「虎白様・・・」





この両雄が同じ能力なのは誰のいたずらか?



何かが違えば戦う事のなかった2人。



戦術も似ているが能力も同じ。



広い世界でこんな相手に出会える確率はどれぐらいなのか?



恋愛でいうなら見た目も性格も完璧に自分好みの相手に出会える確率は宝くじに当たる事より難しいと聞く。



虎白とディアボロの激突もきっとそれだけの確率だった。



これを運命の相手というのか?



広く悲しい世界。



人々は何かを我慢しながら生きている。



妥協して耐えて生きている。



やりたくない仕事も金のため。



見た目は好みではないが性格が素晴らしい。



見た目は素晴らしいが性格に難がある。



上司は嫌いだが仕事は好き。



仕事は嫌いだが上司に恩がある。



誰だってそうだ。



この世界はそうやってできている。



自分の思い描いた戦術で、何万人もの命のやり取りがあるこのディノ平原で同じ「時を操る能力」の相手に出会えた。



それはつまり、「天才」と「天災」のどちらかが死ななくてはならない。



なんて残酷な世界なのか。



ハンナとルーナはそんな「選ばれし者」の戦いを見ていた。





「竹子様が後退なさいました! 少佐、大尉!! 早く後退を!!」

「まるで世界が違う。 私達のような兵士には辿り着く事ができない神の領域の戦いね・・・」

「あんな危険な存在は虎白様でないと倒す事はできませんね・・・」




竹子が安全な場所まで下がった事を聞くと2人は神の戦いを気にしながらも後方へ下がっていった。


しばらくして竹子は傷を癒して再度攻撃の準備をしたが、前線は膠着した。



虎白とディアボロは相討ちになり、お互いに後退してきた。



敵と数百メートルの位置で夜営をする事になった。



中間地点の変わりゆく天候は夜営を苦しめる。



テントには冷暖房が完備されている。



白神隊も夜営して体の汚れを落とす。





「ルーナ。 体を拭きにいかない?」

「ですね。 血もたくさん付いているし。」





女性用テントの中にあるお湯のたまった広い場所。



女性兵士達が服を脱いで体を拭いている。



ハンナとルーナも服を脱いで体を拭き始めた。



ビシッとした制服を脱ぐと、ピチピチに白い肌が覗かせる。



ルーナがハンナの体をじっと見ている。





「え、なに?」

「制服の上からも思っていましたけど胸大きいですねえ。」

「昔、リトにも同じ事言われたわ。」

「そうなんですか。 さすがリト少尉です!」



ハンナのふっくらとした白くて綺麗な体を見て微笑むルーナ。



白くて綺麗な肌には痛々しい生傷も見えた。



ルーナも自分の顔や腕にある生傷をさすっている。





「このお湯には傷を癒す効果もあるんですって。」

「そうね。 生傷が痛い。」





この生傷は殺した敵兵の鎧の破片などが飛び散った事でできた傷だ。



2人の攻撃力はそこまで高かった。



敵兵の鎧が砕けるほどに。



綺麗な体を隅々まで拭いている。



すると竹子が入ってきた。





「竹子様!」

「私もいいかな?」

「も、もちろんです! あ、お邪魔なら私は出ていきますが?」

「いいえとんでもない。 今日はご苦労さま。」




竹子も白いマントを脱いで制服も脱ぎ始める。



下着姿になると小柄だが素晴らしい体型をしていた。



ふっくらとした胸に細いがしっかりしたふともも。



白くて綺麗な肌を丁寧に拭いている。



ハンナとルーナは見惚れる様に見ている。




「え? なに?」

「竹子。 こんないい体していたのね。」

「は、恥ずかしいよ・・・」




赤面する竹子を見て更に赤面するハンナ。



ルーナは息苦しそうに呼吸を荒くしている。



長い間共に戦ってきたが竹子の制服の下は見た事がなかった。



エヴァやサラの加入で発展した夜営地には体を綺麗にする場所もできた。



そのおかげで初めて見る事ができた竹子の体。



制服を脱ぐとハンナは思った。





(本当に小さい体。 可愛い・・・守りたいよ。 竹子。)





3人はしばらく体を拭くと制服を着て夕飯を食べに向かった。



過酷な戦闘も今は嘘の様に静かなディノ平原。



竹子とハンナとルーナは3人で食事を取っていた。





「それにしてもあのディアボロ・・・虎白様が来てくださらなかったら大変だったね・・・」

「うん・・・怖かった・・・虎白が来てくれると信じていたの・・・」

「ふふ。 竹子様が虎白様のお話しをする時はいつも嬉しそうですね。 こんな時でも。」

「うん・・・虎白大好き・・・」





ハンナはまたしても赤面する。





(可愛い!! もーたまらない・・・抱きしめたくなるっ!!)





「少佐?」

「えっ!? あ、そうだスープもっともらって来ようかな。」





ハンナのただならぬ気配にルーナが気づいてニヤけた表情で見ていると慌てて席を離れた。



クスっと笑う竹子とルーナ。



お米を美味しそうに食べる竹子をじっと見ているルーナは何か言いたげにしている。





「どうかしたの?」

「羨ましいです竹子様。 そこまで心底好きになれる相手がいて。」

「ふふ。 虎白は誰よりも優しいからねえ。 俺は冷酷だあなんて言っているけれど。 いつもみんなの事を考えている。 それを近くで見ているとカッコよくて本当に好きになってしまうの・・・」

「虎白様ほどいい男はいませんよ・・・」





嬉しそうに微笑む竹子はルーナが抱える不安を感じている。



大切な相手を求めている。



実際ルーナもかなりの美貌の持ち主で部下の士官からは告白される事が多かった。



街に出てもナンパされるのはいつもの事。



しかし誰もルーナの心を射抜く事はなかった。



大好きな上官のリトにも健太という最高の相手がいた。



ハンナも竹子に夢中。



片思いでもいいから誰かを愛してみたかった。





「私も虎白には突然出会ったの。 それまでは考えた事もなかったけれど。 それに神族の虎白に恋心なんて恐れ多いと思っていたの。 でも自分の気持ちを抑えられなくなって

いた・・・そんな存在は探しても無駄よ。 必ず現れるからね。 だからルーナ大尉。 それまでは自分をもっと高めなさい。」

「はい。 いつの日か現れますかね。 竹子様がそうおっしゃるなら信じます。」




ニコリと微笑む竹子は食事を終えて丁寧に両手を合わせると食器を片付けて布陣図を見始める。



ルーナも急いで食べようとすると竹子が落ち着かせる。



この膠着した戦場をどう打開すればいいのか。



いつもと違う事が起きている。



夜叉子の動きもその1つだった。



不気味に待ち構える夜叉子と獣王隊の突撃は敵だけではなく味方にも衝撃を与えた。



それでも崩壊しないレギオン軍。



粘り強さは今までのどの敵よりも凄まじい。



長く続く戦闘は次第に白陸兵の士気を下げていく。



疲労と恐怖が蓄積されていずれ崩壊する。



竹子は深刻そうに考えていた。





「そういえば少佐遅いですね。」

「うん。 部下達と話しているのかもね。」

「なるほど。 人気者ですしね。」

「ふふ。 そうだね。」

「この戦闘。 どれぐらい続きますかね?」

「わからない。 しかし敵も粘り強いからね。 長くなりそうね。」





先の見えない戦闘。



1時間ごとに変わる天候。



長くなればなるほど兵士の心を傷つける。



それはレギオンも同じだった。



過酷な我慢比べの先はどちらかが勝利する。



竹子も浮かない表情だった。



するとハンナが赤面してテントに顔だけ覗かせる。



不思議そうに首をかしげる竹子とルーナ。





「か、かっこいい・・・スープ入れてもらっちゃった・・・」

「おお。 邪魔するぜ。」

「虎白!!」





竹子は虎白に飛びつく様にして抱きつく。



驚いて耳を立てる虎白だったが優しく竹子の背中をさすっている。



ニコニコして椅子に座ると食事を食べ始めた。





「さっき夜の散歩してたらディアボロに会った。」

『ええええ!?』

「いやあびっくりしたよ。 あいつ退くつもりねえよ。 ダルいな。 まだまだ予備戦力いそうだ。」





仲の良くない知り合いに会ったぐらいの表情で何事もなく食事をしている。



ルーナとハンナは開いた口が塞がらない。



竹子はクスっと笑うと虎白の隣に座って食事する虎白を幸せそうに見つめている。





「え、ちょ、虎白様!? 敵の総大将なんですよね?」

「おおハンナ。 総大将だよ。」

「会ったんですか? っていうか何で散歩なんか・・・」

「ヒヒッ。 元気だなハンナ。 そんな興奮するなよ。」





何食わぬ顔している虎白に理解が追いつかないハンナは困惑している。



それに比べ慣れた表情で虎白の隣に座っている竹子。



虎白の奇行はいつもの事だ。



何をするかわからない。



しかし必ず意味がある。



竹子は特に気にもしていなかった。





「ふふ。 ハンナ落ち着いて。 虎白なら見ての通り大丈夫だから。」

「おう。 俺は大丈夫。 いやあそれにしても夜叉子の突撃は名案だったのに。 さっき会いに行ってきたけど悔しがってたよ。 甲斐の役目奪いたかったってさ! ヒヒッ。」

「虎白。 これからどうする?」

「ああ。 敵は第3陣まで来るらしい。 エヴァが言ってた。 たぶんレミの右翼に展開するんだろうな。」





レギオンの意地は白陸を疲れさせていた。



そんな兵士のために虎白は夜通し歩いて味方に会いに行っていた。



すると虎白は眠そうにしながらもルーナを手招きしている。



驚きながらもルーナは虎白に近づく。




「ちょっと散歩しようぜ。」

「は、はいっ!」




ルーナは虎白に連れられて歩いている。



緊張した様子でおどおどしている。





「まあそんな緊張するな。」

「は、はい!」

「この戦いは長引く。 俺にはわかる。 だから神通力を温存しなくちゃな。」

「やはり長引きますか・・・」

「ああ。」





困った表情のルーナを見る虎白は突如じっと見つめ始める。



顔を近づけてルーナを見つめるとたまらず赤面して虎白から目をそらす。



耳をシクシクとかいてからニコリと笑う。





「お前なんか悩んでいるな。」

「え・・・いや・・・虎白様にお話しする事じゃありません・・・」

「個人的な事だからか? リトは話してくれた。 遠慮はいらない。 話したくないならいいけどな。」

「じ、実は・・・竹子様や少佐が羨ましいなって・・・」

「・・・・・・」

「あ、いや何でもありません!!」




虎白は黙って考えていた。



2人が羨ましいとは?



地位かそれとも美貌か?



虎白は何かに気がついた様な表情する。




「お前。 それは第六感の強さが原因かもな。」

「え?」

「誰かを思いやれないって悩みか?」

「ええ!? は、はい・・・どうしてそれを・・・」

「竹子は俺の事大好きだからなあ。 ヒヒッ。 可愛いよな。 俺も大好きなんだ竹子が。 ハンナはそんな竹子が大好きだからな。 お前はそれが羨ましいんだろ?」





驚くほど的確な言葉にルーナは言葉を失う。



虎白はニコリと笑ってルーナの頭をなでる。



赤面するがこの想いは虎白に惚れた事になるのか?



ルーナはそれがわからなかった。





「別に焦る必要はないし誰かを愛さないといけない理由はない。 ただ誰かを愛する事は強さにも変わる。 お前はそれを知っているから誰かを愛したいんだろ?」

「それは・・・」

「愛は強さに変換する道具じゃない。 強くなりたくて誰かを愛するならそれは意味がない。 焦るな若き大尉。 そんな存在は焦らずとも現れる。」

「私は強くなりたい・・・敵の火計にも気がついた。 それでも止められなかったんです・・・もっと強くなるためには誰かを愛せれば変わるかと・・・」





ルーナの中にある愛とは強さ。



虎白を失いたくない、褒められたい。



そんな気持ちが竹子の強さ。



虎白も家族を想う気持ちで戦っている。


一途に虎白を愛する竹子が可愛くてたまらないハンナも強い。



ルーナにはそれがなかった。



しかし虎白に言われるまでその本質に気づいていなかった。



強くなるために愛そうとしている。



竹子達は愛しているから強くなった。



これは大きな違いだった。



虎白はそれに気がついた。





「お前は可愛い。 きっと男からモテるはずだ。 それでも誰とも上手くいかないのは第六感が人より強いからな。 男の下心に気がつくから嫌悪してしまうんだな。」

「そ、その通りです・・・」




まさにその通りだった。



イヤらしい気配を瞬時に感じ取れるルーナは男性と関係を持てなかった。



誰かを愛するなんて不可能だと思っていた。



そして何より目の前にいる男性からは一切の下心を感じない。



こんな人に出会えたら違うのかと考えた。





「虎白様・・・」

「あれ・・・ああ、そうなるのか・・・」

「い、いやそんな!! 自分の国の皇帝陛下で、神族の虎白様にそんな・・・そんな事ありません!!」

「ヒヒッ。 別に構わねえ。 それでお前が生きる原動力になれるなら。 でも俺には妻がいるんだ。」

「も、もちろん!!」




いけない事だとわかっているが、下心を感じる事なく親身に話を聞いてくれた相手は虎白だけだった。



言っている事も的確で顔もカッコよくて肌も信じられないほど白くて綺麗で優しい。



それに賢くて、強くて、もう短所なんて見つからない。



という気持ちで頭の中が一杯になった。





「でもお前の気持ちはどうかな。 それは俺しか知らねえからじゃ? 下心。 それは男なら誰でもあるかもな。」

「虎白様でもですか?」

「ああ。 性的じゃなくても色々な。」

「その性的が嫌なんです!」

「それはお前は甘い。 まだ他にも色々と下心はある。 本当に信頼に足る存在か見極めるにはもっと考えろ。」






虎白は少し悲しそうにして目を背ける。



ルーナには何を言っているのかわからなかった。



出会う男性は性的な下心の気配ばかり。



部下の士官でさえそんな目で自分を見ている。



それが何よりも嫌だった。




「例えば俺は。 目的のためなら何でもする。 南軍のある人物を暗殺した。 それを誰にも言わなかった。 あの時、竹子は悲しそうにしていた。」

「それでも性的な感情に比べたら理解できます。 虎白様は竹子様を想って動いた結果ですもの。」

「随分と性的感情に否定的だな。 何かあったのか?」

「暴行を受けました・・・第1の人生の時に・・・」




涙目になって声を震わせるルーナを見て虎白はため息交じりな声で言う。





「可愛そうに・・・ルーナ。 だとしたら尚更急ぐ事はない。 無理に誰かを愛するな。 他にも強くなる方法はある。 いいか。 お前と共に前線に出ているのは一緒に訓練した仲間だろ?」

「はい・・・アーム戦役も共に。」

「絶望的な戦いだったな。 でもあの時も一緒に乗り越えただろ? リトを失った時に悲しかっただろ?」

「・・・は・・・はい・・・」





優しく頭をなでる虎白は泣き続けるルーナを見て悲しそうにしている。



尻尾は垂れ下がり、耳も下がっている。



かつて性的暴行を受けた。



それがどれだけ怖かったか。



考えるだけで虎白は怒りに震えた。



その場の快楽だけを求めて女性に暴行する。



許せなかった。




「ルーナ。 俺は許せねえ。 お前が可愛そうでならねえよ。 だから二度とそんな想いしてほしくない。 だから本当に惚れる相手を見つけるまで急ぐな。 一緒に戦う味方を思え。」

「私に下心を抱く士官にもですか?」

「そうだ。 それでも共に戦う仲間だ。 個人的時間に付き合う必要はない。 だが戦場に行けばそれは関係ない。 竹子もハンナもいるんだ。 お前は1人じゃない。 怖くなったらまた俺の所へ来い。 お前の夫にはなってやれないが傷を癒やす事はできる。」





それはルーナの体を突き抜ける様な言葉だった。



夫なんてとんでもない。



心許せる異性がいるだけで嬉しかった。



愛なんてまだ無理だった。



それでも何かが変わった。



虎白と話せてよかったと。





「階級なんて気にするな。 お前が二等兵だったとしても俺は同じ事を言っている。 いつでも来い。」

「・・・あ、ありがとう・・・ございます・・・」

「いつか最高の相手に出会えるさ。」

「それまでは虎白様を愛してもいいですか・・・」

「愛か。 構わねえよ。」





片思いでも良かった。



それでも何か変わった。


大切な事だった。



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