第56章 第六感の申し子

圧巻で敵を蹴散らしたルーナ。



表情1つ変えずにいる。



炎が燃え盛る中、ルーナは消えゆく仲間の魂を感じている。




「みんながいてくれたから竹子様もハンナ少佐も無事だよ。 みんながいてくれたから。」




ルーナが稼いだ数分は戦場全体で見れば小さな事。



しかし白神隊にとっては大きな時間だった。



竹子もハンナも又三郎も全員が後退して立て直していた。



ルーナも少しずつ下がっていく。



そして背を向けて思い切り走った。



焼死する仲間を飛び越えて。




「みんなごめんね。 必ず倒す。」




バンッ!!




















1年前。



白王隊からの血反吐を吐く様な試練を乗り越えたルーナは第六感を完全に支配していた。



白くて細い体には無数の矢傷。



包帯で身体中が包まれている。




「紫雨先生。」

「汝は完全に第六感を支配した。 もう間もなく再会の時だね。」

「ご指導の賜物です。」

「最後に。 私と戦うのだ。」

「先生・・・」





ルーナは紫雨を「先生」と呼びその敬意を全面に表した。



間もなく5年が経つ。



再び白神の皆に会う時、自分はどれだけ成長できているのか。



同時に別れの時も来た。



5年もの間、手塩にかけて育ててくれた紫雨とも別れる。



苦しかったが楽しかった。



そして皇国の習わしに従って別れの時は決闘をする。



ルーナと紫雨はその日まで鍛錬を続けた。



月日は経ち、別れの時が来た。





「遠慮はいらない。 殺せるなら私を殺して構わない。」

「はい。 先生。 行きます!!!」





2本の刀を抜く紫雨は落ち着いて構えている。



ルーナは剣を前に突き立てて突進した。



しかし落ち着いている。



自分の鼓動が聞こえる。



紫雨の呼吸も聞こえる。



辺りは静かになったが万物の気配を感じる。



自分を見ている白王隊や他の私兵の大尉。



虎白と正室の恋華も見ている。



だからといって動揺はない。



教えてもらった事を全力で行う。





「ヒヒッ。 汝は申し子だ。 第六感を極めし者。 その全てを私達、皇国に見せてみろ!」

「第六感。」




ルーナが発動した第六感。



世界の動きがゆっくりに見えている。



紫雨の動きがしっかり見える。





カーンッ



カーンッ





「見えている。 先生の太刀がはっきりと。 でも重い。 先生の太刀はやっぱり重い。」





ゆっくりと動く時間は短かった。



しかし確実に紫雨の太刀が自分に当たる直前だけゆっくりになる。



周りから見ると物凄い速さで攻撃する紫雨の攻撃をルーナが受け流していた。



どよめきが聞こえ、虎白でさえも物珍しそうに見ている。






「確実に見えている。」

「ヒヒッ。 上出来だよ。 でもまだまだ。」





紫雨の攻撃は速さを増した。



ルーナは宙に舞い一回転して紫雨の背後に着地しようとした。



空中にいるその間にルーナは紫雨に何回も攻撃を浴びせた。



紫雨は見もせずに頭の上に刀を上げて防いでいる。



ルーナは着地する直前にもう一度一回転して振り抜いた。



それは皇国の武技「縦陣」の様に。



しかし紫雨は太刀を背中に回して防いだ。



紫雨は何処か嬉しそうに笑っている。




「ヒヒッ。」

「はあ・・・」

「申し子よ。 いずれ強敵に出会い、さらなる第六感の高みへ行け。 汝はまだまだ我らに近づける。」





そして太刀の速さは更に増した。



やがてルーナの第六感でも見きれないほどに。



受け止められても重く、腕が折れるほどだった。



尻もちをついたルーナの顔の前と首筋に2本の刀が向けられる。




「ま、参りました・・・」

「諦めるな。 汝は強い。 もっともっと第六感を磨ける。 しっかりね。 また会う日まで。」

「お、お世話になりましたああああああああ!!!!!!!!!!!!」




バンッ!!




背を向けて走るルーナに向かって轟く銃声。




カーンッ




「第六感。」





走りながら背中に剣を回して銃弾を防いだ。



そしてそのまま、炎を越えて白神隊の元へ戻っていった。



第六感を支配するルーナに攻撃を当てる事は困難だった。



エリュシオンの戦士達はルーナの後ろ姿を見て唖然としている。



白王隊に「第六感の申し子」とまで言われたルーナの第六感は凄まじかった。



後退していくと周囲で真っ二つになって倒れるエリュシオンの兵士達を見つける。





「竹子様!? 後退したのでは?」





不思議に思うルーナは敵兵の亡骸に手を当てる。



そして第六感を発動する。



すると敵兵が死ぬ前に見た光景を見る事ができた。



これも第六感の驚異の技。





「はっ!? こ、これは・・・魔呂様・・・」





敵兵が最期に見た光景は絶望だ。



目の前で次々に消える様に倒れていく味方。



そして自分の前で仲間が真っ二つに斬られた次の瞬間。



自分も倒れた。



痛みすらもなかった。



ルーナは青ざめた顔で戻っていく。



するとただならぬ殺気を感じて左を見る。



エリュシオンの兵士の亡骸の山の上で立って、不気味に笑う魔呂の姿。



チラリとルーナを見ると不気味に笑いながら近寄ってくる。




「わ、私は味方です・・・白神隊です・・・」

「あははー。 わかっているわよー。 無事で何よりだわー。 早く下がりなさい。」

「は、はい。」





どう見ても少女。



しかしこの殺気は。



紫雨や白王隊の皆とはまた違う威圧感。



全身の血が冷たくなるのを感じ、手が小刻みに震えた。



第六感を支配したからこそわかる次元の違い。




「ま、魔呂様はひ、退かないのですか?」

「あらー心配してくれているのかしらー? 主に似て優しい兵士なのねー。」

「い、いえ・・・」

「心配してくれて嬉しいけど大丈夫よー。 もう少し楽しませてー。」




そう言ってニコリと微笑むと炎の中へ消えた。



ルーナの第六感から消えていく敵兵の気配。



五感からもわかる悲鳴。



何か楽しい事でもしているかの様に高笑いする魔呂の笑い声。



ルーナは鳥肌を立たせて白神隊の元へ戻った。



ハンナが心配そうにルーナに駆け寄る。




「大丈夫なの!?」

「はい。」

「青ざめているじゃない! 撃たれた?」

「い、いえ・・・ま、魔呂様にお会いして・・・」




安堵した様にふうっと息をついたハンナはルーナの頭をなでて白神隊の負傷者を更に後方に下げる準備をしていた。



追いかけてくるエリュシオンは魔呂と中衛の白陸軍に圧倒された。



戦車まで投入した白陸軍は魔呂を起点に猛反撃を開始した。



第1、2軍はこれ以上の攻撃はできない。



エリュシオンの策にしてやられた。



しばらくすると「撤退」の知らせが来た。



ハンナ達は白陸へと戻っていった。



無敵の中央軍がアーム戦役に続きまたも粉砕された。



竹子と優子。



そして側近達は悔しさに意気消沈。



ルーナは落ち着いていた表情をしていた。



しかし心の中で悔やんでいた。



守れずに焼かれて死んだ仲間の事を。



第六感がもっと強ければ敵の接近をもっと早く知る事ができたのに。



白陸に戻り白神隊の基地に入ると失った仲間を更に実感する。



兵舎から感じる下士官達の無念。




「部下を多く失った。 私がもっと強ければ・・・」





ルーナは思い悩んでいた。



士官には各自部屋があった。



大尉のルーナはかつてハンナが使っていた部屋に入った。



そして第六感で感じるハンナの気配。



机や椅子。



ソファなどから読み取れるハンナの苦しみ。





「少佐も相当苦しまれたのですね・・・」





コンコンッ!!




「はい?」




コンコンコンッ!!!!




「え、はーい? どうぞー?」




ガチャッ!!




「ルーナ!!!!! 飲みに行くよー!!!!」




ガシッ!!




頬を赤くしたハンナが制服のボタンを止めずに入ってきてルーナを抱きしめている。



ルーナの頭に自分の頬をスリスリとさせている。



困った表情のルーナはされるがまま。




「んー! 可愛い可愛い私のルーナ。」

「少佐・・・」

「いいから飲みに行くぞー!」

「そんな気分では・・・」

「外でみんな飲んでるよー!」

「は、はあ・・・」




白陸軍は大勝した。



しかし中央軍は被害が多く出た。



その事で沈んでいた中央軍の士気回復のために虎白と大将軍達が竹子の領土に訪れていた。



兵士達に最高の酒を配っている。





「乾杯ー!!!」





第1、2都市では祭りの様に宴が開かれていた。



戦死者の追悼式から数時間後の事だった。



ルーナはまるで浮かない表情だった。



どうしてこんなにヘラヘラできるのか。



ハンナはどうして酔える?



宴に連れて行かれたルーナだったが酒に口をつける事もせずに座っている。



下士官も士官も関係なく大騒ぎしている。




「乾杯ー!! お前ら後は任せろよー!!!」

「忘れねえからなー!!!」

「お前ら良くやったー!!! 竹子様も中佐も少佐も無事だぞおおお!!!!」




兵士達は泣きながら笑い、酒を飲んだ。



ハンナも笑っている。



ルーナは兵士から深い悲しみの気配を感じて更に気分が下がっていた。




「飲まないのー?」

「はい。」

「悲しいのも悔しいのもわかるよー。」

「ではどうしてこんなに笑っていられるのですか? 死んだ仲間に無礼では?」




ハンナは微笑みながら酒を飲んでいる。



落ち着いた表情でいるハンナにムッとしたルーナ。



ハンナはルーナの頭に手を置いて優しくなでている。




「もし逆の立場なら泣いてほしい?」

「・・・・・・」

「自分が死ぬなんて考えた事もなかった?」

「・・・はい。」




5年の修行で身についた驚異的な第六感。



ルーナは薄々感じていた。



自分は他の誰よりも特別だと。



ハンナは天狗になりつつあるルーナに気がついていた。




「自分の大隊から被害の少ない分隊だけを連れて最後尾に行く。 そして部下は先に戻らせて1人で更に数分時間を稼ぐ。 凄いねー。 まるで虎白様だー。」

「何なんですか? 嫌味ですか少佐。 気分悪いので帰ります。」

「いい気になるな大尉。」

「!?」




それまで楽しげに酒を飲んでいたハンナはギロっとルーナを見ている。



酒に酔って頬を赤くしているが確かにその目は鋭かった。 



立ち上がりルーナの手を引っ張り城の中へ入る。



そして士官のみが入れる上の階まで行くとそこから見える美しい景色。



灯籠で光る第1都市の夜景。



騒ぐ兵士達の声が聞こえる。




「大尉。 みんなを守りたい気持ちは理解している。 かつてリトもそうだった。」

「守りたいんです。 私は第六感で敵の接近に気づいていました。」

「それは私も竹子もそう。」

「ではどうして・・・」

「決まっていた事だからよ。 戦場では誰が死ぬのか決まっている。 今日失った仲間も次に死ぬ仲間も決まっている。 それは変えられない。 だから自分から死にに行く事ない。」




言っている意味がわからなかった。



部下が死ぬ事を知っていながら放っておいたのかと。



ハンナは酔いが冷めて白い肌が夜風に吹かれている。



少し切なくも見える表情。




「じゃあ聞くけどあの時。 敵の騎馬隊が火計をしてくる事を知って何ができた?」

「・・・・・・」

「全て投げ捨てて後方に逃げる? それなら後方の仲間も一緒に焼かれていたかもね。」

「じゃあどうしたらいいんですか? 第六感があるのに!!」

「運命は変えられない。 それを承知で前線に行く。 それが兵士でしょ。 軍隊には役目がある。 火計に気がついて全軍をどう動かすかは虎白様の仕事。」




虎白は速やかに後退命令を出した。



敵が何をしてくるかなんて全てはわからない。



だからこそ迅速に判断する必要があった。



少なくとも虎白の判断は早かった。



竹子もハンナも無事。



白神隊の機能停止という最悪の事態は避けられた。



それでも納得いかないルーナは不機嫌そうにしている。




「あなたは神にでもなったの?」

「はい?」

「第六感で少し前に敵の接近を知ったからって味方を救えるわけじゃない。 だから竹子はいつも悲しそうなの。 あなただけじゃないよ。 悔しいのは。 あの時どうすればよかったかなんて数え切れないほど考えた。 でもわからなかった。 事前に警戒するしかね。 次の戦闘では消化器持っていこう。 でもきっと別の手を打ってくる。 相手も必死だからね。 それが戦争よ。」




虚しく残酷な世界。



ハンナも何度も苦しんだ。



どうして平蔵や太吉は死んだのか?



どうしてリトを守れなかったのか?



眠れずに苦しんだ。



でもわからなかった。



戦場で死ぬかは運命だと。



何万と布陣する味方の中で火計をされたのは一か所。



他の兵士は焼けていない。



そんな低確率に当たってしまった。



受け入れるしかない。



明日は自分かもしれない。



考えると怖くてたまらない。



だから考えない。



その時が来たら。



後悔なく使命を全うしたい。



何故ならそれでも守りたい人がいるから。





「だからルーナ。 二度とあんな無茶しないで。」

「わかりました・・・」




ルーナは味方を守りたいがために無茶をしすぎていた。



ハンナは見ていられなかった。



二度とリトの様に失いたくない。



でも死ぬ日は来るかもしれない。



だからせめて自分から死にに行く様な事はしないでほしかった。





「ハンナ少佐ー!!! パンツ見せてくださいー!!!」

『ハッハッハー!!』

「おっぱい何カップですかー!?」

『ハッハッハー!!!』




上からクスっと笑うハンナは大きく息を吸う。



ルーナの背中を優しくさすった。



そして微笑む。




「いつかわかる。 今はわからなくても。 さあみんなの所へ戻ろう。 おーい!! うるさいぞおおお!!!! 今日は水色だよー!!!!」

『おおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!!』




ルーナもふっと笑った。



涙を拭くとルーナも大きく息を吸った。





「それが士官の役目か・・・みんな安らかに。 私はできる事をしっかりやるよ。 元気でね。 いつかまた・・・すうーっ。 おーい!!! 少佐にセクハラするなお前らー!!!!!」




命の選別。



恐ろしく残酷な世界。



それでも彼女達は必死にあがいて生きていく。



戦争のない平和な天上界を目指して。

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