第49章 しばしの別れ

天上史に残る大事件。



天上大内乱はオリュンポスの神話達に鎮圧された。



その影で密かに動いていた虎白だったがその作戦もあと一歩の所で失敗に終わった。



結果オリュンポスの神話達の権威を証明するだけの事件に終わり天王ゼウスは最強と改めて証明された。



1つ不可解なのは虎白がまさに行動に移すとなったその時に突然の冥府軍の襲来。



天才虎白でもそこまでは予測できなかった。



そして虎白は思っていた。





「念には念を入れておくべきだった。 グラントさんやカルロのじじいに南の防衛に入ってもらうべきだった・・・」





冥府と停戦を結んだ事で何とか最悪の事態は回避した。



虎白はこの時間を大切に使おうと決めた。



部屋には虎白と正室の恋華。



天上界の地図を見て考え込んでいる。



さっと机に温かいお茶を置いて隣に座り、恋華もお茶を飲んでいる。





「必要な事か。 いやでもな。」





何かを考えてぶつぶつと独り言を言っては恋華が入れたお茶を飲む。



恋華は優しい表情でただ見ている。



何を考えているのか理解している様に。



この夫婦は特殊だ。



血が繋がっている兄妹でもある。



鞍馬家と安良木家。



皇国の統治者の一族。



しかしこの両家は同じ血族とされている。



だが虎白も恋華も一族の歴史を知らない。



知っているのは古くから到達点への門を守る守り手だと言う事だけ。



それ以外の事は何も知らなかった。



虎白と恋華が兄妹だと言う証明はお互いの思考で良くわかる。



考える事も話す事と瓜二つ。



見た目は更にだ。



机の上の地図を見て頭を抱える虎白を見ながら恋華は優しい声で虎白に口を開く。





「しばしの間よ。 後悔する事になるかもしれないよ。 5年間竹子のお膝にいるか。 5年間耐えて永遠に竹子のお膝を我が物にするかよ。」

「竹子の膝枕か。 優奈に怒られるな。」

「彼女はあなたに会いに来ないじゃない。 それに比べて竹子はあなたに全てを捧げて来たの。 わかってあげて。」





じっと考え込む虎白。



ため息をついてお茶を飲む。



恋華は虎白の決断を待っている。



その決断とは。





「5年間他国へ修行に行く。 彼女達にも白陸以外の国を見せるべきよ。」

「だよな。 力をつけて来てほしい。 でも今回の失敗は俺のせいだ。 あいつらは良くやってくれた。」

「それはそれ。 ゆくゆく冥府軍がどんな戦士を連れてくるかわからないじゃない。 アーム戦役であそこまで叩いた冥府軍がこんな早く攻めてくると思った?」





恋華の言っている事は全て正しかった。



虎白自身もわかっている。



しかしそれを邪魔しているのは虎白が人間として生きた24年間で得た感情。



甘えているのもわかっている。



でも寂しくてたまらなかった。



竹子の食事をたくさん食べて楽しく5年間を過ごしたい。



優子の作るデザートを食べた後は甲斐と酒を飲んで馬鹿騒ぎしたい。



そして夜になったら夜叉子の奏でる笛の音色を琴と共に聴いてゆっくり酒を飲む。



そして眠りにつく。



目が覚めたら家族達と遊びたい。



尚香の船でロキータを連れて旅したい。



春花と鵜乱とピクニックに行ってビスケットや竹子の作るおにぎりを食べたい。



魔呂とレミテリシアとより良い未来について語りたい。



サラやエヴァと日本以外の世界の話をたくさんしたい。



全て虎白の中にある人間的感情だった。



効率や結果を優先する神族の考え方ができなくなっていた。



しかし恋華はそうではない。



今出来る事をやるべきだと。



だが恋華には夫の気持ちもわかる。



だから言う。





「未来に失わないためよ。」





その言葉は虎白に突き刺さる。



頭の中で蘇る。



先に旅立った英雄達の顔が。



全て自分のために旅立って行った。



そしてためらいの丘でハンナと話した。



戦争のない天上界を作ると。





「ああ。 わかったよ。 5年間だ。 家族のみんなには修行に出てもらう。 それは同時に俺達もだぞ。 人間達を俺達だけで統治するんだぞ。」





恋華はコクリとうなずく。



虎白の目には涙が溜まっていた。



今にも泣き出しそうだった。



恋華は和室の部屋に行って正座をする。



そして虎白の顔を見て両手を広げている。



虎白はトコトコと歩いて行くと恋華の膝に寝転がり静かに泣いていた。






「5年間よ。 それが必ず良い結果になる。」

「ああ。」

「これから死にゆく兵士の数を1人でも減らすためよ。」

「ああ。」




ニコリと微笑んだ恋華は虎白が満足するまで膝枕をした。



何時間も。



そして虎白は家族達が修行する場所を割り振りし始めた。



天上大内乱の終結は平和を意味した。



そして虎白が結んだ停戦。



兵士達は存分にその時間を楽しんだ。





「遊園地行きたいなあ。」

「少佐! お化け屋敷入りましょうよ!」

「怖いじゃん。 ジェットコースターにしよ!」

「そっちの方が怖いですよ!」





ハンナも私服に着替えて部下達と遊んでいた。



思い返せば入隊してから戦争続きで遊べていなかった。



メテオ海戦からアーム戦役までの6年ほどの時間もハンナは鍛錬に使った。



今は少佐となって3000もの大隊を指揮するほどになった。



たまには遊んでもいいかなと思えた。



ウキウキのルーナに連れられて遊園地に行くとそこでは賑わう国民達がいる。



ハンナは驚いた顔でその光景を見ている。





「凄い人の数ね!」

「普段は遊園地なんて来られませんものね! 今日は制服も着てませんし! 普通の女の子として遊びましょうよ!」

「そうだね! たまにはいっか!」





ハンナとルーナの美人2人は遊園地を満喫した。



ジェットコースターに乗って大喜びするハンナにしがみつくルーナ。



お化け屋敷で怯えてルーナの背中に隠れるハンナ。



2人は階級の差を気にもせず楽しんだ。



仲の良い女友達。





「次あれ乗ろう!」

「あれ? でも工事中ですよ?」





新設される予定のジェットコースターはまだ建設中で工事をしていた。



すると頭にタオルを巻いてヘルメットを片手に歩いてくる男。



金髪で色黒の厳つい男が。






「あ、あの方は。」

「あれ? 随分と可愛い女の子だと思ったら。 リトの上官。」





健太だ。



リトの死後、健太は自営で「リト建設」という会社を建てた。



そして虎白との繋がりを持てた健太は白陸国内で多くの仕事を任されていた。



時には娯楽施設を作り、時には軍事施設まで作った。





「お久しぶりです。」

「楽しそうだね。 その子は? まさか彼女?」

「いえいえ。 彼女はルーナ大尉。 リトの副官でした。」

「ルーナ大尉であります!」





ビシッと敬礼するルーナにペコリと会釈する健太。



少し気まずそうにするハンナは声を震わせた。





「ダメですよね。 こんなの。」

「おいおい。 俺が怒るとでも? リトが怒るとでも?」

「・・・・・・」

「楽しそうに笑うあんたを見てリトは喜んでるさ。 リトの副官を自分の副官にして遊園地に連れてくるなんてな。 リトに話したらさすが私のハンナってドヤ顔するな。」





ハンナはドヤ顔するリトの顔を思い浮かべてクスッと笑った。



確かに。



リトならそう言うかもしれない。



優しい彼女なら。



3人はリトの事を本当に良く知っていた。





「ちょっと待ってくれ。 仕事が残ってるからよ。 このジェットコースターの完成はあと1週間だよ!」

「1週間したらまた行きましょうよ!」

「おお! 俺も休み取るから一緒に連れてってくれよ!」

「はい是非是非!」





健太はもう立ち止まらなかった。



リトの事は忘れられない。



毎日彼女の墓に花を供えに行く。



どんなに仕事が忙してくても絶対に欠かさなかった。



そして墓の前で今日あった事を何時間も話すと家に帰る。



しかしもう涙は流さなかった。



楽しそうに話すと「じゃあ行ってくるぜ!」と一言言って家に帰る。



会社も虎白のおかげで順調で健太の真っ直ぐな性格が多くの社員を集めた。



男前な健太は女性社員から良く迫られたがその全てを断っていた。



大切な相手が先に待っていると断り続けた。



虎白も健太の活躍を応援していた。



ジェットコースターの新設が終わると既に虎白から仕事が依頼されていた。



南側領土前衛への出張だ。



天上門付近への基地の設営。



これは白陸軍ではなく南軍が駐屯する基地だ。



しかしアーム戦役、天上大内乱で疲れきった南軍の代わりに白陸が建設を行った。



健太と社員だけで出張は危険かもしれないと虎白の白王隊が警護につく事になっていた。



願ってもない大仕事。



しかし健太には1つ不安要素があった。



それはリトの墓に行けない事だった。



その事を何の気もなしにハンナに話してみた。





「それは大変ですね! わかりました虎白様に私から言ってみますよ! 虎白様なら必ずなんとかしてくださいます!」

「あ、でもよ。 それだと虎白さんからの仕事が迷惑みたいに取られないかな?」

「ふふ。 わかってませんねえ虎白様を。 そんな器の小さい方じゃありませんよ!」





健太は安堵した表情でハンナと別れた。



そしてその晩。



ハンナは虎白の元を訪れた。



するとそこには竹子が寂しそうな表情で立っていた。



ハンナは不思議そうに竹子を見ている。



竹子だけではない。



他の大将軍達も集まっている。



ただならぬ雰囲気を察したハンナは部屋から出ようとする。




「待て。 ハンナお前にも言っておかないとな。」

「虎白。 私から言わせて。 それよりハンナ。 虎白に何か用?」





驚いたハンナは頭の中が真っ白になった。



大将軍が一同に会してハンナを見ている。



その雰囲気に圧倒されて何を話に来たのかわからなくなってしまった。



すると虎白がニヤリと笑って近寄ってくる。





「何だよ。 こいつらが美人すぎて驚いてるのか? お前も負けないほど美人だから自信持てよ。」

「えっと。 あれっ!? 虎白様! あのお・・・」

「ヒヒッ。 ちょっと竹子と話してこいよ。」





ハンナは竹子に手を引っ張られて部屋から出る。



廊下で2人は顔を見合わせる。



浮かない顔の竹子の様子にハンナは心配そうにして肩に手をポンっと置く。





「あのね。 停戦の5年間。 私達大将軍は白陸を留守にする事になったの。 だからね。 白神隊と第1都市の事はよろしくね。」





あまりに突然の言葉にハンナは何も言えない。



天上大内乱という一大事件が終息したかと思えば。



開いた口が塞がらないハンナ。



竹子は自分の肩に置かれるハンナの手をさする。





「もちろん寂しい。 でもね。 みんなを守れる様に成長しないと。 アーム戦役の様に大勢失うなんて私は嫌だから。 あなたの事も。」





下唇を噛んで泣かない様に一生懸命話す竹子を見てハンナは変わらぬ表情のまま、泣いていた。



まだ頭の整理がつかない。



しかし身体が勝手に涙を流してしまった。



5年という長すぎる時間。



ハンナの頭の中で考えていた竹子との5年間。



たくさん話して時には遊びに出掛けたかった。



副官として親友として。





「えっと竹子。 ご、5年も離れ離れ?」

「う、うん・・・」

「ええ・・・そんな・・・寂しいよ・・・」

「私も・・・」





ガチャッ





「虎白様!! ど、どうして・・・」





心配して虎白がドアから顔を覗かせるとハンナは駆け寄った。



驚いた虎白は耳をピクピクと動かしている。



ハンナの両肩に手を置いて顔を近づける。



たまらずハンナは赤面して目を逸らす。



するとため息混じりの声で虎白は言った。





「お前らを死なせないためにだ。 俺も竹子達も。 もっと強く賢くなる必要がある。 だから5年間。 修行に出るんだ。 俺は白王の連中と国に残って竹子達の領地の面倒を見る。 これは俺達の修行だ。 人間との共存という。」





虎白も白王隊も人間が好きではなかった。



可笑しな話でもあるが虎白は人間が嫌いだ。



愛する優奈や竹子達も人間。



そして話しているハンナも人間だ。



だがこれは虎白が愛するほんの一握りの人間。



他の人間は強欲で自分勝手。



問題を起こしては責任をなすりつけ合う。



そんな人間が大嫌いだった。



かつて何があってそこまで嫌ってしまったのか。






「虎白様・・・」

「わかってくれるか?」

「あ、あの・・・リトの旦那様の健太さんが。 南側領土の基地設営の事で相談があって。 私が伝言する事になっていて・・・」





混乱しているハンナは虎白からの言葉とは違う返答をしてしまう。



一瞬目を逸らした虎白だったがニコリと笑ってハンナの話を聞いていた。






「そうか健太。 偉いな。 わかった。 春花の所のヘリコプター部隊が毎日送迎するってのでどうだ?」

「ええ!? わ、わかりました! 聞いてみます!」





ハンナは虎白に敬礼して逃げる様にその場を後にする。





「竹子。 行ってやれ。」

「うん。」





受け入れられない。



言っている事はわかるが成長するなら白陸でもできる。



何処へ行くっていうんだ。



何より寂しい。



ハンナは早歩きで廊下を歩いている。




「ハンナー!」

「竹子? 虎白様達とご飯食べないの?」

「あなたが心配でね。 永遠の別れじゃないから。 必ず強くなって戻るからね! だから又三郎と協力してしっかりね!」





竹子は涙を堪えてニコリと笑った。



ハンナの心の傷は竹子によって癒えていた。



会えなくなると考えるとまた傷口が開きそうで怖かった。



手の震えが止まらない。



すると竹子は小さな身体でハンナを抱きしめる。





「携帯持ってるでしょ? めーるも電話もして来ていいからね! 必ずその日に返事するから!」

「うん・・・お互いその日にあった事をたくさん話そうね! それで何処へ行くの?」

「北側領土のスタシア王国に妹と行くの。」

「赤き王の。」





虎白が北側領土で最も信頼する存在の元へ竹子は行く。



それを知れて少し安心したハンナは竹子をギュッと抱きしめると気持ちを落ち着かせて竹子から離れる。





「わかった。 領地は任せて! もう行くの?」

「明日の朝にはね。」

「そっか。 明日の朝は兵士達と訓練だし、竹子の代わりに町の視察にも出ないと。」

「今晩が最後ね。」





2人は顔を見合わせてうなずく。





『じゃあ5年後に!!』





そして2人は別れた。



北側領土の雄。



赤き王アルデンの元へ。



そして本国白陸で主であり最高の親友を待つ。



竹子が強くなる分、白神隊も第1軍も更に強くすると心に誓い2人はそれぞれの道へ進んだ。



物語は続く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る