第50章 5年という時間

竹子と別れて数日後。



白神隊、第1軍、そして第1都市の全てを任された又三郎とハンナは互いに協力して統治を行っていた。



竹子が週に一度は必ず行っていた街への視察はハンナが担当した。



街を歩いていると国民からも声をかけられる。




「竹子様は今日は来られないのですか?」

「そっか。 国民の皆さんにも言わないとね。 主は5年の間、白陸を留守にしています。 どうかわかってください。 皆さんを守るための修行に行きました。」




国民達は竹子が好きだった。



いつも笑顔で話を聞いてくれて、困った事があれば対応してくれる。



街にある銭湯に行っては女性と共に風呂に入る事も多々あった。



広大な第1都市の領主とは思えないほど国民に溶け込み、親しんでいた。



その分、国民達は竹子の苦難に全面協力して来た。



竹子を愛するのは兵士だけじゃない。



これが竹子の魅力。



その竹子が5年も戻らないと知った国民達は唖然としていた。





「そ、そんな・・・国道整備の話をしたかったのに・・・」

「保育園の増設はどうなるんですか?」

「治水工事は?」

「娯楽施設の建設は?」





ハンナと護衛のルーナに迫る国民達。



困った表情でハンナは国民達を落ち着かせる。



日頃竹子はこんな大変な事を笑顔で行っていたのかと思い知らされた。





「ちょ、ちょっと待ってください。 大丈夫ですから。 しっかり対処しますから!」

「大変そうだなハンナ!」

「虎白様!?」

「虎白様だっ!!」





国民達は慌てて頭を下げている。



ニコニコと可愛らしい笑顔を見せて国民達の頭を上げさせる。



5年間の修行にあたって虎白と白王隊、つまり狐達は国内に残った。



大将軍達の領地の運営を手伝うためだった。





「何か手伝うか? 俺も暴れてばっかじゃなくて国民のために仕事しないとな。」

「ええっ!? 暴れてばっかって・・・虎白様は白陸のために。 でも。 私頑張りますよ竹子から任されていますので。」





頭の上にある白い耳をシクシクとかいて嬉しそうに笑う虎白。



虎白の周りにいる細身ながらもただならぬ雰囲気を放つ白王隊。



しかしハンナが大変な事は虎白じゃなくてもわかる。



虎白は国民達の元へ歩いて行くと話を始める。





「娯楽施設や公共施設の建設は任せろ。 今、リト建設に依頼しているから工事が入る。 それにあたって国道がしばらく混み合うが理解してくれ。 馬車で出かけるときは気をつけてな。 治水工事と国道整備は第1都市だけじゃなく白陸全土の問題だから早急に取り掛かる。」





まるで台本でも読んでいるかの様に虎白は国民達の意見に答えると安心したのか国民達は戻って行った。



安堵した表情のハンナを見て微笑む虎白。



ハンナの隣で赤面して動かないルーナ。



5年の間は虎白と関わる事が増えるとハンナはこの時思った。





「まあ1人で無茶するな。 別にハンナの力量を疑ってるわけじゃねえよ? 頼りにしてるから力になりたいんだよ。 困った事があったら何でも話してくれ。」

「ありがとうございます。 虎白様にはお世話になってばっかりですよ。」

「それが主だからな。 そう思うよな大尉?」

「ふぇっ!? あ、はいっ!!」





突然話を振られて驚くルーナ。



優しい目で見つめる虎白のカッコ良さに息を飲んでいる。



なんて白くて神々しいんだと。



目の前にいるのは神族。



神々しいのも当然かもしれない。



そんな神族に話しかけられたルーナは動揺を隠せない。





「何だよ酔っ払ってるのか? 酒もほどほどにしろよ?」

「いえあ、あのっ!! そ、その・・・」

「ヒヒッ。 別に階級も気にしない。 俺はお前ら全員が大事だからな。 兵士の間に指揮系統がないと戦えない。 だから階級は必要だがな。 俺はただの皇帝。 別にかしこまらなくていい。 気軽に接してくれ。 好きな男が見つからないなんて相談だって聞いてやるぞ。」





ルーナは今にも気絶しそうだった。



見かねたハンナが虎白の耳に口を近づける。






「虎白様。 やめてあげてください。」

「え!?」

「本当に虎白様に惚れてしまいます。 このままだと気絶しますよ。」

「おお。 それはやべえな。 何だよこいつ彼氏いないのか?」

「恐らく。 口には出しませんが虎白様を見ると顔を真っ赤にしています。」

「ああ。 あれが普段の顔だと思った。」





賢くて強い虎白だがまさか兵士達が自分をそんな目で見ているとは思っていなかった。



あくまで大切な兵士達。



恋愛的な感情なんて皇帝の自分なんかに向けないと思っていた。



虎白は耳をシクシクかきはじめる。





「なんか悪い事したな。」

「身分は遥かに違いますけどね。 私達はみんな虎白様を偉大な主と思うと同時にカッコ良すぎる男性とも思っています。」

「あ? お前もか?」





自分で虎白の耳に顔を近づけたが、不意に虎白がハンナの顔を見るとあまりの近さにたまらずハンナまでも赤面する。




「お前もかよ」という表情で目を細めた虎白。




しかし嬉しいのか虎白の白くてモフモフとした尻尾は左右に振れていた。





「そ、そりゃあ竹子があれだけ虎白様の話をしていれば・・・」

「あいつか。 まあいいや。 困った事あったら言えよ。 優子の第2都市も見に行ってくるからよ。 じゃあな!」





そして虎白はその場を後にする。



ハンナとルーナは赤面する互いの表情を見て吹き出して笑う。



なんて顔をしているんだと。





「カッコ良すぎませんか?」

「そうだね。 竹子も惚れるわけよね。」

「ですです! でもあんなにカッコいい方の側にいられるなんて羨ましいなあ竹子様。」

「もう。 領地の視察に来たのに!」

「あはは! ですね! さあ続けましょう。」




なんだかんだでハンナ達の5年という日々は進み始めたのだった。




「元気? スタシアはどう?」

「会いたいよお! でもアルデンさんと妹のメアリーさんに剣を教えてもらっているの。 2人ともとっても強くて歯が立たないよお!」





ハンナは携帯でメールをしている。



竹子からの文章を見て嬉しそうに微笑む。



別れてから数週間。



国内の領地は問題なく運営できている。



虎白が時より訪れては問題解決に力を貸していた。






「竹子が勝てないってどんな剣士よ!!」

「本当に強いの。 でも何かがわかりそうな気がしてるの! だから頑張ってみる。 白神と領地の事はよろしくね!」

「わかった。 また連絡するね!」





メールを終えるとハンナは部屋を出ていく。



部屋の外に立つ護衛が敬礼してついてくる。



廊下を歩いていき、中庭に出る。



大勢の白神隊が訓練をしている。



すると又三郎が近寄ってくるが何やら様子がおかしい。




「これハンナ。」

「はい?」

「こやつらいつの間にか第六感を覚えておる者が何人もおるぞ・・・」

「ええ!?」





それは白陸が建国された時から生存している兵士達だった。



元12死徒魔呂の侵攻に始まり、幾多の死線を生き延びてきた兵士達は遂に第六感を習得し始めていた。



何処かホッとした表情のハンナは大きく息を吸って空を見る。





「無敵の中央軍ね。 竹子はそれを目指しているのでしょう。 虎白様の本陣に行くには。 虎白様の顔を敵が見るにはこの無敵の中央軍を粉砕しなくてはならない。」






中央軍の指揮官であるからには誰もが目指す場所がこの鉄壁の軍団だ。



定期的に優子の第2軍と美楽隊とも合同演習を行っている。



美楽隊の指揮官は健作だ。



彼もまた下界から虎白と共に天上界へ来た1人だ。



言ってみれば平蔵や太吉の同期だ。



健作は第七感までを自在に操っている。



紛れもない精鋭。



そして白神隊と同じ現象は美楽隊でも起きていた。



姉妹の絆はそのまま兵士達の絆と言えるほどに。



白神、美楽は足並みが良く揃う。






「でもまだ5年ある。 何処まで強くなれるかはわからないけれど。 5年間、精一杯強くなろう!」






そしてハンナは部隊を連れて過酷な訓練を行った。



白神隊の中でも力に差があった。



それこそがハンナ指揮下の補充兵で編成された部隊3000。



まずは隣にいるルーナに意識を向けた。



副官で第六感を使えないのはどうなのかと考えた。



リトは第六感を自在に操っていた。



そして何より。



この先現れる敵はそれぐらいできないと生き残れないと考えた。





「戦士の国。 考えるだけで怖い。 死ぬ事なんて恐れずに果敢に挑んで来るんでしょうね。」

「少佐?」

「ルーナ。 私があなたの中に眠る第六感を引き出させるわ。」

「ええ!? 第六感って少佐や竹子様が扱う技ですよ・・・」





両手を前に伸ばして首を振るルーナ。



しかしハンナはお構いなしにルーナを連れて行く。



第六感。



それは「死」に直面した時に覚醒する防衛本能の延長線。



転んだ時に時間が遅く感じる事や何となく何かが自分にぶつかる気がしたなどという事は誰もが一度は経験した事があるはず。



第六感とはその「何となく」を確実に感じ取る。



しかしこの力を引き出す事は大変難しく、ハンナも何度も死にかけた。



それを5年でルーナに叩き込むと言い出したハンナ。





「私の副官。 いや。 白神の将校なら習得しておくべき力よ。」

「で、でも・・・私なんかが・・・」





自信なさそうに立っていると見かねた又三郎がハンナに話しかける。





「これこれ。 少佐のお主が大尉1人に時間は裂けぬぞ。」

「確かに・・・でもルーナに覚えてほしい。」

「おお。 邪魔するぜー。 なっ!? ハンナどうした?」

「虎白様ー!!!」





丁度いい時に来たなと言わんばかりにハンナ虎白に駆け寄る。



驚いた虎白の耳はピンッと立ち上がり目を見開いている。



ルーナと又三郎は敬礼をしている。



虎白と話す機会が多かったハンナは虎白へかなり柔らかく話す様になっていた。





「なんかお前竹子に似てきたな。」

「助けてくださいよー!! ルーナや将校に第六感を覚えさせたくて!!」

「ああ!? そんな簡単にできるか?」





中庭のベンチに座り空を見ている。



目をつぶって大好きな竹子や大将軍の顔を思い浮かべている。



ため息をついて目を開ける。






「ルーナ。」

「は、はいっ!!」

「私には無理ですーなんて思っている様じゃ第六感の習得は無理だ。」

「どうしてそれを・・・」

「ルーナ。 虎白様の第六感はそれだけ強いの。」

「そう言えば竹子様にも考えている事読まれた・・・」





ルーナは口に手を当てて考え込む。



虎白は鋭い目で見ている。





「やるか? それはお前が決めろ。」

「や・・・や、やりますっ!!!!」





「じゃあそうだな。 他の私兵の大尉も連れて行くか。」




大尉という階級は将校の中でも重要な立場だ。



前線で兵士を連れて指揮するのはもちろん。



少佐から上の上級将校とも連携を取る部隊の要の様な存在。



指揮兵力は1個大隊。



2000人からなる大隊の指揮をする。



ハンナの兵力は3000。



その半数以上をルーナは指揮する。



高い戦闘能力と冷静な判断力。



そして上官と部下からの厚い信頼が必要。



大尉が無能だと部隊は機能しない。



虎白の呼びかけで私兵達から大尉が召集された。



白神の大尉。



ルーナと又三郎の副官に当たるミク大尉。



どちらも女性大尉。



美楽隊から雄太大尉と菊芽大尉。



獣王隊からコカ大尉とリーク大尉。



進覇隊から豪田大尉と真田大尉。



そして宮衛党からはへスタとアスタ大尉。





10人の各私兵の大尉が虎白と白王隊の元へ集まった。





それは地獄の様な5年間の始まりだった。





「ヒヒッ。 おいお前ら。 第六感を扱う事の難しさはわかるな? そして獣王と美楽。 あと進覇と白神のミク大尉は第六感を習得しているから第七感の習得を5年でやる。 死ぬほど過酷だからな? 怖いなら今帰れ。」





しかし誰も動かない。



虎白は満足してうなずく。



周りには白王隊の狐達。



5万3000からなる白王隊は全兵士が第七感まで自在に操る神族のみの部隊。



白陸だけでなく恐らく天上界最強の部隊。



その中からルーナ達の鍛錬を担当してくれる選りすぐりの狐が彼女達の前に立った。



「狐長 こちょう」と呼ばれる狐独自の階級。



狐長は大尉と同じ階級。



しかし力は歴然。



今日から5年間。



ルーナ達は目の前にいる狐長と白王隊に鍛えられる。





「よ、よろしくお願いします。」

「ヒヒッ。 頑張ろうね。 私は紫雨(しぐれ)。 よろしくね。」

「ルーナです!!」





紫雨狐長は柔らかくとてもおっとりした性格の狐長だった。



ルーナは少し安心した表情になった。



女性大尉には女狐(にょこ)の狐長。



男性大尉には男狐(だんこ)の狐長が割り振られた。





「じゃあ早速だけど目隠しをするね。 あ、私が目隠しをするの。 ルーナは好きに攻撃してきていいよ。 実弾でも真剣でも構わないよ。」

「ええっ!? い、いやあの・・・衝撃信管弾にオイルも塗っておきます・・・」

「ヒヒッ。 優しいのね。 でも手加減はいらないからね。 万に1つもあなたの攻撃は当たらないから。」





紫雨は目隠しをして刀に手を当てる。



ルーナはおどおどしながら剣に手を当てている。



隣を見ると他の大尉と狐長も同じ様にしていた。





「おいおい俺達は甲斐様と敵陣に突撃する進覇隊だぞ? これはおふざけが過ぎてないか? 遠慮なくいかせてもらいまっせ。 おりゃあああ!!!!!!!!」





進覇隊の豪田大尉が真っ先に斬りかかった。



豪田の目の前にいる狐長は目隠しをしているが豪田が斬り込む前に体をすっと右に避けた。



しかし歴戦進覇隊。



避けられたぐらいでは動揺する事もなく直ぐに右へ刀を振り抜いた。



だがそれすらもわかっている様に後ろへすっと下がる。



豪田が追いかける様に前に出ると狐長は一歩前に出て豪田に近づいた。



そして豪田の腹部に手を当ててギュッと拳に力を入れた。



すると何が起きたのか豪田は悶え苦しみ倒れ込む。





「寸動。」





これは動作は少なく最大限の力を一点に集中して打ち込む技。



豪田の臓器の位置に的確に。



この時も狐長は目隠しをしている。



倒れる豪田を見てルーナは絶句する。



そして前を見て紫雨を見ている。



口角が上がっているが何も見えていないはず。





「ヒヒッ。 常に鍛錬。 ルーナ。 寸動なんてしないからかかってきなさい。」





言うまでもないが初日が終わった頃には立っていられた大尉は1人もいない。



気絶するルーナを自分の膝に寝かせて濡れた布で顔を拭いている紫雨。






「んん・・・」

「起きたね。 まだ初日だからね。 確実に成長していこうね。」

「何が起きたのかも覚えていません・・・」





それも仕方ない。



ルーナは懸命に攻撃をした。



しかし紫雨から繰り出された攻撃はたったの一刀だった。



転んだルーナのうなじに一刀だけ。



それでルーナは気絶した。



強く育つのは大将軍だけではない。



これはその物語だ。

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