第48章 神の軍隊

その時が来た。



オリュンポスの都市を制圧して虎白の指示を待っている。



都市に暮らすオリュンポスの人々は混乱していた。





「あんたらは誰だ? どうしてオリュンポス軍がいないんだ・・・」





虫の屍を片付けながら国民は不安げに騒めく。



突然現れた白陸軍に対して不信感しかなかった。



しかしそれは白陸軍も同じだった。



天王の街を制圧。



徐々に混乱は大きくなる。



だがその中においてハンナと白神隊は落ち着いていた。





「国民に食べ物を配って虫の片付けを手伝おう。 大きくて気持ち悪いなあ・・・」





巨大な虫に顔を歪めている。



仕方なく虫の片付けを行う。



ハンナには待つ事しかできなかった。



神の王に反旗を翻す。



全ては虎白にかかっている。



もし失敗すれば死ぬ。



しかしそれはいつだってそうだった。






「虎白様・・・メテオ海戦でもアーム戦役でも。 負ければ死んでいた。 今回は敵が冥府軍じゃないってだけ。 虎白様なら大丈夫よね。」






ハンナは虎白をただ信じた。



実際に話した事だってある。



だからこそか。



怖くなんかない。



いつだって狐の皇帝が導いてくれた。





ゴロゴロッ!!




ドッカーンッ!!!





物凄い爆音。



天上界の空が光り雷が落ちる。



ハンナは驚き目を見開く。



そして手に震えを感じる。



身体の中を貫く様な爆音。



一体何があったのか。



雷の落ちた方角は虎白と白王隊がいる場所だ。





「虎白様・・・全隊! 国民の動揺を静めろ!」





混乱して暴徒化しそうな国民を落ち着かせる白神隊と白陸軍。



しかしなかなか落ち着かない。



それもそうだ。



混乱しているのは白陸軍とて同じ。



慌てる国民に苛立っている。





「今のは天王様じゃないのか!!」

「落ち着いてください!」

「お前達は何をしに来た!?」

「だから・・・落ち着けって言ってんだよ!」





ハンナはその様子を見ている。



又三郎は隣町にいる。



ここにいるのは自分の大隊と白陸軍の1個師団。



最高階級はハンナだ。



厳密には第1軍の師団長の少佐が1人いるがこの場合、私兵のハンナの方が立場が上になる。





「どうします?」

「師団長。 各隊に伝えてほしい。 街の駐屯は虎白様からの命令で一時的な措置だと。」

「実際の所我々も混乱していますよ。」

「だからこそ。 虎白様の名前を出して。 主が言うのだから信じなさい。」





正規軍の少佐は困った表情でハンナを見ているが動じる事はなかった。



ハンナの活躍もあり少しずつ現場は沈静化していく。



国民は落ち着きを取り戻して虫の屍を片付け始める。



正規軍も落ち着いて国民を手伝ったり現場を監督し始めた。



一息ついたハンナは雷の落ちた方角を見ている。



すると白王隊の1狐が四足歩行で走ってくる。



そしてハンナの前で宙に舞うと二足歩行の半獣族の様な見た目になって着地する。



ハンナが一礼すると白王隊の狐も一礼した。





「ハンナ少佐だな。」

「はい。」

「撤退だ。」

「え? 撤退ですか?」

「そうだ。 街を放棄して直ぐに白陸へ戻れ。」





要件を伝えると直ぐに立ち去ろうとする。



さすがのハンナでも混乱した。



今の今まで逆賊になる覚悟をしていたのに。



それが突然撤退だなんて。



たまらず狐の腕を掴んでしまった。



ギロッと睨んでハンナを見ている。





「何だ?」

「な、何が・・・あったのですか・・・」

「冥府軍だ。」

「え・・・」

「もう放せ。」





そして狐は四足歩行になって戻っていった。




冥府軍の襲来。



それは誰もが恐れていた事だ。



アーム戦役の大損害で沈黙した冥府軍だったが1年もせずに立て直したのか。



さすがの虎白でも想定できなかった。



一体どこにそこまでの戦力があるのか。



現場にいた白陸軍を戦慄させた。






「そんな・・・リト達の犠牲を払ったのに・・・完膚なきまでに叩いたはずなのに・・・」





ハンナはその場で硬直していた。



有り得ないんだ。



その事は有り得ない。



天上軍以上に損害が出たのは冥府軍だ。



それなのに天上軍の態勢が整う前に冥府軍が攻めてくるなんて。



ハンナの頭の中は真っ白になっていた。



大切な存在を多く失って何とか勝利したアーム戦役。



何のために犠牲を払ったのか。





「そんな・・・嘘だよ・・・」

「伝令でーす! ハンナ少佐! 第1軍から速やかに白陸へ撤退せよとの命令です! 白陸に入ったら再編成をして直ぐに南側領土の前衛まで出陣しろとの事です!」





伝令はそれを伝えると立ち去って行った。



しかしハンナはその場から動かない。



副官のルーナは心配そうに見ている。





「ハンナ少佐。」

「・・・・・・」

「ふう。 全隊聞こえたな? 師団長! 部隊を白陸へ進ませてください! 白神隊も行くぞ!」





見かねたルーナは全軍に指示を出した。



第1軍の師団長は部隊を反転させてオリュンポスの街から撤退する。



ルーナにはハンナの気持ちが良くわかっていた。



大好きな上官リトを失った。



自分は生き残ったが仲間も上官も戦死した。



それでも勝利したのに何故。



しかしこの先の戦いはきっと常識の通じない戦いになる。



ルーナはその事も察していた。



その理由は以前虎白と戦った経験からだった。



白神隊の基地へ視察に来た虎白が直々に稽古をつけてくれた。



ハンナやリトといった将校と共にルーナも戦った。



リトの分隊に所属していたルーナは光栄にも虎白と戦う機会を得た。



そこでルーナが見た虎白。





「確かではない。 興奮状態だったし。 でも虎白様は1秒という時間の中で複数回動けていた気がする。 ハンナ少佐や竹子様の第七感とはまた違う。」





白神隊には第七感を使える者が多い。



竹子を始め、又三郎やハンナ。



ルーナは戦場で何度もその動きを見て来た。



だからこそ分かる。



虎白の速さは第七感ではなかった。



まるで「1秒」という時間を我が物にしているかの様だった。






「気がついたら私は気絶していたけど・・・病院のベットで思い出した気絶するまでの光景。 虎白様はまるで瞬間移動でもしているかの様に仲間を1人倒すともう次の仲間の前にいた。 そして私は思った。 第七感の上の力を持ってらっしゃると。」





ボソボソと独り言をつぶやくルーナの隣で硬直するハンナ。



ルーナはハンナの前に立つと胸元をボンッと押した。



「はっ!」となりハンナはルーナの顔を見る。





「何するの!?」

「ハンナ少佐。 行きましょう次の戦場へ。 生き残るには受け入れるしかありません。 常識が通じない戦いを。」

「虎白様の不思議な力の様に?」





白神隊の中で虎白の力は噂されていた。



ハンナもルーナ同様に気がついていた。



しかし確証はなかった。



時を操る能力なんてどう証明できるのか。



誰も証明できないがハンナ達はこの目で見た。



もはや伝説になりつつあった。



我らが主は「時間」すら操れると。



落ち着いたハンナは撤退を始めた。



馬にまたがり白陸へ向かう。



その途中何度も考えた。



ルーナの言葉を。





次の戦場。


メテオ海戦、アーム戦役。


どんどん戦いは過酷になっていく。


虎白様の様な力を持つ敵がいたらどうすればいいの。


そもそも時間を操るなんて。


竹子でも勝てない。


私なんかがそんな敵と戦えるの?


いや考えるのは止めよう。


どんな状況でもしっかり戦える様にしないとね。


それが私兵。


白神隊。


竹子を守る部隊よ。


冥府軍は本当にしつこい。


何がそこまでさせるの?


天上界と戦争した先に何があるの?


それは虎白様でも分からないんだったよね。


いつか見てみたい。


そしてリトに話したい。


あなた達が戦った意味を。


私が今生きている意味も。


全て無駄じゃなかったと信じたい。


だから。


今は冥府軍と戦う。





「ルーナ。」

「はい?」

「行こう次の戦場へ。」





オリュンポスの王都付近まで進軍していた白陸軍は急いで南側領土へ戻る。



しかし冥府軍は既に天上門にまで来ている。



ここから白陸に戻って再編成して出陣をしていたら間に合わない。



アーム戦役の様に多大な犠牲が出る事は虎白じゃなくてもわかる。



渋い顔をしてハンナは馬に乗っている。



チラリと竹子を見ると同様に渋い顔をしていた。





「竹子。」

「あのね。 これも内緒なんだけどさ。 虎白だけ1人で冥府軍との交渉に行くんだって。」





ハンナは空いた口が塞がらない。



言っている意味がわからなかった。



冥府軍との交換なんて不可能だ。



英雄虎白の首は冥府軍にとって宝。



どうして虎白だけに行かせてしまったのかとハンナは思った。





「竹子の事だから止めたんでしょ?」

「うん・・・」

「信じるしかないのね・・・」





非常に危険な交渉に主は1人で行ってしまった。



しかし虎白とはいつもそうだ。



メテオ海戦やアーム戦役でも。



秦国軍だけを連れて北側領土に行ったり。



秦王趙政だけを連れて東側領土に行ったりと。



彼に恐怖はないのか。



ハンナは信じた。



虎白の決断はいつだって正しかった。



だから今回も大丈夫だと。





「竹子。 全軍の混乱を抑えないといけない。 白陸に戻ったら各軍団の再編成を行うんでしょ?」

「そうだけど。 既に王都まで行って何もせずに引き返した事で混乱しているの。 それに同行した南軍も不安と不満で士気が低いの。」





虎白の指示で王都まで来たのに何もせずに撤退。



それどころか領土に冥府軍が迫っている。



南軍諸将の不満は凄まじかった。






「伝令! それがしは武田軍の伝令でござる! 状況を説明せよと主は申せでござる!」

「急な敵襲により止むなく撤退します。 武田軍も領土へ撤退して冥府軍迎撃の準備を整えてください。」





伝令は眉間にシワを寄せて帰っていく。



その後も南軍諸将からの伝令は絶えなかったが竹子は同じ返答のみを繰り返した。



今できる事は虎白を信じて待つしかない。



だが万が一失敗した時のために準備はしておく。



しかしそれは虎白が死んだという事だ。



竹子は考えるだけで気が狂いそうだった。





「嫌だよ・・・一緒にいるって言ったのに・・・」

「竹子落ち着いて。 虎白様なら大丈夫。 必ず交渉を上手く進めて帰ってくる。」




ハンナは竹子の手を握った。



白くて可愛らしい小さな手は小刻みに震えていた。



竹子にとって虎白は全て。



虎白が危険なのに何もできない事で不安感は増していく。



自分の目が届かない所で虎白が死んでしまう恐怖が竹子を狂わせていく。



ハンナには良くわかる気持ちだった。



かつて恋人が冥府で死んでしまった。



あと少しで再会できたのに。



何日も後悔と悲しさで泣いた。



今の竹子はかつての自分と同じ様になってしまう。



ハンナは竹子の手をギュッと握った。





「大丈夫。 虎白様なら絶対に大丈夫。」

「うん・・・信じてるよ。」

「とにかく白陸軍の再編成をしないと。 念のために。 不満を持った南軍が攻めてくる可能性だってあるし。」




こんな状況になってもハンナは冷静だった。



ハンナだって取り乱した。



それをルーナに助けられた。



次はハンナが竹子を助ける。



いつも助けられているからこそだ。





「伝令来なさい! 各軍団に通達! 軍団ごとに再編成して領土の防衛につきなさい! 敵は冥府軍だけではない! 不満を持った南軍だって攻めてくる可能性がある! 実弾と衝撃信管弾の両方を準備して次の指示が出るまで待機!」





ハンナは伝令を走らせた。



白陸で虎白の次に地位の高い竹子。



その私兵白神隊。



白陸軍の動きはこの白神隊を中心に動いている。



竹子の副官は白陸軍の柱。



又三郎とハンナ。



2枚の剣だ。



竹子が取り乱しても白神隊の動きに抜かりはない。






そして白陸に戻り何時間も臨戦態勢で待機した。





「ハンナ!」

「竹子! 虎白様はどうだった?」

「帰ってきたよお!! 停戦だって! 5年間も!」

「い、いやったああああああ!!!」





竹子とハンナは思わず抱き合った。



虎白がその命をかけて結んだ停戦。



それは大きな時間となる。



大将軍にも兵士達にも。



これは5年間で大きく成長するハンナ達の物語である。

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