第31章 弱きを助ける

大混乱の南側領土前衛。




「どけっ! どかぬか! あの大砲はなんじゃ!」




前衛の兵士達は難民を押しのけて下がって行く。



夜叉子はそんな状況を片目に無表情で水や衣類、手当てをするためのテントの支度を部下と共に行っている。



甲斐もそれを手伝っている。




「それにしてもよー夜叉子。 連中がこんなに取り乱すなんてなー。」

「そうだね。 アルテミシアより強力な敵かもね。」




頭の後ろで手を組んで座っている甲斐をチラッと見て煙管を咥えながら水をコップにくんで並べる夜叉子。




「まあ。 あたいの敵じゃないだろうけどなー。」

「はいはい。 いいから水くむの手伝いな。」

「はいよー!」




少しだけ口角を上げて夜叉子は甲斐に空のコップを渡す。



進覇隊や獣王隊もその周囲で難民の保護の準備を進める。



同じく残った白陸軍も野営地を設営して敗走してくる南軍兵士を保護している。





「どかぬか! さもなくば斬り捨てる!」

「で、でも何も食べてないしずっと逃げてきたから喉もカラカラで・・・」

「まずはわしら兵士が先じゃ! 誰が貴様らを守ってここまで下がったと思っておるのじゃ!」




刀を難民に向けて声を上げる前衛の兵士。



難民を押しのけて水や食料を頬張る。



夜叉子はそれをじっと見ている。



傍にいる獣王隊にうなずく。





「守ってやっただと? てめえらが領地を放棄して逃げてくるから難民になってるんだろ? カタギの方にご迷惑かけるんじゃねえよ。」

「何だと? 後詰めのその方らが遅いから崩れたのじゃ。 早く前進せぬか!」

「ああ!?」




獣王隊が前衛兵士から食べ物を奪い取り難民に渡す。



それを見た他の獣王隊も優先して難民に食事を配り始める。




「貴様の指揮官は誰じゃ!!」

「ああ? てめえみたいな弱兵にうちらのお頭を見せるわけねえだろ。」

「いいよ。 あんたは難民の世話してやりな。」

「お頭!! へい。 わかりました。」




夜叉子が前衛兵士の前に立つ。



そしてギロッと睨みつける。



背筋がゾクッとした兵士は後退りして何食わぬ顔でその場から立ち去ろうとする。



夜叉子は兵士の服を掴んで振り向かせる。




「あんたも大変だったんだね。 良く生き延びたね。 後は中衛に任せな。 でもね。 あんたも兵士なら民を守らないといけないのはわかってるよね?」

「さ、されど我らは敗軍の身で・・・もはや難民と相違ない・・・」

「いいかい。 一度や二度負けたから何なのさ? 負けってのはね。 あんたが諦めたら負けなのさ。 まだ生きてるなら諦めるんじゃないよ。 難民に暴力振るう元気があるなら白陸と一緒に前進させてあげるよ。」




兵士は夜叉子に返す言葉がなかった。



もう前進したくない。



それが本心だ。



その場に座り込んだ兵士は何も言わずに下を向いている。



夜叉子はため息をついて立ち去る。



抜け殻の様になった兵士を見つめる甲斐。




「おめー情けねーなー。 あたいお前嫌いだわ。 どっか行きな。」

「・・・・・・」




甲斐に何を言われても言い返す事もなく下を向く。



兵士としての誇りも生きる気力もなくなっている。



彼らは前線で何を見たのか。




「ほら。 これ私が食べるつもりだったけどさ。 まあ。 私は元気だからね。 あんた食べな。」




夜叉子がさっと兵士の前に食事を出す。



驚いた兵士は夜叉子を凝視する。



変わらず冷たい瞳で兵士を見ている。



しかし何処かその瞳には優しさもあった。





「いいかい。 しっかり食べな。 食べ終わったらあんたが筆頭に難民を守ってやりな。 兵士としての誇りは戦いだけじゃないんだよ。」




兵士はぐしゃぐしゃの顔になり食事を食べる。



涙と鼻水が食事に入っても気にしていない。



夜叉子はそれを見て目を細める。




「行儀悪いね。 私はあんたみたいな下品な男は嫌いだよ。」

「はっはっはー!! おめー女に嫌われる才能あるなー。 あたいの虎白とは正反対だなー。」

「別にあんたのじゃないでしょ。 せめて私達って言いな。」

「はっはっはー!!」




少し口角を上げた夜叉子は兵士の肩に手をポンッと置いて立ち去る。



兵士は泣きながら食べ続けている。



敗軍の兵士として誇りも希望もなかった。



難民を押しのける事がどれほど兵士として情けないのかは十分にわかっている。



しかしもうどうにでもなれと言う心境だった。



そこに夜叉子からもらった活力。



彼が涙を流しているのは食事の美味しさからではない。



また戦おうと思わせてくれた夜叉子からの言葉に涙が止まらなかった。



戦いは前線で敵を食い止める事だけではない。



武器すら持てない弱い難民を守る事だって兵士の務め。



自分達以上に怖いはずだと。




「た、大義でござったああ!!!」




誰もいないその場所で深々と頭を下げた兵士は立ち上がる。




「前衛の兵士の皆よ! 難民に食事を与えた後に野営地の設営を中衛と共にいたせ!」




夜叉子と甲斐は離れた場所でその兵士を見ていた。



甲斐は鼻で笑い夜叉子を見る。




「あいつ夜叉子の飯食ってたよなー? なーにが難民に食事与えろだよなー。」

「ふっ。 心入れ替えたんだから許してやりなよ。」

「何だかんだで優しいよなー夜叉子はよー! ほらあたいの飯を半分やるよー!」

「ありがとう。 正直私もお腹空いていたよ。」

「そりゃーそうさー昼飯の前に急いで集結してここまで来たからなー!! んーうめーなー竹子の握り飯!!」




2人で竹子が握ったおにぎりを食べている。



彼女らの戦いはこれからだ。



竹子と白神隊は前線でアレクサンドロスが率いるマケドニア軍と共に前衛を支援している。




ボンッ!!



大きな爆音が聞こえると数秒沈黙が続く。



ヒューッ!!



ドッカーンッ!!!



甲高い音と共に目に見える全てが吹き飛ぶ。



竹子達の目の前にいた大勢の前衛兵士が一瞬で消え去り大きな穴が空いている。



メテオ海戦から戦績を積み重ねてきた精鋭白神隊でも開いた口が塞がらない。





「な、なんなのこの威力・・・」




ハンナは色白の顔を更に真っ青にして立ちつくす。



背後にいる1000人の部下達も唖然としている。



どこから飛んできているかもわからない。



いつ自分達の上に落ちてくるかと考えると気が狂いそうだった。





『おおおおおおおおおー!!!!』




冥府軍は一斉に突然を開始した。



アレクサンドロスは好機と見て反撃をした。




「て、敵が突撃してくるならあの悪魔の爆発も起きないだろう! 皆の者! 我に続けー!!」




竹子達もそれに続き前衛部隊と共に突撃した。



そして戦闘は乱戦になる。



乱戦となった天上軍の破壊力は凄まじく冥府軍はあっという間に劣勢になる。





「大隊は竹子様の左側を固めて! 近寄る敵は1人残らずに斬り捨てて!」




ハンナも大隊と共に戦っている。



竹子が第1軍の先頭に立つものだからハンナ達指揮官も兵士より前にいる。



見えない所から砲弾が飛んでくるというのに竹子は果敢に兵士達の前で戦う。



ハンナの前にも大勢の冥府軍が迫る。




スパッ!



スパッ!!




「敵は強くない! 確実に倒して前進するよ!」




迫る冥府兵をハンナはいとも簡単に倒しては兵士を率いている。



周囲を見渡すと白陸軍が冥府兵に苦戦している。



なんとか1人倒す事が精一杯。



ハンナは不思議そうに見ている。



相手は弱兵だと思っていた。



しかしそれは違った。



天上界侵攻の第1陣として派遣された冥府軍。



そんな弱いはずがなかった。



ハンナ自身が飛び抜けて強くなっていた。




「そっかそっか。 成長してたんだね。 でもね強くなったのは私1人じゃないよ。 みんなと強くなったんだから!」




冥府兵に苦戦する白陸兵を白神隊が助けていく。



何度も剣がぶつかり合い時に倒されて時に何とか倒している白陸軍の前で白神隊はほぼ一刀で倒していく。




「す、すげえ。 やっぱり私兵は強いなっ! カッコいいぜ!」




白神隊の働きに歓喜する白陸軍。



ハンナ達の少し隣の戦場でも白陸軍の歓喜する声が聞こえる。



優子の第2軍と美楽隊。



白神隊同様に敵を蹴散らしている事だろう。



ハンナはその声を聞いて口角を上げる。




「中央軍には守護神がいる。」

「大尉何か言いました?」




小隊長のリトが不思議そうにハンナを見る。



ハンナは簡単に敵を倒してはリトを見て微笑む。




「私達は白陸の中央軍。 そしてその中央軍は絶対に崩れない。 何故なら守護神の姉妹がいるから。」




リトは「あーなるほど!」という表情で口を開けている。



ハンナとリトが見つめる先には目にも留まらぬ速さで動き敵兵を大勢倒している竹子の姿。



やはり異次元の強さだ。



ハンナの言う守護神。



それは直ぐ横の戦場の第2軍にもいる。




「そしてその守護神を守る私兵は主を死なせまいと鬼神と化す。」




ハンナはそう言うと剣をギュッと握る。



その表情は勇ましく闘志に満ち溢れている。



リトも同じ様に勇ましい表情になった。




『うわあああああああああああ!!!!!!』




ハンナとリトを筆頭に白神隊は奮起。



冥府軍はもはやなす術がない。



次々に倒されては後退りする。



白神隊に容赦はない。



竹子様に近寄るな。



我らの祖国に来るな。



我ら無敵の白神隊。





『おおおおおおおお!!!!!』





それは第2軍でも起きていた。



無敵の姉妹の以心伝心。



私兵までもが以心伝心となり奮起する。



一体何がそうさせるのか。



その圧巻の光景に白陸軍は歓喜。



前衛、中衛の全軍を指揮しているアレクサンドロスでさえ唖然としている。



総崩れとなった冥府軍は下がり始める。





ボンッ!!




ヒューッ!!




ドッカーンッ!!!




しかしそれは爆発した。



下がり始める冥府軍の上に。



乱戦となっているのにも関わらず。



最高潮になった天上軍の士気は沈黙する。



冥府軍からの容赦ない砲撃。



同じ冥府軍が吹き飛んでもお構いなしに砲撃を続けている。



その異常な事に天上軍の士気が乱れ始める。



指揮官のアレクサンドロスでさえ混乱していた。




「一体何が起きているのだ!! あの炎はどう言った仕掛けだ!!」




そもそも砲撃の概念がないアレクサンドロスは終始混乱していた。



彼の生きた時代に砲撃なんて技術はなかった。



天上界に来て学ばなかったのは彼の落ち度だ。




「し、白陸の指揮官を呼べ!!」




アレクサンドロスはたまらずに竹子を呼び出す。










「え。 でもここを放棄できないよ。 あの砲撃で前衛兵士がたくさん死んでしまったもの。」

「し、しかし急ぎの要件だとかで・・・」

「もー。 又三郎。 ここを任せてもいいですか?」

「承った!!」




竹子は前線を又三郎と白神隊に任せて一度後退してアレクサンドロスの元へ向かう。




「お呼びですか? 忙しいので手短に願います。」

「あの炎は何だ!! どうすれば良いのだ!」




少し眉間にシワを寄せて考える。



「なるほど」という表情をして竹子がアレクサンドロスを見る。





「砲撃です。 詳しく説明している時間はありません。 要件はそれだけですか?」

「あれをどうするのだ!」

「それは・・・私もあんなに遠くから放ってくる砲撃は初めて見ました・・・」




敵軍が撃ってきている砲撃は天上軍の見えない所から撃ってきていた。



竹子の知っている砲撃は砲手が見えた。



それほど高度な技術を持っているのは現代兵器だ。



竹子も困った表情で考え込んでいる。





「私の主が戻るまで耐えましょう。 お互いに打開策がないのなら。 私の。 虎白が戻るまで。 きっと打開策を持ってきます。」




アレクサンドロスはやり切れない表情で吹き飛ぶ兵士達を見ている。




虎白が打開策を持って来なければ天上軍は大敗する。



砲撃の着弾点は徐々に伸びてきて中衛の元まで届きそうになっていた。



既に白陸軍、マケドニア軍にも戦死者が出始めている。



いずれも砲撃によるものだった。



竹子はアレクサンドロスに一礼してその場を後にしようとする。




「待たぬか! 竹子と言ったな? お前の方が我より敵の技術に精通している。 我と共に指揮を執る事を手伝え。」

「お断りします。 現場には私の大切の兵士達が大勢います。」

「それは我とて同じだ。 第1の人生から仕えてくれておる者もいる。 その者達が吹き飛んで死んでいく。 動きたいのは我とて同じなのだ! しかし誰かが指揮を執らなくてはならない。 それが我とお前だ!」




アレクサンドロスの目は真剣だ。



なす術のない砲撃に悔しさと怒りで爆発しそうな表情だった。



しかしそれでもアレクサンドロスは全軍の指揮を必死に行なっていた。



竹子は大きく息を吸って気持ちを落ち着かせる。



そしてアレクサンドロスの隣に座り布陣図を見る。




「わかりました。 ではまず砲撃されているのはここです。 次の砲撃が着弾すると同時に一斉に部隊を下げます。 射撃隊で後退を援護させます。 今は強引に進んでも犠牲が増えるだけですから。」

「待て! 後退と同時に背後を一気に突かれるぞ! その射撃隊とやらで敵を抑えられるのか?」

「ええ。 私が心の底から信頼している者達です。」




竹子の強い眼差しにアレクサンドロスは期待した。



彼女には自信があると。



黙ってうなずいたアレクサンドロスは着弾点付近の部隊に命令を下した。



その指示は速やかに現場の又三郎の元にも届いた。




「後退か。 致し方あるまいな。 白神隊聞け! 味方を援護するぞ! 恐らく美楽隊も同じ動きをするであろう! 一斉に射撃だ! 雑兵1人たりとも近づけるでないぞ!!」




ボンッ!!



ヒューッ!!!



ドッカーンッ!!!




「後退しろー!!!」




前衛、中衛関係なしに着弾点付近の部隊が下がりだす。



後退というより敗走に近かった。



何万もの兵士が我先に逃げていった。



その状況において6000の兵士だけが残っている。



白神隊3000。



そして美楽隊3000。



横1列に並ぶ両隊はものすごい勢い長さになった。



そして全兵士がライフルを構える。



まだ白陸軍のライフルは現代銃に比べれば貧相だ。



装弾数5発のボルトアクションライフル。



1発放てば一度ボルトアクションをして薬莢を出さなくては次弾は撃てない。



しかし問題は武器の連射速度よりも精度だ。



追いかけてくる敵軍の前列を多数撃ち抜けるかにかかっている。




「構えよー!! 放てー!!」




ババババーンッ!!



ガシャコンッ!!



ババババーンッ!!




竹子と優子が手塩にかけて育てた私兵。



乱戦能力の高さは言うまでもない。



射撃能力の高さも一級品だ。



それは過酷な中央軍という位置を指揮するために得た技術だ。



長く続く戦闘が基本。



そのために射撃でどれだけの敵を倒し、怯ませる事ができるか。



そしてそれは完璧だった。



敵軍前列どころか2列、3列目の兵士まで倒れている。



完全に怯んだ敵を見て又三郎も優子も口角を上げる。





「我らも後退だー!!」

『おおおおおおおー!!!!』




これが最強の白陸中央軍の私兵だ。

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