第32章 天空の死神

虎白が前線に戻ってくる。



隣には茶髪の西洋人。



こんな状況だと言うのに笑顔で落ち着いている。



何がそんなに面白いのか。



後退して本陣にいる竹子の元へ合流した白神隊。



ハンナはじっとその西洋人を見ている。





「こいつはサラ。 ミカエル兵団からもらってきた。 敵の技術に詳しい。 何かいい作戦があるらしい。」




澄ました顔で虎白も竹子と話している。



ハンナには不謹慎に感じた。



前衛の兵士が大勢吹き飛ばされて大混乱だと言うのに。



どうしてこんなに落ち着いているのかと。





「大尉。 そんな怖い顔して。 大丈夫ですか?」

「だって。 虎白様もあのサラって方も何を呑気にしているのかなって。 早く反撃しないとまた砲撃されてしまう。」




ハンナの隣でリトも虎白達を見ている。



今回の敵は訳が違う。



高度な技術を持っている。



見えない所からの砲撃。



強力な射撃隊。





「砲撃は鵜乱が破壊したけれど。 また何かしてくるかもしれないよ。」

「わかった。 じゃあサラ作戦を説明しろ。」




ハンナとリトは顔を見合わせた。



驚き言葉が出なかった。



確かに砲撃が止まった気がしていたがまさか既に破壊していたとは思わなかった。



竹子と同じ大将軍の鵜乱。



鳥人部隊の指揮官。



ハンナも見かけた事があった。



非常に高い身長に美しい小麦色の肌。



ミステリアスな雰囲気を出していた。




「やっぱり大将軍は竹子様や優子様達だけじゃないのね。 どのお方も本当に優秀で凄い。」




ハンナは口に手を当てている。



自分達が死に物狂いで前線を支えている間に鵜乱は敵の技術を破壊しに行っていた。



そして虎白と大将軍達は何かを話し合っている。



すると竹子がハンナ達の元へ戻ってくる。




「これから白陸とマケドニア及び中衛戦力で前進します。」

「されど竹子様。 あの恐ろしい砲撃はもう飛んで来ないのですかな?」




又三郎が険しい表情で竹子に問いかける。



いくら乱戦、射撃に長けている白神隊でも砲撃を止める事はできない。



部下を無駄に死なせたくない。



又三郎の表情から伝わるその想いは竹子にも感じていた。




「安心してください。 砲撃は来ません。 しかし早く叩かないと次は何をしてくるかわかりません。 あのサラって方が作戦を説明してくれました。 私達はそれを信じるしかありません。」




竹子の表情も少し不安そうだった。



突然現れた陽気な西洋人の作戦を信じろと言われても。



彼女の実力なんて知らない。



それに甲斐や夜叉子の様に共に戦ってきたわけでもない。



竹子の本心は不安で一杯だった。





「皆さんも不安だと思います。 でも私達の虎白が彼女を信じろと言っているんです。 信じましょう。」




又三郎もハンナも静かにうなずく。



いずれにせよ打開策は誰も見出せない。



今は陽気な西洋人に任せるしかない。



ハンナ達は前進を開始する。



冥府軍も迫ってくる。





「次は皆さんと共に戦います。」




竹子も薙刀を手に勇ましい表情で馬にまたがり歩いていく。



ハンナやリトもそれに続く。




「間もなく射程に入ります。 いつもの様にこちらから攻撃します。 第1軍構えー!!」




一斉に武器を構える。



直ぐ隣から「第2軍構えてー!」という可愛らしい声が響く。



私兵、一般兵共にライフルを構える。




『撃てー!!!』




ババババーンッ!!!




「甲斐突っ込め!!!」




射撃の爆音の後に響いた声は虎白の声だ。



いつもと違う戦法だ。



中央軍が先に敵を弱らせて甲斐と進覇隊が突撃する。



しかし今回は甲斐が真っ先に突撃。




「はいよー!! いくぞあんたらー!!」

「甲斐様に続けー!!」

『おおおおおおおおおー!!!!!』




中央軍を飛び越える様に進んでいく。



一斉射撃で多数の冥府軍を撃ち抜いた。



甲斐を止める時間がなかった。




ガッシャーンッ!!




「どっけえええええ!!!!」




敵陣に突入した甲斐と進覇隊はどんどん進んでいく。



ハンナはその光景を見て少し笑顔になる。




「冥府軍。 恐ろしいでしょ。 本当に止まらないんだから。 甲斐様は。」




進覇隊の破壊力はその身で知っている。



思わず「どんなもんだ!」と心の中で歓喜してしまう。





「邪魔するぜ。」

「こ、虎白様!?」




ハンナの方にポンっと手を置いて不敵な笑みを浮かべる虎白。



振り返るとそこには白王隊まで来ていた。



「俺が先頭に出て暴れてやるからお前ら白王の後ろからついて来い。」




何食わぬ顔をして2本の刀を持っている。



ハンナは驚いて言葉が出ない。



竹子が虎白に近寄って来てニコリと微笑む。




「虎白もたまには暴れたいんだよね。 いつも頭使ってばかりだものね。」

「さすが俺の竹子。 ハンナ大尉。 そういう事だ。 中央軍の要を俺達白王隊に譲れ。」




はっと我に帰ってハンナは虎白に敬礼する。



こんなに頼もしい事があるか。



自分の暮らす国の国主が自ら先頭に立つ。



万が一の事があったらと心配な気持ちはある。



しかし虎白にかぎってそれはない。



それもハンナは自分の体で経験している。



目にも留まらぬ速さで動き一刀一刀の攻撃が異常なほどに重い。





「じゃあ押し出すぞ。 行くぞ白王!! 存分に暴れろ! 冥府軍を天上門まで追い返してやれ!!」

『御意!!』





虎白は前に飛ぶ。



そして体を丸めて縦回転している。



車の車輪の様に。



次々に白王隊は虎白と同じ様に縦回転して敵に向かっていく。



その光景にハンナは狂喜乱舞する。




「カッコいい!! 目回らないのかな!」




初めて生で見る白王隊の戦闘。



同じ兵士として興奮せずにはいられなかった。




「では中央軍! 白王隊に続いてください!」




竹子と優子の中央軍も前進する。



シュルシュルシュルッ!!!



スパパパパッ!



冥府軍が見事なまでに裂けて倒れていく。



回転を止めた白王隊は2本の刀で敵をバタバタと斬り始める。



何の迷いもなく。



全ての敵と味方の位置を把握している様に。



どんな動体視力をしているのか。



何故目が回らない。



三半規管はどうなっているのか。



走りながら白王隊の元へ向かうハンナは終始そんな疑問と圧巻の戦闘に興奮していた。





「虎白様! 中央軍が入ってきます!」

「おし。 白王! もう少し前に押し出すぞ! 横陣!」

『御意!!!』




近くにいる冥府兵をあらかた倒すとまたも前に飛ぶ。



そして今度は体を横に回転させていく。



まるでプロペラの様に。




スパパパパッ!!




冥府兵は上半身と下半身が分離していく。



あまりの斬れ味と攻撃の速さに痛みすらなく死んでいく。



冥府兵は白王隊の動きに反応すらできていない。



中央軍は後を追いかけるしかなかった。



白王隊はまた回転を止めると周囲の敵をバタバタと倒し始める。




「この辺りでしばらく暴れるぞ。」

『御意!!』




その場に留まり大暴れを始める。



逃げだす冥府兵で溢れるが白王隊は容赦なく斬り倒していく。



中央軍もようやく追いついて共に乱戦に参加する。




「竹子! 中央軍を俺の白王に混ぜろ! 安心しろ間違えても味方を斬ったりしないからよ。」




竹子は中央軍に突撃の指示を出す。



そして直ぐ隣にいるハンナを見る。



目を輝かせているハンナは竹子の視線に気づく。





「行ってきなさい。 白王隊がここまで暴れる事なんてそうそうありませんよ。」

「よろしいんですか?」

「その代わり。 たくさん吸収して来てくださいね!」




ハンナは一礼して自分の大隊を白王隊の元へ突撃させる。



その間もハンナ達が突入してからも白王隊の動きは止まらない。



間違えて白神隊を斬る事もなかった。




「おい白神隊! 邪魔だけはするでないぞ!」

「は、はいっ!!」

「ヒヒッ! さあ蹂躙しろ! 虎白様に続け!」




近くにいる白王の兵士が不敵な笑みを浮かべる。



ハンナの生涯で一番心強い戦いだった。



乱戦の中ハンナも懸命に冥府兵も倒す。



その最中ハンナは偶然にも虎白を見つける。



普段は冷静沈着で無表情か、不敵な笑みを浮かべるぐらいしか表情の変化がない。



ハンナは初めて見た。



こんなに活き活きとしている虎白を。





「やっぱり生粋の武人なんだ。 虎白様は。」





何人もの冥府兵が総大将の虎白を討ち取ろうと束になって迫ってくるがまるで歯が立たない。



第六感を使って虎白の動きに集中するがまるで予測すらつかない。



どれだけの神通力を持っているのか。



この戦いでどれほど神通力を消耗しているのか。



まるで減っていないのか。



見ていれば見ているほど疑問が湧き出てくる。



そして虎白は攻撃の手を止める。




「そろそろだな。 中央軍前に出ろ! 白王隊は一度下がれ! 来るはずだ。」





冥府軍を圧倒している。



しかしその数の暴力に身を任せている冥府軍はなかなか崩壊しない。



倒しても倒しても湧き出てくる。




「白王隊は下がってしまったけど・・・」




ハンナは不思議そうに背後を気にする。



たたみ掛けるなら今なのに。




ゴゴゴゴゴゴー!!




すると何やら空から轟音が響く。



ハンナ含め兵士達は上を見る。



天空に浮かぶ巨大な飛行機。





「航空機? それにあれは冥府軍の・・・」




漆黒に塗装された機体。



冥府所属の飛行機が天空を優雅に飛んでいる。





ガララララララララッ!!




まるで世界を滅ぼしてしまうかの様な爆音。



その爆音が響いてから少し沈黙がある。



数秒ほどか。



ハンナは不思議そうに見つめている。



数秒してから眼前に溢れる冥府軍が消え去る。



地面に爆音の正体が着弾すると同時に。



ハンナ達が持っているライフルとは訳が違う。



何処からともなく飛んできた榴弾よりも強力。



何が起きたのかわからない。



わかるのは眼前にいた冥府軍が消え去った。



ハンナは言葉が出なかった。



そして酷く混乱していた。




「大尉。 しばらく待機です。」

「えっと・・・冥府軍の飛行機・・・でも冥府軍が殺されてる。」

「ハンナ。」




竹子が肩に手を置く。



はっと我に帰ったハンナは竹子の顔を見ると真剣な眼差しでじっと見ている。



白くて可愛らしい竹子の手は微かに震えていた。



大将軍の竹子ですら怖かったのだ。



勇猛果敢に敵と戦うハンナの主。



そんな竹子でさえも天空に浮かぶ死神に戦慄していた。




「竹子様・・・」

「大丈夫。 虎白を信じて。」

「はい。」




天空に浮かぶ死神がいつ自分達を攻撃してくるのか。



まるでわからない。



誤射をして同じ冥府兵を焼き払っている。



パイロットか機銃士が気づくのか。



そうなったらお終いだ。



厳しい戦闘訓練と実戦経験を重ねた白神隊でもあの死神だけはどうにもならない。



ただ祈った。



虎白様助けてと。



機体はゆっくりとハンナ達の頭上に旋回してくる。



いよいよ気づかれた。




キーンッ!!!



ダダダダダッ!!




甲高いジェット音と共に天空の死神が燃え上がり爆発する。



白い機体。



数機の戦闘機隊が天空の死神を葬る。



これも全て虎白の作戦なのか。



それとも突然現れた西洋人の作戦だったのか。



ハンナにはわからなかった。



ただただ戦慄していた。




「撤退ー!!!」




背後から響く声。



冥府軍はほぼ壊滅。



生き残りも我先に逃げていく。



竹子率いる第1軍と白神隊も撤退していく。




「こ、怖かった・・・」

「大尉。 白神隊の撤収も完了です。 一般兵達もついて来ますよ!」




リトが報告に来る。



しかしハンナは何も応えない。



白くて綺麗なハンナの顔は青ざめている。



リトもどうしてハンナがそんな表情をしているか察しがついている。




「大尉。 でも勝ちました。 虎白様は触れない敵にも勝ちました。」

「そ、そうだね・・・」

「虎白様が私達を無駄に死なせる様な事はしませんよ。」




真剣な眼差しでリトはハンナを落ち着かせる。



ハンナは大きく呼吸して振り返る。



黒煙が立ち込める戦場。



今までも怖い思いを何度もした。



しかし今回が一番怖かった。



触れぬ敵にどう勝てと。




「か、帰ろう。 とにかく帰って落ち着きたい。」

「はい。 大尉。 帰ったらお酒飲みましょうよ。 少し気分も良くなりますから。」




ハンナはコクリとうなずいて白陸軍の野営地に戻っていく。



戦いは勝った。



しかしこれは始まりにすぎなかった。



巨大な爆撃機を撃墜はしたが冥府軍の総大将ウィッチは何も諦めていなかった。



後に伝説とされるアーム戦役の開戦だった。



天上史に残るこの大戦争の中にいるハンナ。



この戦いが歴史に残るかなんてハンナにはどうでもよかった。



死にたくない。



死なせたくない。



ただそれだけだった。



兵舎に帰ってハンナは制服を脱ぎ捨てる。



下着で椅子に腰掛ける。



大きなため息をついて天井を見つめる。



寝間着姿でリトがハンナの部屋に入ってくる。




「うわっ! 大尉そんな格好で何してるんですか! これ着て下さいよ!」

「う、うん・・・ねえ。 お風呂でも入りに行かない?」

「そうですね・・・濡れた布で身体は拭きましたが確かに入りたいですね・・・」




リトはじっとハンナの胸元を見つめる。



それに気づいたハンナは不思議そうに首をかしげる。




「大尉って。 胸大きいですね。」

「え、止めてよっ。 いきなり何よ。」

「い、いえ。 私は胸大きくないので。 羨ましいです。」

「もうやめてって。 お風呂行こう。」

「お風呂に行けば大尉のその下着の下まで見られるわけですね! はい! ご一緒します!」




恥ずかしそうに赤面して胸に手を当てるハンナ。



リトは少し微笑んで2人は風呂に向かった。



ゆっくりとお湯に浸かり互いの身体を褒め合った。



この先に待ち受ける死闘に備えて。



美人将校の2人はとにかくゆっくりとお湯に浸った。

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