第30章 その時が来る

「宮衛党だ。」




メルキータは嬉しさのあまり尻尾の動きが止まらない。



血反吐を吐くような白王隊との訓練の日々。



何度も蹴散らされては立ち上がった。



時には厳しい言葉もかけられた。



才能がない。



もう止めておけ。



妹のロキータは逸材だ。



悔しくて何度も泣いた。



それでも立ち上がり諦めなかった。



メルキータの前で整列する3000の宮衛党。



虎白が口角を上げてメルキータを見る。





「さあ行って来い。 これはお前の兵だ。 よく鍛えられている。」

「本当にありがとう・・・」

「感謝するな。 部隊が出来上がっただけだ。 これからはお前の責任だ。 お前の判断一つでこいつらは精鋭にも雑兵にもなる。 生死もお前次第だ。」

「うん。 頑張るよ!!」




メルキータは虎白への感謝の思いで一杯だった。



散々生意気な事を言った。



それでも見守り力になってくれた。



恩を返さなくてはと。



強く誓った。



メルキータは宮衛党の前に行く。



妹のニキータが尻尾をフリフリとさせてニコリと笑う。




「おかえりなさいお姉ちゃん!!」

「待たせたね! 立派な部隊だな!!」

「そうですよーだ。 ニキちゃんが鍛えたんだよーだ!」

「みんなで鍛えあったんだろ。 素晴らしいな!!」




ニキータが少しいたずら顔でメルキータを見る。



そしてニキータは回れ右をして兵士達を見る。



大きく息を吸って声を出す。





「宮衛党!!! 我らが総帥に敬礼!!」




ザッ!!!



一糸乱れぬ動きでメルキータに敬礼する。



驚きのあまり声が出ない。





「ニキータありがとうな。 私はこの宮衛党を立派に率いてみせる。」

「うんニキちゃんも頑張るよー!!」




メルキータは優奈の後宮へと兵を連れて戻っていった。



記念すべきメルキータと宮衛党の原点。
























白神隊基地。



メルキータ率いる宮衛党の発足から数日。



大隊長になったハンナ大尉。



部屋の窓を開ける。



心地よく入ってくる風。



クリーム色の髪の毛が美しくなびく。



大きく息を吸って吐く。



目を閉じて風を感じている。




「私は強くなれているのかな。 平蔵さん太吉さん。 見ていますか?」




誰もいない大隊長室でつぶやく。



白くて美しい毛皮のソファに腰かける。



蘇る日々。



入隊してからの戦闘の日々。



出会った者達。



気高く勇敢で恐ろしい不死隊の姿。





「出会いと別れ。 私は後悔したくない。 精一杯生きるよ。」




ルルルルルル!!!




電話が鳴りハンナは立ち上がり受話器を耳に当てる。




「はい。 ハンナ大尉。」

「竹子ですけれど。」

「あ! はい!!」

「いい。 落ち着いて聞いて。 たった今連絡が来たのだけれど。 南側領土前衛軍が総崩れになっているみたいなの。 出陣の支度を急いで!」




プープー・・・




あまりに唐突な事でハンナは意味がわからなかった。



受話器を持ったまま唖然としている。




「えっと・・・南側領土って私達も南側領土よね。 その前衛軍が総崩れ・・・え? えええええ!?!?!?」




大慌てで制服を来て大隊長室を出る。




バタンッ!!





「これ!! ハンナ!!」

「又三郎少佐!!」

「何を慌てておる!! 竹子様から話は聞いたのか!?」

「はいたった今!!」

「なれば冷静になって兵を召集せよ!!」

「はいっ!!」




突然の敵の襲来。



接近の報告すらなかった。



大混乱となっている天上界南側領において白陸の動きは迅速だった。



それは当主の虎白が的確に全部署に指示を出していた。



まるで敵の襲来を予知していたかの様に。



速やかに兵の召集が完了した白陸軍は5年ぶりの実戦へと身を投じる覚悟を決める。








「本当に行くんだね。」




寂しげな表情でうつむく。




「うん。 健太。 必ず帰るから。」

「あのよ! こんな時に言うのもあれなんだけどよ。」




リトと健太は恋人になっていた。



そして健太は片膝をついて真剣な眼差しでリトを見る。



そして小さな箱を開けるとそこには薄紫色に輝く指輪がある。



口に手を当てて驚くリトの頬は少し赤くなる。





「俺は兵士じゃねえ。 でもお前の役に立ちたいんだよ。 邪魔はしたくねえんだ。 戦場に行くってんなら止める事はできねえ。 だから信じて待つよ。」





リトの手をそっと握る。



驚きのあまり言葉が出ないリトを真剣な眼差しで見つめる。





「この戦争が終わったら結婚してほしい。 こんな俺と夫婦になってくれ。 幸せにする。 リトの方が強いのにこんな事言ってカッコ悪いが俺はお前を守る。」





そして健太はじっとリトの返事を待つ。



リトは少し目を細めて健太を見る。



何やら悲しそうな表情をしている。



軍服姿のリトは健太との最後の時間を過ごす。



何日後に帰れるのか。



リトは白神の仲間と死戦をくぐり抜け、血反吐を吐く様な訓練をしてきた。



胸を張って戦場に行きたかった。



竹子や仲間のためなら死ぬ事だって怖くない。



仮に死んでも隣には仲間がいる。



しかし今になってリトの身体は部屋のドアへと動かない。



動けない。



死ぬのが怖い。



行きたくないと。



白くて可愛らしい手は震える。





「何で今なの?」




思わずリトは口にした。



嬉しかった。



こんな真剣な眼差しで想いを伝えてくれた相手に出会ったのは何年ぶりか。



しかしリトに想いを伝えた者は皆帰らなかった。



戦場に行ったリトが生還して天上界に残る健太が事故などで命を落とすのではないか。



気が気じゃなくなった。





「リトは強い女性だから。 戦場で危ない思いをしても勇敢に無茶してしまいそうな気がした。 だからこれを持っていってほしい。 俺の事をどんな時も忘れないでほしい。」




しかしリトは健太の手を離した。



そして目に涙を浮かべてドアに手を伸ばす。




「今から危ない所に行くのに無茶しないでって。 戦場も知らないくせに。 あんたこそ! 事故で死ぬかもしれないよ・・・」

「そうだ俺は何も知らない。 戦争なんかな。 でも俺はお前を知っている。 もし戦場に俺がいたらお前は命に変えても守ろうとする。 お前にとって俺の様な存在が部隊にはたくさんいるんだろ。」




健太の言葉は完全に図星だった。



竹子やハンナ。



小隊の部下。



一緒に生き抜いた同期達。



全てがリトにとって欠かせない存在だった。



リトはドアを開けて出て行く。



しかしその一瞬の隙に健太はリトのバックに指輪を入れた。





「気をつけて行ってこいよ。 絶対死ぬな。 また・・・また会おうな・・・結婚しような・・・」




健太の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。



愛するリトが危険な場所へ行くのを止められない。



何故ならその危険な場所こそリトの居場所でリトの全てだから。



やりきれない想いが健太を苦しめる。



リトは白神隊の基地へ向かっている。



その顔もまたぐしゃぐしゃだった。




「ありがとう・・・本当にありがとう。 指輪入れた事なんて第六感でわかるよ。 でも嬉しかった。 必ず。 必ず帰るから。 仕事気をつけてね。」




死のジンクス。



リトに永遠に取り憑くこのジンクス。




「おーいリト!! いよいよ出征だな! 噂じゃ南軍前衛はもうボロボロなんだってよ!」

「どうしたよリトそんな顔して! 気合い入れろよ! みんなでまた生き残ろうぜ! 竹子様だけに無茶させないようにな!」

「うんみんな。 頼りにしてるよ。」




同期がリトを見つけて走ってきては背中をポンッと押す。



昔から共に戦ってきた仲間達。



やはりそうだ。



この声この感触。



リトは腹の底から勇気が出てきた。



必ず生き残ってやると。



そして健太と結婚してこの仲間達に祝ってもらうと。



リト達の目の前に見えてくる



白神隊の基地。



旗が風になびく。



既に大勢の兵士が集まって来ている。



基地の周りには第1軍の白陸兵が大勢。



リトはいよいよ戦場へと向かう。



白陸軍の集結地で全軍が合流して虎白が率いて行く。



南側領土の前衛まで。



何が起きているのかリト達兵士にはわからなかった。



聞いているのは南軍前衛は既に総崩れという事だけ。



メテオ海戦の時とは違う。



敵の接近に虎白が迅速に対処した。



張り詰めた空気が漂う。




「大尉。 どうなるんでしょうね。」

「さあ。 あなただから言うけれどね。 どうやら竹子様達も状況わかってないみたいなの。」

「そ、そんな。 まさか虎白様までもですか?」

「虎白様と竹子様の間柄だからね。 竹子様がわからないなら虎白様もわかってないと思う。」




ハンナが険しい表情でリトに耳打ちする。



リトは青ざめてハンナ同様に険しい表情をする。



敵の情報操作の力。



援軍の到着前に南軍前衛を片付けた。



そしてその攻撃の早さ。



メテオ海戦を経験したハンナやリトは異様な敵に恐怖すら感じる。













そしてしばらく行軍すると前衛地点に着く。



燃え上がり黒煙に包まれる街並み。



怒号と悲鳴が響く。



僅かに生き残っている前衛の兵士が応戦している。



指揮官や国主は中衛にまで後退。



国民の避難が遅れている。



まるでメテオ海戦時の西側領土の様な崩れ具合。



歴戦の南軍に限ってそんな事はないはず。



ハンナとリトは目の前に広がる光景にただ唖然としていた。




「どうして。 虎白様と共にメテオ海戦で戦った南軍がどうしてこんな崩れ方をするの?」

「あの戦いではアルテミシアと不死隊の攻撃力の前に西軍は崩れました。 つまり敵は南軍を超える力という事ですよね。」




2人の顔は青ざめる。



想像がつかなかった。



乱戦に特化した侍や三国志の兵士達。



南側領土は常に最初に接敵するので天上界でも屈指の精鋭ばかりだった。



そして虎白にすら情報を与えず速やかに前衛を崩した。



ハンナとリトは顔を見合わせる。




「もしや今回の敵は・・・」

「虎白様すらも上回るのかもしれない。」




2人は慌てて口を塞ぐ。



こんな事が白陸軍の中で広まったら士気に関わる。



周囲の白陸軍は負傷者の手当てや難民の誘導に尽力していた。



この状況においても私兵のハンナ達は竹子の側から離れない。



竹子は虎白の隣で何かを話している。



ハンナ達白神隊の隣には虎白の私兵の白王隊がいる。



彼らの表情には動揺の欠片もなかった。



冷静な表情で虎白の指示を待つ。



ハンナ達は白王隊を見て冷静になる。





「大丈夫。 きっと虎白様と竹子様が何か考えている。」

「ですね。 メテオ海戦の時みたいに敵を押し返してくださいますよね!」

「うん!」




そうこうしている間に周囲にはマケドニア軍や秦国軍などが集まって来た。



そして国主と側近達による軍議が行われる。



ハンナ達は軍議のテントの周りを固めて守る。












しばらくすると竹子が戻ってくる。




「どうなりましたか? 反撃ですか?」

「えっとね。 それが。 最低限の迎撃で基本的には待機だって。」




ハンナは驚き言葉が出ない。



てっきり総攻撃だと思っていた。



そしてテントから虎白が出てくる。



すると竹子に何やらアイコンタクトをするとその場を立ち去った。




「さあ。 難民の避難と負傷者の手当てをしましょう。」

「虎白様はどこへ行かれたのですか!?」

「大切なものを取りに行ったの。 虎白が戻るまで頑張ろうね。」




この状況で虎白が姿を消す。



ハンナもリトもわけがわからなかった。



白陸軍に知られたら更に動揺して大混乱になる。



竹子は指を立てて口に当てる。



何も言うなと。



しかし白陸軍の総大将がいなくなった事は事実。



代わりに竹子が指揮を執る。



その補佐を莉久や紅葉がする。



虎白の大事な側近の姉妹だ。





「おい。 先鋒はマケドニアと南軍がやる。 我々は戦力を温存するぞ。 どうせ最終的には我らが戦うんだ。」




竹子に言い寄る紅い瞳の狐。



白い髪の毛先も紅くとても美しかった。



虎白の側近。



紅葉。





「いいか竹子。 白陸は後方支援だ。 わずかな戦力を連れてお前と私達で南軍を指揮しているアレクサンドロスの支援だ。 後方支援の指揮は夜叉子にやらせろ。」




竹子は黙ってうなずく。



紅葉は虎白がいなくなったのにも関わらず冷静だった。



竹子の内心は動揺と不安で一杯だった。



それを承知して紅葉は竹子にだけ聞こえる程度の声で助言をしては竹子が出す指示に従った様に見せる。



この器。



この冷静さ。



狐の紅葉より白陸建国から虎白と共にいる竹子の発言力があるのを承知の上での行動。



そして竹子の面目を潰さない配慮。



竹子は紅葉に一礼する。




「では各自の大将軍の指示に従って動いてください。 みんな! 今言った指示の通りにね!」




大将軍達はうなずいて竹子に指示された通りに動きだす。

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