第18章 超えていく

獣王隊と白神隊。



その壮絶な模擬演習は白陸中に知れ渡った。



まさかの引き分け。



獣王が勝つと竹子自身までも思っていた。



そしてその後の宴会。




「痛ったああ・・・」

「おいよく頑張ったなハンナ!!」

「痛いってっ!!!」

「はっはっは!!」





気絶からは目を覚ました。



しかし全身は打撲でむち打ち。



ハンナに関しては頭を斧で叩かれている。



頭痛までも来ている。



それでもハンナを囲む白神の面々は上機嫌だった。




「まさかハンナが第六感とはなー。 グリートを超えたか?」

「止めてー。 そんな事いいのー。 それより頭痛ったあ・・・」




竹子の城の大きな広間で宴をする。



それでも6000人もの数は入る事はできずに城の中庭で大騒ぎする兵士達。



士官だけは広間で宴。



ハンナは中尉なので広間で仲間と酒を飲んでいる。




(ハンナあいつ第六感だってよ。)

(おどおどしてるだけじゃなかったな。)

(くっそお。 いつか俺だってハンナを超えてやる。)





顔をしかめてハンナは酒を飲む手を止める。




「どうした? そんなに頭痛いならこの間出来た国立病院で診てもらえよ。 すっげえ可愛くて腕のいい医者がいるんだってよ。」

「そうなんだ・・・ちょっと・・・トイレ行ってくる・・・」

「おーい。 大丈夫か?」




青白い顔のハンナはフラフラとトイレに向かう。




(あいつ顔色悪くなかったか?)

(女の子の日が来たんじゃねえか?)

(どうだろうなあ)

(可愛いのになんで兵士になったんだ?)

(それはハンナに聞くなよ。 俺から話してやるからハンナには知らないフリしろよ?)





トイレにたどり着いたハンナは鏡で自分を見る。




「え・・・太吉さん?」




鏡に太吉が見える。



その横には平蔵やラルクも。




(あいつ遅くね?)

(おい誰か女性兵士トイレ見て来いよ。)

(いいです。 私達が行ってきますので皆さんは遠慮なく楽しんでくださいね。)




青白い太吉の姿が鏡に写っている。




「何か言いたいのですか?」

「・・・・・・」

「どうして黙っているんですか?」




(にしても平蔵さんや太吉さんに可愛がられていたハンナがなー)

(きっとお二方が見たら驚くな。)





「違う・・・私のせいじゃないです・・・」

「・・・・・・」

「ごめんなさい・・・」

「・・・・・・」

「だから違うんですって!!! 止めてっ!!! いやあああ!!!!!」




取り乱したハンナは鏡を殴ろうとする。



ガシッ!



その手を止める。



力強く握った手を優しく掴む手。




「大丈夫ですよ。 ハンナ中尉ですね。」

「竹子様・・・」

「ふっ。 第六感覚えたてはね。 色々聞こえて辛いんでしょ?」

「夜叉子様・・・」




竹子がハンナの手を掴んで優しく声をかける。



トイレの壁に寄りかかって煙管を咥える夜叉子。



本来人間には使いこなす事が難しい超越した力。



白陸に入るまで普通の女性だったハンナ。



兵士になって容赦なく続く戦いと戦友を失う過酷な日々。



それでも死にたくない。



彼氏の仇を討ちたい。



それだけを原動力に生きている。



目の前に現れる獣王隊という強敵。



共に戦ってくれた平蔵や太吉はもういない。



自分でやるしかない。



その防衛本能から第六感が覚醒した。



しかし覚醒したその能力はハンナの常識を超えて暴走している。



何処にいても聞こえてくる自分の噂話。



見えないはずの者。



ハンナはとにかくわけが分からずに取り乱している。




「大丈夫です。 最初は皆そうです。」

「ふー。 神通力によるね。 私も他の連中も大丈夫だったよ。」




夜叉子が冷たく言い放つ。




「中尉さん。 あんたにはまだこの力は早いのかな。 神通力が追いついてないよ。 吐血するかもね。」

「夜叉子。 ハンナを怖がらせないで。 この子は白神なの。」

「ふっ。 相変わらず兵に優しいね。 うちの連中なんて勝手に適応していったよ。」




心配そうにハンナの背中をさする。




「直に落ち着いてきますよ。 声も聞き分けられますよ。 今だけです辛いのは。」

「竹子様・・・私・・・うう・・・平蔵さんや太吉さんにまた会いたいです・・・」




泣き崩れるハンナ。



竹子は下唇をぐっと噛み締めてハンナの背中をさする。




「ふー。 ちょっと外の空気でも吸いに行こうか。」

「そうだね。 天守に上がろうか。」

「で、でも・・・そこは少佐以上の階級しか上がれないはずです・・・」

「任務中はね。 でも今は宴会中だからね。 ふふ。」

「ふっ。 行くよ。」



そして3人は天守に向かう。




竹子の城の天守。



夜の白陸が一望できる。



街には灯がついていてとても美しい。



白陸の大将軍2人の前に緊張して何も話せないハンナ。



竹子は天守の手すりに手を置いて絶景を堪能する。



夜叉子は煙管を吸いながら見ている。



特に会話する事もなく。



ハンナは気まずそうに口を開く。




「あ、あのお・・・ここに何をしに来たのですか?」

「ふっ。 だから外の空気吸いに来たんだよ。」




夜叉子が少し口角を上げてハンナを見る。



鋭い目つきに言葉も出ない。



しかし初めて間近で見る夜叉子にハンナは少し赤面する。




(肌白くて顔小さいなあ。 普段怖いけど良く見るとすっごい美人。 いや良く見なくても美人。)




「こんな事自分で言いたくないけどさ。 あんた今私の事考えてるね。」

「えっ!?」

「これが第六感だよ。」




天上界にある不思議な力。



白陸の大将軍は基本的に使える。



驚くハンナ。



夜叉子は変わらず鋭い目つきでハンナを見ている。




「まあ。 最初は色んな声も聞こえるよ。 慣れてくれば聞き分ける事もできる。 神族ほどの神通力を持てれば考えている事もわかるよ。」




不思議そうな表情でハンナは夜叉子を見る。




「なんだい? 何か言いたい事があるなら言いな。」

「夜叉子様って意外に口数多いんですね!」

「は?」




竹子が「ふふ」っと笑う。



夜叉子はハンナを睨んでいる。




「あんたさ。 私はあんたが第六感使いこなせなくて困っているから助言してやったんだよ。」

「はいわかってますよ! とっても嬉しいです! でもなんかそれが意外というか。 他人なんて興味ない様に見えてました。 すいません。」




ため息をついて夜叉子も竹子の隣に行って夜景を見る。



煙管を一口吸って大きく吐く。




「ふー。 他人にはね。 でも味方は違うでしょ。」




ハンナは驚きと嬉しさで良くわからなくなっている。



口に手を当てて動かない。




「っていうかさ。 あんたらに私はどう見えてるの? 仲間を殺した事なんて一度もないよ。 傷つくよ。」




また竹子が「ふふ」っと笑う。




「ハンナ中尉。 夜叉子は私よりもずーっと優しいですよ。」

「やっと口を開いたと思えば竹子。 あんたも余計な事言わなくていいんだよ。」




ハンナは2人の姿を見て思う。



そして抑えられない感情を必死に押し殺していた。



心の底から思ってしまう。



追いつきたいと。



だがたまらず口を開いた。




「私も! 2人の様になれますかね?」

「は? それってどんな様に? 私と竹子似てないよ。」

「2人の様に強い女性になりたいです。」




夜叉子は夜空を見てつぶやく。




「強くね。 私はなれるものならか弱くありたかったよ。 強くなるしかなかっただけだよ。」

「中尉。 強くなるというのは簡単な事ではありませんよ。 私は強くないけれど。 人よりずっと辛い事を乗り越えなくてはなりません。」




ハンナには2人の言ってる意味がわからなかった。



今日まで2人がどんな経験をしてきたのか。



何も知らなかった。



ハンナには2人がただカッコよく見えていた。



万を超える大軍を指揮して。



自分の目の前に敵が現れても恐れるどころか華麗に倒している。



同じ女性なのに。



それがハンナには輝いて見えた。




「あの虎白様の側近で。 中央軍や左翼軍を動かす大将軍! 誰だって憧れますよ。 兵士ですもの!」




ハンナの言葉に2人は返答しなかった。




「さあ! 中尉も具合が良くなってきましたね! 仲間の元に戻りましょう。 第六感の使い方は次第に慣れますよ。」




竹子と夜叉子に敬礼してハンナは仲間の元に戻る。



天守には2人の将軍。




「憧れね。」

「うん。 慕っていただいて光栄だけれど。」

「重いね。」

「重い。 潰れてしまいそう。」




兵士の誰もが憧れる大将軍。



しかし当人達はその重圧に悲鳴を上げるほど苦しんでいた。



強い第六感。



死にゆく部下の叫び声が聞こえる。



奮戦しても変わらない。



ハンナは強くてカッコいいと言ったが竹子と夜叉子にはわかっていた。



1人の強さなんて何の意味もないと。



竹子はメテオ海戦の全ての戦いで合計500名もの冥府兵を討ち取った。



しかし倒れた中央軍はそれ以上に多かった。




「憧れてくださる方も強くなっていただかないと。」

「どうやら私達だけ飛び抜けすぎたね。 これも運命であり才能だよ。 謙遜しても始まらないよ。」

「訓練を繰り返して兵士を強くしないとね。」




2人の表情は暗かった。




「大丈夫なのか?」

「うん。 大丈夫。」




ハンナは落ち着いた表情で戻ってくる。



顔色も良くなっている。




「でもちょっと飲みすぎちゃった。 先に寝ようかな。」

「獣王と飲める機会なんてそんなにないぞ。」

「うーん。 まあねえ。 でもちょっと考えたい事もあるの。 ごめんね。 おやすみ。」




ハンナは仲間と別れて先に兵舎に戻る。




「中隊長に敬礼・・・ひっく。」

「あーハンナちゅうらいちょおー」




城を出て中庭に行くと下士官の兵達が破茶滅茶になって酔っ払っている。




「あーんちゅうらいちょおー美人ー」

「リト軍曹・・・」




リトは抱きついて顔をスリスリハンナの胸になすりつけている。



ハンナは少し困った顔で兵舎の方を見つめる。



普段なら将校のハンナが来たら整列して敬礼をしているが酔っ払っている兵達はハンナに絡んでくる。



抱きついてくるリト。



ハンナの胸元やお尻を見てニヤける者。



特別な日の夜。



今後の白陸軍の栄光を願っての宴会。



ハンナは笑顔でその場を後にする。



暗い兵舎への道。



兵舎に入っても暗い。



仲間はまだみんな城や中庭で騒いでいる。




「はあ・・・疲れた。 平蔵さん・・・私は竹子様達に近づいたって事ですかね・・・もっと早く使えたら・・・」




覚醒した力。



しかし同時にどうしてもっと早く使えなかったのかと悔しさがこみ上げる。




「役に立てるかな。 いつか竹子様の様に早く動けるのかな・・・」




ハンナは兵舎の外に出る。



誰もいない兵舎の裏。




「第六感。」



ブンッ!!



「今の出来たのかな・・・」




ハンナは剣を振る。




「第六感!!」




ブンッ!!ブンッ!!




ハンナは目をつぶり気持ちを落ち着かせる。



すると背後に殺気を感じて剣を構える。




「それが第六感。 力任せに振り回すんじゃない。」

「あなたは獣王の。」

「タイロンだ。」




鋭い目つきに歯茎をむき出しにしてハンナを見る。



兵舎の屋根の上から見下ろすタイロンの背後には美しい月と月明かりが獰猛な虎を照らしていた。



その殺気の強さに声が出ない。




「確かに第六感は防衛本能から引き出される力。 しかしそれを自在に操るには気持ちを操れ。」

「んー。 第六感・・・」




一瞬だが目を閉じたハンナには周囲の景色が鮮明に見えかけた。



「惜しいな。 周囲の気配に集中しろ。 自分の先入観だけで物事を識別するな。 感覚を信じろ。」

「ふー。 第六感・・・・・・」



ハンナは目を開けている。



自分の視界以上に鮮明に見える景色。



物の裏にある物まで見える。



タイロンの気配が痛いほどわかる。



城の方角を見ると天守の方から物凄い気配を2つ感じる。




「凄い!!」




気分が高揚したハンナ。



すると景色は段々といつもの見慣れた景色に戻っていく。




「あれっ!?」

「波長が乱れたな。 神通力には波長という波がある。 それを自在に操らなくては第六感は使いこなせない。」




五感の上の感覚。



第六感。



精神の完璧なまでの支配。



怒りも悲しみも。



喜びも何もかもを支配する。



喜怒哀楽を出すなら第六感は使えない。



使うなら喜怒哀楽を支配する。



これをタイロン含め竹子や夜叉子は当然の様に行っている。




「難しい・・・」

「覚醒したんだ。 いずれ操れる。」

「頑張ります。 タイロン少佐ありが・・・」




ハンナはお礼を言うために振り向くとタイロンはもういない。




「ええ!? もうあんな遠くに!!」




タイロンは夜叉子に何かを伝えるために兵舎の屋根の上を駆け抜けてあっという間に天守にたどり着きそうになっている。




「竹子様もあんなに早く動くなあ・・・あんな事できるかな・・・」




わからない事だらけ。



それでもハンナは確実に成長していく。



仲間のためか。



自分のためか。



帰らぬ英雄達のためか。



ハンナは超越した力を操るために仲間の笑い声を背に必死に精神を集中させる。





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