第19章 第六感

白神隊の練兵所。




「第六感!!」




バババーンッ!!




ハンナの部下が衝撃信管弾を撃つ。




シュッシュッ!



素早い身のこなしで何発かは避ける。




「あっ!! ダメだ! うわあっ!! 痛っああ」

「中隊長大丈夫ですか?」

「リト軍曹。 大丈夫よ。 このまま続けて。」

「本当にいいんですか?」




しびれた体を痛そうに擦る。




「うん続けて。 私は平気だから。」

「わかりました。 分隊構えろ。」




剣を構えてハンナは集中する。




(分隊長まだやるんですか?)

(そうみたい。)

(俺達の訓練にならないですよ。)

(まあねえ・・・聞こえちゃうから静かに。 銃構えて。 次は何か私から言ってみるよ。)



ハンナは顔をしかめる。



第六感のおかげでリト達が嫌がっているのも聞こえてくる。



これを自在に操らなくては。



メテオ海戦から3ヶ月。



兵士達は初めて見た不死隊の練度の高さに驚いたと同時に兵士ならばあの様にならなくてはと実感した。



この先現れる危険な敵に対抗するためにも必要な事だった。



メテオ海戦を経験して恐怖で退役する兵士もいたが、「白陸の鞍馬虎白強し」の声は天上界中に響き志願兵が続出していた。



実戦を知る兵士と知らない兵士。



誰であっても死んでほしくない。



ハンナは自分の下に200人もの部下がいる。



自分が不甲斐ない指揮官だとその部下の命が危険。



第六感で聞こえてくる部下の陰口も気にする事なく己の能力を支配するために第六感を出し続けた。




「もう一度お願い。」

「分隊! 撃てー!!」




バババーンッ!!




「うわああっ! ゲホッゲホッ」

「中隊長! 吐血してます! 衛生兵!」




ハンナは口から血を流してその場に座り込む。



神通力が限界に達しているのに無理に能力を発動すると見られる兆候だ。




「はあ・・・はあ・・・もう一度お願い。」

「中隊長一度休んでください。 もう無理ですよ。 神通力が減りすぎてるんですよ。」

「戦場ではそんな事言っていられないよ。 神通力が減ったからあなた達を守れなかったなんて言いたくないもの!」




リトは驚きハンナの顔を見る。



血を拭いて立ち上がる。




「中隊長の命を守る事が私達下士官の役目ですよ。 今は危険です。 休んでください。」

「いいから。 もう一度お願い。」




リトの顔は険しくなり分隊に再度構えさせる。




「分隊長またやるんですか・・・」

「うーん。 私も止めたけど聞かなくて。 こうなったら気絶してもらうしかない。 全員中隊長の頭か心臓を狙って。」




分隊の銃口はハンナの頭部と心臓に向く。




「ごめんなさい中隊長。 撃てー!!!」




バババーンッ!




「第六感。」




シュッシュッ!



カンカンッ!




素早く身をこなして剣で弾丸を弾く。



ハンナの身体には1発も被弾しなかった。



しかしハンナはそのまま吐血して気を失う。





「衛生兵! 急いで手当て!」




ハンナは衛生兵に運ばれていく。



リトはそれをじっと見ている。




「やーっと終わりましたね分隊長。 あんな事より早く実戦に出てーなー。 手柄上げたらチヤホヤされちゃいますね! 虎白様の側近とかになれるかなー!」




メテオ海戦後の志願兵が笑いながらリトに話しかける。



リトは何も言わずに立ち尽くしている。




「あれ? 分隊長?」

「君もいつかわかるよ。 手柄なんてどうでもいい。 君や中隊長。 隣にいる仲間が生きていてくれるならそれでいいの。」




兵士にはピンと来なかった。



戦場に出るからにはバタバタ敵を倒して活躍したい。



出世して虎白の側近になりたい。



志願兵の多くがそんな理由で入隊してきている。



リトには不快な兵士の発言だったが決して怒る事はなかった。



かつての自分も同じだったからだ。



戦友を大勢無くして。



本気で自分を殺しにくる冥府兵をその目で見るまではこの兵士と同じだった。



いつか思い知るよ。



リトは心の中でそう兵士に言った。



ただ生きていてくれるならそれでいいと。




「じゃあ私の分隊も訓練に戻ろうか。 たくさん銃は撃ったから接近戦の訓練しよう。」




リトと分隊は銃を背中に戻して腰に差す剣を抜いて接近戦の訓練をする。



近頃のリトにも異変が起きはじめていた。




「んー。 不死隊と戦ったからかなあ。 彼の動きが本当に鈍く見える。 まあ精鋭と新兵を比べちゃダメよね。」




リトにもあの力が発現しそうなのか。



兵士の動きが遅く、次に何をしてくるか容易に読む事ができていた。





「ん・・・あれ?」

「くう・・・目が覚めましたか。 よかった・・・」




ハンナが目を開くと白い天井が見えて隣から囁くようなか弱い声が聞こえてくる。



隣を見るとそれは美しいがエルフなのかウサギなのかわからない美女が涙目で座っている。



白い服に身を包んだその美女は医者の様だ。




「あなたは?」

「初めましてですね・・・私は軍医のシーナと申します・・・」

「ウサギの半獣族ですか? それにしては耳がエルフの様に横に長いけど・・・」




シーナは耳をヒクヒク動かして少し恥ずかしそうにしている。




「私はハーフなんです・・・エルフとウサギの・・・」




驚いたハンナはシーナの顔をじっと見る。



まん丸の黒目の奥は薄く赤くなっている。



エルフ特有のモデル体型。



お尻の上にはウサギ特有のフワフワまん丸の尻尾。



これもまたモフモフの耳はエルフの様に横に長い。



思わずハンナは赤面する。




「か、かわいい・・・」

「そ、そんな・・・恥ずかしいですよ・・・第六感の使用が限界に達して神通力がなくなってしまいましたね・・・神通力回復の点滴を打ってありますから・・・」




命に別状はない。



ハンナよりシーナが安堵してニコニコしている。



まるで自分の事の様に安堵してくれるシーナ。



医者の鑑だ。




「第六感・・・使うの大変ですか?」

「ずっと色んな声や気配はするし、上手く使えなくて銃弾にも当たってしまう・・・」

「感覚を研ぎ澄まして集中したいものに神経を寄せるんですよ・・・」




うなずいて聞いていたハンナはシーナを二度見して目を見開く。




「第六感使えるんですかっ!?」

「はい・・・私も戦場に出てます・・・でも戦いはしませんよ・・・怖い・・・」

「兵士の手当てをするために戦場に? そっちの方が怖くありませんか?」




ハンナはシーナの行動が理解できない。



戦闘の技術もないのに。



戦場で負傷者を助けている。




「私の第六感と回復魔法。 神通力をかなり使ってしまうんですよ。 でもそれで誰かが助かるなら喜んで・・・第六感で負傷者の声を聞いているんです。」





第六感を研ぎ澄まして苦しむ負傷者の声を聞いて助けに行く。



例え銃弾の中でも関係なく向かっていく。



シーナの回復魔法は非常に優秀で触れるだけでどんな傷も治せる。



かつて虎白の側近のお初もシーナに命を救われた。



その時も自分の事の様に安堵して泣いていた。



誰かを救いたい。



シーナは可愛い見た目とは裏腹に物凄い信念を持っていた。




「武器も持たずに戦場に行って怖くないんですか?」

「怖いですよ・・・でも・・・第六感で聞こえる人の声が聞こえなくなる方が怖いです・・・私なら救えるのに・・・」




少し涙目になったシーナ。



それでも救えなかった兵士が大勢いる。



時より思い出しては申し訳なさで涙している。



ハンナはシーナとの出会いがあまりに衝撃的だった。





こんな方は初めて。


誰かのために命懸けで。


平蔵さんや太吉さんとはまた違う。


仲間のため、主のために命懸けで敵を倒していた。


このシーナさんはただ負傷者している方のため命懸けで手当てをしている。


今まで会った事なかった。


生半可な覚悟じゃできないわ。


怖いに決まっているもの。


なんだか私が第六感を使いこなせない理由もわかるかも。


私にはシーナさんの様な覚悟も。


竹子様や夜叉子様の様な気高さもない。


だから第六感が使いこなせないのかな。


凄いなあ。


でも絶対に諦めない。


見ていてください。


恩師の方々。





ハンナはベットからすっと立ち上がる。



点滴を外してシーナに一礼する。




「また何か感じたら来てくださいね。 心が疲れた時も遠慮なくどうぞ。」

「ありがとうございます! 私頑張ってみますね!」

「くう・・・命だけは大切にしてくださいね! お大事にどうぞ・・・」




天使のハニカミ。



その笑顔には可愛さだけではなく。



優しさも気高さも感じた。



ハンナにとって素晴らしい出会いだった。




「お! いたいた! シーナ軍医! あの時はありがとうございましたっ! 今日は怪我してないけど先生に会いたくて!」

「軍医に会いたくて俺・・・心の病気かも! 診てくださいよ!」




メテオ海戦で負傷者した兵士が怪我もしていないのにシーナに会いにくる。



まるで母親に甘える子供の様に無邪気な笑顔でシーナと話す。




「ふふふ。 元気になってよかったあ・・・会いに来てくれて嬉しい・・・傷は痛まない? 訓練は辛くない?」

『か、可愛いいいいい!!!!』




兵士達がシーナにメロメロになっている。



シーナは赤面して微笑む。



病院を出る直前にその光景を見たハンナはまたも驚かされた。




「すっごっ! 私より兵士に信頼されてる・・・頑張らないと!」




ハンナは自分の胸をポンっと叩いて白神隊の基地へ戻っていった。



メテオ海戦終結から4ヶ月。



冥府軍は完全に沈黙して天上界は戦勝ムード。



無名の白陸だったが虎白が敵総大将を討ち取った事から「メテオ海戦の英雄」と呼ばれる様になった。



ただ無我夢中で生き残る事に必死だった白陸軍将兵達も英雄に相応しい軍隊へと成長する必要があった。



そして噂は一人歩きして「白陸軍は不死隊を圧巻で倒した」などと噂され始めた。



天上界のメディア。



天上通信からも連日兵士への取材が殺到した。



白陸軍の中央軍を担い、敵を食い止め続けた第一軍と白神隊はその一番の標的となっていた。




「おっ! 白神隊の将校がいるぞ!」

「すいません! お話しを聞かせてください! メテオ海戦での功績について何かありませんか?」

「白神隊は冥府軍を手もなく退けたと聞きましたが本当ですか?」

「アルテミシアはどんな感じでしたか?」




病院から戻ったハンナに駆け寄る記者達。



困り果てて何も口にできない。



白神隊の基地の門から叫ぶ声。




「中隊長! おかえりなさい! 早くこっちへ来てください!」




リトが叫ぶと門が少しだけ開いてハンナは急いで門の中へ入る。



記者が入ってくる前に速やかに門を閉めた。




「また記者が来てるのね。」

「そうなんです。 連日うるさくて。 しばらく静かだったのに・・・」




それは白陸の国主の鞍馬虎白のカリスマ性が原因だった。



南側領土の有力者のアレクサンドロスや趙政と親しく奇抜な行動を突然する。



何をしてくるか読めない。



記者からすればこんなに面白い相手はいなかった。



しかし白陸軍の全兵士には守秘義務が課せられていた。



メテオ海戦について記者に話をしない事だ。



話を大袈裟に膨らませて記事にするためだ。




「不死隊を3人で倒した。」




もし兵士がそう答えると次の日の新聞にはこう書かれる。




「白陸の精鋭。 冥府軍の精鋭不死隊3人以上を瞬殺。 その強さの秘訣は?」




メディアなんて信用できない。



自分達に都合良く、更に話が面白くなる様に書かれる。



戦場で兵士が何を見たのか。



どんな気持ちで帰還して来たのか。



そんな事はお構いなしだった。



しかしただ1人だけ。



虎白から信頼を受ける記者がいた。



その者は白王隊に護衛されて白神隊の基地へと入ってくる。




「失礼します。 俺は天上通信のジョーペッパーと申します。 今回の壮絶な戦闘をありのまま話してください。 話せる範囲で大丈夫ですから。」




白人男性のジョーペッパー。



悲壮な表情でハンナの顔を見る。



ハンナが大切な仲間を失った事を察している。




「大変でしたね。 話せる範囲でゆっくり話してください。」

「よく覚えていません。 不死隊はとにかく強かったです。 はい。」

「中尉はこれからどうしたいと思いますか?」

「わかりません。 兵士ではいようと思います。」




ジョーは終始目に涙を浮かべていた。



メモすら取る事なくハンナの顔をじっと見ている。




「傷は消えない。 でもこれからも仲間は増え続ける。 そして帰ってこれなかった仲間は中尉の中で生きていますよ。」

「随分と知った事言うんですね。」




少し不快そうな顔をしてボソッとジョーに返す。



それでもジョーは優しく微笑んで口を開く。




「俺も戦場にいてね。 ベトナム戦争って言うんだけどね。 この世の終わりの様な場所だった。」

「そうですか。 友人が死んだ時。 どうしたらいいんですか・・・」

「戦場に行けば誰もが直面する厳しい問題ですね・・・」




ジョーは答えに困った。



自分もかつて苦しんだ経験がある。



戦場カメラマンとしてベトナム戦争に従軍して自分を守ってくれる米兵が次々と倒れていく。



容赦なく迫るベトナム兵。



ジョー自身も戦後睡眠障害に苦しむなど過去のトラウマが消えなかった。





「忘れる事はできない・・・俺は今でも鮮明に覚えている。 あの時の事を・・・」

「ですよね。 倒れた仲間の顔も不死隊の仮面の奥に見える瞳も忘れられません・・・」

「怖かったね。 でもね俺も怖かったんだがある日ふと思った。」




ジョーは最早取材に来ている事を忘れてハンナとの会話に夢中になる。



懐から取り出す何枚もの写真。



ベトナム戦争当時の写真をハンナに見せる。



そこには嘘偽りがない真実が残されている写真。




「俺はとにかく怖くて夜になっても襲ってくるベトナム兵をとにかく憎んだ。 でも気づいたんだ。 怖かったのは彼らも同じだってね。」

「不死隊も怖かったと思いますか?」

「俺は不死隊をこの目で見ていないから確定的な事は言えないがきっとそうだと思う。 上の命令で遠く離れた天上界に攻め込んで。 そして次々と仲間が倒れていく。」




ハンナは黙り込み何かを考えている。




「きっと不死隊には天上軍は容赦ない攻撃をしてくると思ったはずだ。」




ジョーの言っている言葉をハンナは完全には理解できなかった。




自分の大切な上官が戦死して。



愛する彼氏が冥府で死んだ。



ハンナからすれば冥府という存在そのものが悍ましい。



心の中でハンナはジョーに言った。




(それは人間同士の戦いだからね。 今回の敵は人間じゃなかったもん。)





その後ジョーとの会話は終わりジョーは他の兵士の話も聞いて回った。



心の傷は癒えない。



何が真実かもわからない。



正解は何なのか。



ハンナの疑心が更に増したのは虎白が冥府軍総大将のアルテミシアの実の妹のレミテリシアを配下に加えた事だった。






消えてほしい冥府の悪魔共。


冥府軍の総大将の妹を配下にするなんて。


死んだ平蔵さんや太吉さんは帰って来ないのに。


どうしてそんな簡単に切り替えられるの。


所詮兵士なんかどうでもいいのかな。


もうわからないよ。


平蔵さん。


太吉さん。


私はどうしていたらいいの。


この先どうなっていけばいいの。


今はとにかく誰か。




「助けて・・・」

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