第17章 私兵の意地

「場所はどうする? 山岳じゃこっちが有利すぎるね。 この際平地にする?」

「ふふ。 そうだね! 一番力が試されるね。 頑張ってほしいなぁ。」



竹子と夜叉子が話し合う。



煙管を咥えて遠くを見る。




「じゃあアスティノ平原にでも行く?」

「白陸領から出ちゃうけれどいいの? 下手したら周辺国からの介入まであり得るよ?」



かつて南軍と共に戦ったアスティノ平原。



そこは南側領土を出て天上門に行くまでにある広大な土地。



度々大規模な模擬演習が行われる場所。



しかし冥府軍の侵攻があった場合真っ先に接敵してしまう。



とても危険な場所。



心配そうにする竹子と違い何食わぬ顔をしている夜叉子。




「メテオ海戦で大打撃を敵に与えたし当分は攻めてこないよ。 それは兵士に言わずにいよう。 それに南軍の斥候が大勢見てるだろうから緊張感あっていいよ。」




実戦さながらの緊張感。




夜叉子の訓練とはいつだってそうだった。



一歩間違えば死んでしまう。



しかし戦場とはそういうもの。



学生の体育祭の様に思い出作りで行うのではない。



白陸を守る精鋭と精鋭のぶつかり合い。



それにはアスティノ平原は打って付けだった。




「じゃあ決まりね。 私と夜叉子は手を出さない約束ね?」

「ふっ。 あんたと違って私は前線に出ないからね元々。 連中は私の武力に頼る気はないよ。」

「あー。 本当に頑張ってほしいなあ。」




そして両隊は白神隊の基地を出てアスティノ平原へ向かう。



その道中に何ヵ国もの南軍の領土を通過する。



事情を説明して通してもらうには手続きなどもあり非常に面倒。



しかしそれだけの価値がある。



この模擬演習には。



両隊合わせて6000の兵士が南軍の領土を通過する。



その度に南軍諸国の兵士が両隊を囲む様に並走して領土の通過を警戒しながら護衛する。



しかし両隊の雰囲気に南軍は圧倒される。



万が一白陸からの奇襲かもしれない今回の領土通過。



南軍は両隊が下手な真似をしない様に武装して護衛しているが南軍の兵士は心の中で密かに思う。




もし暴れ出したら確実にこちらが全滅すると。



それほどまでに両隊の威圧感は凄まじかった。



何ヵ国通過しただろうか。



両隊は遂にアスティノ平原に到着する。




「ふっ。 なんだかまだそんなに経ってないのに懐かしさすら感じるね。」

「うん! 春花の爆撃凄かったなあ。 虎白と魔呂の突撃も!」




夜叉子と竹子はまるでピクニック。




しかし兵士達の緊張感は相当のものだった。




ハンナは動揺が隠せない。




「大勢の仲間がここで死んじゃった・・・」




蘇るアスティノ平原の戦い。



迫りくる不死隊の殺気。



倒れる仲間の悲鳴がやがて聞こえなくなってはまた違う悲鳴が聞こえてくる。



隣にいる仲間の肉が不死隊に引き裂かれ骨に達する鈍い音。



ハンナの手は震えていた。




「怖い・・・」

「お前。 兵士だろ。 それに中隊長だ! 200人もお前の下にいるのに怖いなんて口にするな! 怖くてもビシッとしてろ。」




グリートはハンナを睨みつけている。



彼の意見はもっともだ。



ハンナの気持ちは理解できる。



しかし兵士であり将校だ。



国を守る立場の兵士としての責任。



そしてその兵士を束ねる将校としての責任。



生優しいものではない。



グリートにはその自覚がある。



ハンナにはまだなかった。




「お前がそんなんじゃ中隊は誰を信じて戦うんだ? 大隊長の指示をお前が小隊長に伝えて動くんだ。 もっと自覚を持て。 命を預かっているという。」




正論だ。



しかしその覚悟とはかつて太吉も苦しんだ様に簡単な事ではない。



ハンナはわかっていながらも苛立ちを隠せない。




「うるさいな。 わかってるってば! 偉そうに言わないで。」

「できないなら中隊長なんてやるな。 竹子様を守れない。」




ハッと何かに気づいたかの様に目を見開く。




「そうだね。 ごめん。」




グリートはハンナの背中をポンッと叩いて自分の中隊へ向かう。



黙り込み何かを考えているハンナの指示を部下はじっと待っている。




そうだよね。


竹子様を守る私兵なんだよね私達は。


何が怖いよ。


普通の白陸兵より精鋭なのに。


一般兵だった時と何も変わってないじゃない。


グリートムカつくけど言う通りだね。


責任を果たせないなら一般兵に戻ればいい。


でも竹子様はこんな私に期待してくれて私兵にしてくれた。


しっかりしないと。


彼氏の仇を討つために兵士になったのに。


私の大切な彼氏はもっと怖い思いしてたよね。


平蔵さん、太吉さん。


見ていてください。


私は強くなってみせます。


2人が守りたかった竹子様。


私が守ってみせます。


白神隊万歳。




広大な平原で向かい合う両隊。



お互いの手の内もよくわかっている。



戦闘に参加はしないが指揮は竹子と夜叉子が執る。



夜叉子は煙管を咥えて椅子に座る。




「まずは一斉射撃が来るね。 うちが防ぐのもわかってるだろうから何発も撃ってくるよ。 こんなんで倒れるんじゃないよ?」




白陸軍の中央軍の大将。



いつだって先陣。



竹子は必ず敵より先に攻撃をしかける。



もはやこれは有名な事だった。



獣王隊は盾を構えてじっと待つ。





「では皆さん。 頑張ってくださいね! 撃てー!!」




バババーンッ!!




白神隊が一斉に火を噴く。



カンカンカンッ!



獣王隊も難なく防ぐ。




「さあ。 もう一度。 撃てー!!」




バババーンッ!



カンカンカンッ!



普段ならここで敵軍が突撃してくる。



そして乱戦になり白神隊の見せ場という所だ。



しかし獣王隊は沈黙を保った。



不気味なほどに沈黙している。



白神隊の兵士にも動揺が走る。




「中隊長! 突っ込んで来ませんね。 どうします?」

「次弾装填でそのまま待機。」




前列にいるハンナは妙な汗をかいて獣王を見ている。




何この雰囲気。


不死隊ともまた違う。


当然冥府軍の一般兵なんかより凄まじい。


獲物を狙っている。


こちらが進むのを待っているのかな。


このまま双方が動かなかったらどうなるの。


夜叉子様の第4軍の精鋭。


怖いなあ。


何してるくるかわかんないよ。





「盾兵を先頭に前進してください。」




竹子の指示が出る。



そして白神隊は盾を構えたまますり足で前進する。



アスティノ平原も太陽が高く昇り気温も上がり始めている。



兵士達は汗をかき始めている。



緊張と温度で普段より汗が出る。



ずりずりと進む白神隊は獣王隊の兵士の顔が見える距離まで進んだ。



太陽を眩しそうに顔をしかめている。



それを好機と思った竹子。




「では。 盾兵に隠れている射撃隊の皆さん。 一斉射撃です。 そのまま乱戦に移行します。 撃ったら槍隊の方は突撃してください。」




獣王隊は変わらず眩しそうにしている。




「撃てー!!」

「ふっ。 今だよ。」



ガシャンッ!




「うわあ! 眩しい!」




それは一瞬の出来事。



白神隊が射撃を始めようと盾兵の後ろから姿勢を高くした一瞬。



獣王隊は一斉に盾を裏返した。



盾の裏には鏡が取り付けてあった。



太陽の光は反射して白神隊の兵士は視界を失う。



射撃隊は撃てずに目をつぶる。




「ガルルル!!!」




視界を失った白神隊の中に飛び込む獣王隊の軽歩兵。



豹や虎、チーターと言った獰猛な半獣族。



その動きの速さ。



バタバタと蹴散らされる白神隊。




「うわあ。 さすが夜叉子。 やっぱり何か仕掛けがあると思ったよ。」




竹子は驚いた表情をしたがどこか余裕の表情でもあった。




「前列一斉に伏せてください!」




視界を失う白神隊前列は一斉に倒れ込む。




「見えなくて構いません。 撃てー!!!」




バババーンッ!!



「ガルルルッ」




獣王隊の軽歩兵が被弾して気絶する。



白神隊の反撃。



用意周到な夜叉子なら何かしてくると読んだ竹子は前列と2列目の間隔を少しだけ空けていた。



獣王に気づかれない程度の10メートルほどのわずかな間隔を。



それが功を奏して前列が崩れる前に獣王の軽歩兵を止めた。




「前列は盾を獣王に構えたままこちらまで下がってください。」




慌てて後退する前列。




「ふっ。 やるね竹子。 あんたら。 獲物が逃げるよ。 追いかけな。 ここからだよ。 楽しくなるのはね。 今度は向こうの土俵だよ。」




竹子の機転で大損害を免れた白神隊は立て直し防御態勢を取る。



獣王隊は軽歩兵を先頭に一気に距離を縮める。



いよいよ乱戦が始まる。



攻めの獣王が一気に蹴散らすか。



守りの白神が持ちこたえるか。




「中隊長! 乱戦になりますね!」

「各小隊は間隔を空けすぎずに戦ってね! 獣王の軽歩兵は強いから2人以上で戦って!」




ハンナは前列で猛攻を受けたが何とか2列目に合流して立て直す。



そして懸命に反撃を指揮する。



獣王の軽歩兵が俊敏に攻め込んでくる。



ハンナの目の前にも現れる。



やむ無くハンナは剣を構える。




「ガルルル!!!」




今にも噛み殺されそうな軽歩兵の鋭い目つき。



猛獣に睨まれている。



ハンナの前に立つ軽歩兵は黒豹の半獣族。



すっと前に出てきてハンナに斬りかかる。



片手に剣を持ちもう片方の手からは長い爪が生えていた。



引っかかれるか斬られるか。



距離が近くなりすぎたら鋭い歯で噛みつかれる。



戦うために生まれてきた様な半獣族。



ハンナは全身の血が冷たくなるのを感じる。



剣をギュッと握りしめてハンナは構える。



黒豹の半獣族は一瞬の隙も与えずにハンナに飛びかかる。




「ガルルル!!」



カンッ!



ハンナは剣で受け止めたが黒豹はすぐに片方の爪で引っ掻く。



シュッ!



「痛っ! うわあ!!!」



頬にかすって出血する。



しかし怯まず剣で斬り返す。



カンッ!



素早くハンナは斬り返した。



だがそれすらも止められてしまう。



半獣族特有の動体視力。



そして人間の数倍発達した筋力。



ハンナの動きは黒豹には遅く見えている。




「人間じゃ俺達の動きにはついていけない。 お頭の様に第七感でも覚えるんだな! ガルルルッ!」




黒豹は連打を浴びせる。



腕が折れそうになりながら懸命にハンナは防ぐ。




「はあ・・・はあ・・・」




攻撃を受け止めているだけで神通力が減る。



黒豹はすかさずハンナの胸を思いきり蹴った。



吹き飛び倒れ込む。



アスティノ平原に横たわり空が見える。



一瞬時が遅くなった様に。




「いい天気・・・ここで仲間は倒れていったのね。」




美しい青空。



そこに黒い影が入り込む。




「ガルルルッ!!」




黒豹はとどめを刺すために飛び込んで来た。





平蔵さんも太吉さんも。


同期のみんなも。


何人も倒れていった。


辛かったよ。


怖かったよ。


でも私は目を背けないよ。


みんなの死が無駄じゃなかったってね。


愛するカインも見ているといいな。


見えないなら私の声が。


私の名が何処にいても聞こえるぐらい。


強くなるから。


乗り越えるから。


どうかみんな。


見ていて。





「ガルルルッ!!」

「第六感・・・」




ほんの一瞬。



黒豹が飛び込んだ一瞬。



ハンナは身体を転がして即座に避けた。



そして。




「第六感硬化!! うわああああああああああ!!!」




立ち上がると同時に剣を黒豹に突き立てた。



バキッ!



黒豹の強靭な肋骨が折れる鈍い音。



そして気絶して動かなくなる。




「やったあ!!」

「そいつは入隊してまだ1ヶ月だぞ白神隊。」




ハンナを見て不敵な笑みを浮かべる獣王隊。




「第六感を覚えたか。 あいにくだが獣王には第六感を使える者が大勢いるぞ。 行くぞおらっ!」




次にハンナに向かってきたのは人間の獣王隊。



ハンナの攻撃をわかっている様に華麗に避けている。




「おらっ!」

「やっ!」




バコンッ!



頭に斧をぶつけられてハンナは気絶して動かなくなる。



模擬演習用の武器。



銃弾は衝撃信管弾という被弾すると身体中に電気が流れて気絶する。



命に別状はない様に設計されている。



そして近接武器も同様に刃にカバーをする様に感電する素材が取り付けられている。



ハンナは身体を小刻みに震えさせて倒れる。



さすがの獣王隊。



白神隊は懸命に食い止める。





「中隊長が倒れた。 グリート中隊長の元に動く?」

「いや。 私達がなだれ込んだらグリート隊も混乱してしまう。 ここで踏ん張るしかない!」




リトはその場にとどまり獣王の進撃を止める決意をした。




「まあ小隊が動くなら行くけどね。」

「いいか各分隊! 中隊長は倒れたがやる事は同じだ! このまま踏ん張れ!」




小隊長の声が響く。



リトの判断は正しかった。




「分隊長が言った通りだ!」

「みんな頑張って耐えるよ! いくら獣王が強くても防ぎ続けていれば神通力が減って向こうだって弱るから! みんな我慢だよ!」




大乱戦。



6000人もの兵士が本気でぶつかっている。



もはや実戦だった。



リトの言った通り終始猛攻をかけ続けている獣王隊に疲れが見え始めた。



しかしさすが白陸最強の呼び声高い獣王隊。



半数近い白神隊が既に気絶している。



それでも崩れずに竹子を必死に守っている。




「みなさん! 立派です! 私はとっても嬉しいですよ! 今日まで頑張って来たのは無駄じゃありませんよっ! もう少しで獣王隊の神通力も限界です! 耐え抜いて反撃に出ますよ!」




透き通る美しい声。



優しくも勇気づけられる竹子の声が白神隊に最後の力を引き出す。



竹子の言った通り獣王隊は神通力が限界。



徐々に攻撃の手が甘くなっていく。



そして耐え抜いた白神がいよいよ反撃に出る。



戦況は白神に傾く。



しかし相手は半獣族が大勢いる獣王隊。



追い込まれた動物が最後に何をするか。



もうダメだと悟った半獣族は最後の力を振り絞り暴れ出す。



狂戦士となって。




「ガオオオッ!!」




白神隊に傾きかけた戦況は獣王隊の最後の力でまたしても互角になる。



そして気がつくと双方数える程度しか立っていない。




「あー。 見つけた。 又三郎さん!」

「タイロン殿っ!」

「いよいよ決着の時だね。 驚いたよ白神隊の粘り強さには。」

「そちらも不死隊にも勝る猛攻。 あっぱれである。」

「じゃあ蹴りつけるよ。 これが終わったら両隊で宴会だよっ! ガオオオッ!」




両隊の隊長が遂に顔を合わせる。



2人とも第六感を使いこなしてもの凄い打ち合いをする。



勝っても負けても。



もうお互い動けないほどに惜しむ事なく最後の力を存分に振るう。



気がつくともはや立っているのはタイロンと又三郎だけだった。



そして。




「そりゃあああああああああ!!!!!!」

「ギャァオオオオオオオオ!!!!!!!」




又三郎の刀はタイロンの鎖骨に当たる。



タイロンの爪は又三郎の心臓に当たる。



そしてお互いほとんど同時にその場に倒れる。



アスティノ平原には6000人もの兵士が気絶して倒れている。



そしてお互い顔を合わせる。



倒れる大勢の兵士の中で立ち尽くす2人。




「ふっ。 引き分けだね。 驚いたよ。」

「いやいや。 不死隊より強かったよ絶対にね。」

「まさか双方こんなに倒れるなんてね。 今敵が来たらどうする?」

「ちょっと! 怖い事言わないでよー。 夜叉子が大丈夫って言ったんだからね?」




竹子が周囲をキョロキョロして敵がいないか見ている。



夜叉子は少し口角を上げてタイロンの手当てをする。




「連中も鍛え直さないとね。 全員起きるまで待ってたら明日になるから起こすよ。」

「素晴らしい模擬演習だったね! ありがとう夜叉子。」




そしてタイロンや又三郎が目を覚まして徐々に兵士達は目を覚ましていった。



過酷な模擬演習。



しかし大いに実りのある模擬演習だった。



ハンナの他にも第六感を習得した兵士が多数現れた。



そして白神、獣王の両隊は成長を遂げて白陸に帰還する。



この後は両隊で大宴会。



深まる私兵の絆。



お互いの強さを身を持って知る事で心の底から信頼できる。



この先出会う更なる強敵に備えて。

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