第13章 遠征軍

白陸の城門に並ぶ大勢の兵士。



リトとユーリクは竹子指揮下の太吉が率いる隊に加わっている。




「い、いよいよか。」

「うん。 トーンを殺した冥府軍を倒す!!」




思いを寄せていた友人の死。



リトは悲しみを力に変えて白陸軍の隊列に並ぶ。



全軍の前に現れて号令をかける者。



黒く長い髪が美しくなびく。



細身で美しい体型。



しかしその瞳は冷たく鋭かった。



彼女の名は夜叉子。




「いいかい。 今から西へ出陣するよ。 遅れるんじゃないよ。」

『おおおおおおおおおー!!!!!!!!』





リトとユーリクは顔を見合わせる。




「鞍馬様は?」

「さ、さあ。 何かわけがありそうだな。」




不安げな表情を浮かべる。




「本城を守る戦いからキリス戦線、アスティノ平原まであの御方の指揮で勝利した。」

「そうだねー。 もう天才!!って感じだったね。 正直うちら兵士には何が起きていたのかわかんなかったけど・・・敵の精鋭に私達が勝てた事は事実よね!!」




虎白がいたから勝てた。



それは間違っていないが虎白の作戦を理解して柔軟に動いた指揮官がいての勝利だった。



しかし主虎白の姿を見ないと兵士は落ち着かない。



夜叉子はその理由を口にせずに馬にまたがりゆっくりと西へ進んだ。



それに続く兵士達。




「そうだ。 あんたら。 南と西の境界線にはアスティノ平原の残党や西に侵攻してきている敵がこっちの偵察に来ているかもしれないよ。 散歩じゃないんだよ。 しっかり警戒しな。」




夜叉子は必要な事以外は口を開かない。



彼女には「愛想」というものがない。



笑う事もなくただ冷たい瞳で兵士に命令をくだす。




「ねー。 あの夜叉子様って怖くない?」

「あ、ああ。 恐ろしい瞳をしている・・・」




リトとユーリクは隊列の先にいる夜叉子の話をする。



すると夜叉子はチラリと振り向く。




「ひっ!!」

「き、聞こえていたのかな・・・この距離で!?」




第六感。



他人が自分に神経を集中させているとその気配を感じ取れる。



夜叉子は自分の話をされていると感じ取りリトとユーリクを睨む。



その威圧感にたまらず2人は下を向く。




「こ、こわー」




しかし何か言うわけでもなく夜叉子はまた前を向いて西へ進む。





「同じ鞍馬様の側近でも竹子様とは大違いね。」

「あ、ああ・・・色んな性格の側近も必要だろ。」

「で、でも・・・夜叉子様は私達を守ってくれないかもよ?」




リトが不安げな表情でユーリクを見る。




「ば、ばか!! 兵士なんだから自分の身は・・・」

「違うよ冥府軍なんてどうでもいい!! あんなやつら絶対に殺してやる・・・そうじゃなくて私達を囮とかに使いそうじゃない?」




夜叉子が天才的な戦術家なのは兵士でも知っている。



しかしその戦術はあまりに冷酷で必要なら自軍の兵士も危険に晒す。



今は指揮官の竹子も虎白と同様に不在だった。




「竹子様いないから絶対に私達見捨てられるよ・・・」




するとその時だった。




「て、敵襲ー!!!! 右から多数接近しています!!!」




黒い旗を掲げる一団。



数万の白陸軍より冥府軍は少なかった。




「我が王の仇だあああ!!!!!!!」




冥府軍が怒号と共に迫ってくる。



血眼になり刺し違える覚悟で白陸軍に向かってくる。




「夜叉子様!! ご指示を!!!」




接敵まではまだ時間がある。



夜叉子の決断は早かった。




「後退だよ。 距離取りな。 射撃隊は撃ちながら下がりな。」




後退。



それはリト達が想像もしていなかった命令だった。



突撃。



兵士達はてっきりそう思っていた。



兵力で勝る白陸軍。



しかし虎白不在の今。



総大将は夜叉子だ。



その夜叉子が後退と言ったら後退するしかない。



わけがわからないまま白陸軍は後退する。




「お初。 煙幕投げな。」

「うん。」




夜叉子の隣にいるお初。




彼女も白陸の将軍。




とても小柄で目以外の顔の全てが隠れている。



忍者だ。



お初は煙幕を部下と共に投げる。



当たり一面が真っ白な煙に覆われる。




「今のうちに一斉に下がりな。 あんたらは1人も死なせないよ。」




リトとユーリクは他の白陸軍と共に後退を続ける。



しかしその中で全軍とは別に動く部隊。



後退する白陸兵とは逆に敵の方へ進む。




「分隊長!! 準備できています。」

「うん。 師団が動き出したら一斉に俺達も行くぞ。」




レッサーパンダの半獣族。



名はリーク。




「こっちもリーク隊に続くぞ!!」




リーク隊に続くアライグマの半獣族。



名はコカ。




「他の白陸兵は下がれ!! 夜叉子軍団が戦う。」




白陸第4軍団。



将軍夜叉子の軍。



半獣族の兵士が多く見られる。



山岳戦が第4軍の最も得意とする戦闘だが。



第4軍は根本的に強かった。



半獣族の身体能力の高さ。



人間を遥かに上回る腕力、脚力。



そして五感も人間の数倍発達している。



それは全て高い神通力となっている。




「1人も逃がすなよ!! 狩りを楽しめ!!」

『ガルルル!!!!!』




コカ隊とリーク隊は第4軍の前列に布陣して敵を迎え撃つ。




「ぶつかるぞ!! 周囲の隊と連携して盾兵で食い止めるぞ!!」




半獣族や人間の盾兵が構える。




ガッシャーン!!




冥府軍がぶつかり物凄い音と共に乱戦になる。



夜叉子は涼しい顔で戦況を見る。




「あんたら。 せっかく鍛えてあげたんだから。 こんな雑魚にやられるんじゃないよ。」

『ガルルル!!!!』

『おおおおー!!!!』




血反吐を吐く訓練の日々。



何度も死ぬ寸前までいった。



それでも耐え抜いた面々。



夜叉子の死ぬよりも苦しい訓練に耐え抜いた白陸軍の精鋭。



人間も半獣族も。



種族を問わず。



平等に苦しんだ。



第4軍の中に種族間の壁はなく全員が家族であり兄弟。



夜叉子は煙管を吸いながら見ているだけ。



「私が出るほどの相手でもない。」そう言っている様だ。



少なくとも他の白陸軍にはそう見えていた。




「つ、強い・・・ダメだ逃げろー!!!」




乱戦になったが次々に第4軍に討ち取られていく冥府軍はたまらず背を向けて逃げ出した。





「コカ!!」

「うん!! 1人も逃がすな!! 軽歩兵!! 追撃!!」



盾兵が隙間を空ける。




シュッ!!



シュッ!!




物凄い速さで飛び出す。



第4軍の軽歩兵。



機動力が武器なのが軽歩兵。



夜叉子の第4軍の軽歩兵の機動力は全軍団の中でも一番だ。




「ガオオオ!!!」

「ガルルル!!」




盾兵の横から飛び出す豹やチーターの半獣族。



人間では到底逃げ切れない足の速さ。




「ふっ。 人間の兵士だけで数作って挑んできたあんたらが悪いね。 うちの兵士に勝ちたいなら第七感でも覚えてくるんだね。」




夜叉子は逃げる冥府兵を見て鼻で笑う。



逃げ惑う冥府兵の首に噛み付く。



四足歩行になって走る軽歩兵達は下界の姿のまま。



噛み付いて捕まえると二足歩行になり仲間の元へ連れてくる。



その後は見るも無残な殺され方をしてその辺に捨てられた。



兵は主に似るとはよく言ったものだ。



正道の戦いを行い、過激な性格の兵士が少ないリトやユーリクが所属する。



将軍竹子の第1軍。



それとは対照的に過激な性格で殺戮を楽しむかの様に敵を蹂躙しているコカやリークが所属する。



将軍夜叉子の第4軍。



一つの白陸軍。



しかしその軍団の色は軍団を指揮する将軍の色に染まっていく。



コカやリークが入隊した当初はおどおどした性格だった。



夜叉子に鍛えられた彼らは殺戮兵器となっていた。



その光景を間近で見ていたリトとユーリクは言葉も出なかった。



「はっ!?」っと気づいたかの様にユーリクが声を出す。



それに驚いたリトも落ち着きを取り戻す。




「あ、あれだね。 竹子様の軍団でよかったね・・・」

「そ、そうだな・・・第4軍の連中・・・どんな訓練してきたのかな・・・」




突如襲いかかってきた冥府軍の残党は第4軍のみに撃退された。



戦場には何千と言う冥府軍の亡骸。



第4軍は数名の負傷者のみだった。



いずれも軽傷。



夜叉子はすっと前に出てきて馬の半獣族にまたがる。



そして全軍を見る。




「じゃあ。 先へ進むよ。」





圧巻。



その言葉通り夜叉子と第4軍は冥府軍を撃退した。



何食わぬ顔で行軍を続ける夜叉子。



リトとユーリクは直ぐ目の前を歩く第4軍に聞こえない様に会話をする。




「味方だけどさあ・・・怖いよね。」

「あ、ああ。 敵兵を殺して笑っていた。」




白陸軍。



将軍ごとに部隊の色が出てくる。



夜叉子の兵士は主に似て冷酷になっていった。



リト達は主の竹子に似て必要な戦闘以外は好まない。



ヒソヒソと会話をしているリトとユーリクを見て近づいてくる第4軍の兵士。




「おい。 怪我はしていないか?」

「え? あ、はい大丈夫です。 どうも。」

「あー俺達の事が怖いんだね。」




近寄ってくるコカとリーク。



味方ではあるが第4軍に怯えている周囲の兵士達。




「怖がらなくていいよ。 敵は容赦なく殺すけど君達は同じ白陸軍じゃないか。 俺達も最初は怖かったよ夜叉子様。」





コカはニコリと微笑む。




「そうそう。 僕なんて最初は失敗ばかりでその度に夜叉子様がこっちを見ているから本当に怖かった。」




リークも頭をかきながら笑う。




「だな。 お前防衛戦で毒の樽に弓が当てられなくて焦っていたものな。」





コカとリークは顔を見合わせて笑う。




「おいこら分隊長!!」

『は、はい!!』

「お前ら短期間で分隊長になったからっていい気になるなよ!! 死んだら夜叉子様のためにならないんだからな!! 周囲を警戒しろ。」

『了解!!』





第4軍の小隊長に怒鳴られたコカとリークはリトとユーリクを見てニヤリと笑う。





「怒られちゃった。 悪いなまたな。 あ、名前は?」

「リトだよ。 よろしくね。」

「俺はユーリク。 2人とも階級は上等兵だ。」

「俺がコカ。 こいつはリーク。 階級は軍曹だけど敬語とか使わなくていいからな。」




そして4人は別れた。




「なんかスッキリとしたいい奴だったな。」

「うん。 実際私達を守るために戦ってくれたわけだしね。」




コカとリークはユーリク達と同じ補充兵だった。



同期だった4人。



しかし階級はコカ達の方が上。



今の白陸軍はほとんどが同期。



初期の白陸から生き残っている太吉達は将校になり竹子達を近くで支えている。



一度兵士の半数以上が戦死してしまった白陸軍はその穴埋めに補充兵を多数動員した。



彼らはこれからの白陸軍を担っていく若い芽。



当人達は生き残る事や偉大すぎる上官の背中を追いかける事で精一杯。



彼らの物語はこれからだ。







夜叉子と甲斐が率いる白陸軍は同じ南側領土の盟友マケドニアのアレクサンドロスが指定した合流地点に着く。



そこには何万ものマケドニア軍が布陣している。



アレクサンドロスが大軍の中から出てきて夜叉子達と何か話している。



しばらく話すとマケドニア軍、白陸軍共に動き出した。



ここから本格的に西側領土に入る。



まだ見ぬ強敵が待っている。



夜叉子達は言うまでもなく、兵士達もそれを実感していた。











白陸軍は西側領土に入る。



荒れ果てた土地。




「な、何か食べ物をください・・・」




国民が飢えている。




「ふー。 じゃあこの辺りに野営するよ。 難民には食べ物をくれてやりな。」




夜叉子を見て難民が殺到する。




「隊長様・・・何か食べ物を・・・」

「おいお前ら夜叉子様に近寄るな!!!」

「いいよ。 怖がられるよ。 せっかく来たのに怖がられると傷つくよ私は。」




馬から降りて難民に近寄る。




「もう大丈夫だよ。 あんたらの食事も用意したよ。 そんなに多くないからゆっくり食べるんだよ。」




夜叉子を見て手を合わせて涙する。




「て、敵は直ぐそこまで・・・」

「はっはっはー!!! んなもんあたいらが蹴散らしてやんよー!!! なあ夜叉子?」

「ちっ。 あんた声大きいんだよ。 難民が怖がるからあっち行ってな。」

「助けに来てやったのになんだよー!! はっはっはー!!!」




夜叉子がギロッと甲斐を睨むと甲斐は逃げる様に去っていく。




「ふー。 悪かったね。」

「神は見捨てていなかった・・・」

「神じゃないけどまあ。 神の軍隊ではあるね。」




そして夜叉子は兵士に声をかける。




「いいかい。 難民への配給が先だよ。 あんたらが先に食べたらどうなるかわかってんだろうね?」




第4軍の兵士は素早く動き西側領土の難民に食事を配る。



それを見た他の白陸軍も食事を配り始めた。




「師団長。」

「はい夜叉子様。」

「全軍に命令するよ。 難民を傷つけた奴は白陸を追放するってね。」

「承知しました。」




その命令は白陸全軍に速やかに伝わった。



しばらくすると白陸軍の衛生兵達がテントを設営して難民キャンプを作った。



弱きを助け強きを挫く。



この言葉は夜叉子を象徴する様な言葉だ。



敵兵には一切の情け容赦もない。



例え降伏した兵士でさえも生かす事はない。



何故ならそこで甘やかすと生かしたい者の命を奪う事を実体験を持って知っている。



冷酷とも言えるこの夜叉子の姿勢。



全ては仲間のため。



そんな夜叉子の姿をコカ達兵士はしっかりと見ている。



決して全てを理解できたわけではないがコカ達はそんな主の様になろうと日々彼女の背中を追い続けているのだった。

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