第12章 巡る想い

太吉の中で変わりだす覚悟。



死ぬ気はない。



誰かのために戦う事。



かつて友がそうだった様に。




「ちょっといいですか?」




竹子が太吉の部屋に来る。




「いかがなされた?」

「あ、いえ。 先日のアスティノ平原。 お疲れ様でした。」

「そうですな。 竹子様も。」




部屋の窓から入る天上界の風。



竹子の髪を優しくなでる。



髪の毛を耳にかけて手で押さえる。



きょとんとして太吉を見る。




「大切な仲間を失いましたか。」




竹子が太吉に問いかける。



眉間にシワを寄せて窓から外を見る。




「そうでしたか・・・」

「竹子殿。 どうして・・・そう前を向いていられる・・・」

「いえ私だって師団の兵士が倒れています。」




竹子も切ない表情をする。




「必死で戦いました。 それでも私の兵士は倒れました。 もっと私が強くなれたらなっていつでも思っています。 そうすれば兵士が死なないのになって・・・」




太吉は驚いた顔をして竹子を見る。




「竹子殿はいつでも虎白様だけのために戦っているのかと・・・」

「そんな・・・私そんな。 虎白の事は大好きですよ。 でも決して虎白だけ生きていれば誰が死んでもいいなんて思っていませんよ。」




切ない顔をしていた竹子は真剣な眼差しになり太吉をジッと見る。




「愛する人を想い、守りたい人を想うんですよ。 決して苦しいのは1人ではありません。 太吉殿も辛いでしょうし。 私も。 大勢の兵士を死なせてしまった虎白も辛いんですよ。」




太吉は竹子の言葉を黙って聞く。




「亡くなった仲間の顔が頭から離れませんよね。 では私と共に強くなりましょう! 仲間達に笑われてしまいます。 落ち込んでいても仲間は褒めてくれません。 もっと強く成長していつかまた褒めてもらいましょう!」




竹子の目には涙が溜まっている。



それでも頑張って竹子は太吉に微笑みかける。



天使の様に可愛い笑みで太吉に微笑む。



太吉はギュッと拳を握った。




「戦いまする。 これからも戦は続く。 仲間も倒れる。 わしはそれでも生きていく。 竹子殿。 感謝致す。 わしの中で何かが変わり申した。」




いつも弱気な太吉の表情が凛々しくなり竹子の目を見る。



安堵した様に竹子はお辞儀をして太吉の部屋を出る。



扉を閉めて竹子は持っていた書類を胸に抱く。




「はあ・・・ちょっと出直そうかな。 そうだ! 虎白が優子と甘いお菓子を食べているって言っていたから私も抹茶のお菓子もらいに行こう!」




竹子が持っていた書類には「戦没者名簿」と書かれていた。



戦死した兵士の名前を部隊ごとに記す。



苛烈な戦闘では誰が戦死したのかわからない。



兵士には帰る家があり、家族や恋人がいる。



大事な人が戦場から戻ってくるのを心待ちにしている。



そんな彼ら彼女らに残酷な知らせをする。



そのためには誰が戦死したのか正確に記さなくてはならなかった。



帰りを待つ「家族」は「遺族」になる。



悲しい現実。



竹子と優子の師団は名簿作成が終わり、太吉の師団に名簿を渡そうと部屋に訪れたがそんな空気ではなく竹子は出直す事にした。



1人だけになった部屋。



竹子が扉を閉めた後に太吉は座り込む。




「わしは兵士のため、主のため。 そして自分のために戦う。」




勇ましい表情になった太吉は窓から外を眺めて訓練をする兵士を見る。




「こやつらのために聡明な師団長にならねば。」




太吉は刀を持つ。




「与平。 平蔵。 ラルク。 多くの兵達よ。 見ておれ。 わしは変わった。 もう自分だけ生きていればいいだなんて思わぬ。 皆でこの果てなき死闘を生き抜いてみせるぞ。」




そして部屋を出ていった。



自分も兵士との訓練に参加するために。





コンコン。




「太吉さんー?」




竹子が部屋を覗く。




「あれー? さっきまでいたのに。」




机を見ると手紙が置いてあった。




「兵士と共に生き抜く鍛錬をしておる。 何か用があれば練兵所まで。」




置き手紙を見て竹子は微笑む。




「素晴らしい覚悟を見出したのですね。 じゃあこの名簿は置いておこうかな。」




竹子は机に置き手紙を返す。




「立派ですね。 名簿作成よろしくお願いします。 いつか努力が報われます様に。 竹子より。」




そして竹子は部屋を出ていく。




「ふう。 頑張ってくださいね。 さあ。 今日の夕飯は何がいいかなー? 虎白は何が食べたいかなー。 そうだ! すき焼きでもしようかな! 優子や甲斐や夜叉子も好きだしみんなで食べようかな! ふふ。」




太吉の鍛錬は始まったばかり。



赤備えの精鋭だった彼は武技を極めつつあった。



しかし己の弱さはその覚悟であったと気づいた。



多くの友の死を経験して。



それでも太吉は歩んでいく。



太吉の中で変わり始める「何か」。



誰かのために戦うという事。



今まで生きるのに必死で自分のためにしか戦わずにいた。



しかし与平やラルク。



大勢の戦友達の姿を見て心が動かされている。




「わしも誰かのために戦わないと・・・」




美しい青空を見上げる。




「師団長。 次の出陣が決まりました!! なんと・・・西へ赴くとか・・・」

「西だと!?」




太吉の部下が伝えに来る。



南側領土の防衛戦に勝利した虎白は未だに冥府の侵攻に苦しんでいる西側領土の救援に出陣する事を決定した。




「せっかく南の敵を退けたのに・・・」




つい本音を漏らしてしまう太吉。




「あっ!! いかんいかん・・・わしの覚悟はそんなものか・・・」



自分の顔をぺしぺしと叩く。



心の中で物凄い葛藤が行われている。



長い年月自分だけのために戦い続けていた太吉が誰かのために命をかける。



それはとても難しい事だった。



とてつもなく恐ろしい。



様々な疑問が襲いかかってくる。




どうして見ず知らずの人のために。


そこまでして誰が自分を褒めてくれる。


もし命を落としたら全て無駄になる。


いや。


与平や平蔵なら迷わず戦う。


ラルクだって。


何故だ。


どうしてそこまでできる。


怖くないのか。





「おい太吉。 じじいの元を離れてよかったのか?」




突然話しかけられてビクつく。



慌てて振り向いた太吉。



そこに立っていたのは虎白だった。



純白の肌。



目が合うだけで殺されそうなほどの鋭い目つき。



頭の上にある狐の耳。



白陸軍の総大将。



鞍馬虎白。



驚く太吉は周囲を見ると兵士達は一礼している。



虎白は少しニヤけている。




「こ、虎白様・・・」

「なんだよ。 悪魔を見る様な顔して。」




太吉は動揺を隠せない。



尻尾をフリフリさせて変わらずニヤける。




「い、いや・・・西へ出陣するのが待ち遠しくて。」




ニヤける虎白の顔は一変して噛み殺す様な目つきになる。




「そうやってじじいからも逃げてきたわけか。」




更に驚く太吉は虎白から目を背ける。




「狐相手に嘘をつくのか?」

「い、いや・・・」




殺伐とした雰囲気になる。




「お前は何がしたい? 良い自分を演じているのか?」

「そ、それは・・・」

「お前が率いているのは俺の兵士だ。 俺の大切な兵士だ。 お前含めて死んで良い兵士なんていない。」

「・・・・・・」




周りの空気を気にもせず。




虎白はずっと太吉を見つめている。




「別に死にたくないと願うのは恥ずかしい事じゃない。 俺だって死にたくない。 それに怖い。」

「本当ですか?」

「ああ。 どうして見ず知らずの西へ行かないといけないのかと不満か。」




図星だった太吉。




「俺だってお前の意見に賛成だ。 西の防衛軍は何をしているのかと思う。」

「わしらは南を守りましたよね?」

「ああ。 命がけで守った。 おかげで南に住む家族は救われた。 だが太吉。 お前の愛する者や大切な存在が西へ住んでいて自分は動けたらどうする?」




虎白の問い。



これは説得力のある言葉だった。



しかし太吉には一番引っかかる言葉だった。



今まさに自分が問いただしている。




「わかった・・・」




不意に太吉はつぶやいた。



虎白は首をかしげる。




「わかったか。 お前は人より自分が大事。 それも間違っていない。 ただな。 まだそんな存在に出会えていないだけだ。 だからお前は間違っていない。」

「はい・・・わしにはいませんでした。 与平も平蔵もラルクも勇敢でわしが命がけで守る必要なんてなかった。」




太吉の中で氷の様に固まっていた何かが壊れ始める。



太吉の永遠の疑問が解け始める。



虎白は不敵な笑みを浮かべて更に続ける。




「俺はお前が気の毒に思える。」




純白の尻尾が下に下り眉間にシワを寄せる。




「俺は見ての通り化け物だ。 でもこんな俺にだって守りたい何かはあるぞ。」

「・・・・・・」

「俺は優奈や多くの家族を守りたい。 あいつらが死ぬなんて考えるだけで気が狂いそうになる。」




チラリと後ろを振り向く。



男性兵士と女性兵士が楽しげに話している。




「愛。 とやらですか?」




太吉は虎白に問いかける。



また不敵な笑みを浮かべて首をかしげる。




「それも間違っていない。 友情でもいい。 お前は誰かに愛された事も必要とされた事もない。 そしてお前自身も誰かを愛した事がなく必要とした事はない。」

「しかし・・・」




それは違う。



太吉はきっとそう言いたかった。



しかし虎白の噛み殺す様な眼力に黙り込む。




「与平がいた。 そう言いたいのか? 彼の事を俺が知らないと思ったか? じじいからは聞いている。 それに俺も彼を覚えている。 じじいの身代わりに飛び込んできた兵士だ。」

「与平と真作がいた・・・」

「それはお前がどうしても一緒にいたかった相手なのか? 同じ村の出身で一緒にいるのが当たり前だからいたんだろ?」




返す言葉もなかった。




正解だった。




太吉は確かに与平や真作を大切に思っていた。




しかしそれは太吉の物差しでの「大切」であって虎白や竹子の「大切」とは重みが違った。




「現にお前は与平が死んで怖くなって真作を置いて天上界に来た。 女の尻だけ追いかけて過ごせると思ったか? 天上界には戦いはないとでも?」

「わしは・・・」

「こんなはずではなかったか?」

「・・・・・・」




次第に髪の毛が逆だっていった虎白は太吉を睨みつけている。




「もっと人に敬意を払え。 怖いのは自分だけだと思うな。 誰かの気持ちを考えてみろ。 この世界はお前1人で回っているんじゃない。 愛じゃなくたっていい。 友情だっていいんだ。」




虎白の言葉全てが図星だった。



臆病な態度を貫いていた太吉の本心。



自分だけは死にたくない。



人の痛みなんて自分の痛みに比べればなんて事はない。



この世界で誰がそう生きようが知らないが自分だけは勝ち組にいたい。



無駄死になんて絶対に嫌だ。



完全に虎白に見抜かれていた。




「虎白様の申す通りです・・・」

「お前はこの化け物にでさえある感情がない。 人間なのにな。 だからお前が気の毒だって言ったんだ。」

「返す言葉もございません・・・」

「いつか見つけられるといいな。 お前自身より大切な誰かを。」




そして虎白は去っていった。



突然現れて何を言い出したのかと思えば的確な事を言い放って去っていく。



南側領土の危機を救った狐の神には何でもお見通しなのか。



太吉は悔しそうな表情を浮かべつつもどこかスッキリした表情になっていた。




その晩。




コンコン。




太吉の部屋を訪れる。




「夜にごめんなさい。」

「ああ。 竹子殿。」

「うん。」




寝間着姿で現れる。



髪を下ろしている。



風呂上がりなのかいつも以上にいい香りが太吉の鼻に入る。



長風呂したのか少し頬を赤くしている竹子。



思わず太吉は赤面してしまった。




「うぬぬ・・・」

「ごめんなさいこんな淫らな姿で。 どうしても言いたい事があって。」




赤面したまま太吉はコクリとうなずく。




「近々私と数名の者が将軍に昇格します。」

「えっ!?」




昇格に驚いたのか。



それとも願っていた言葉と違った事に驚いたのか。



太吉は目を見開き竹子を見る。




「そ、そんなに驚かなくても。」

「あ!! こりゃいかん!!」




見ているだけで癒やされる素晴らしい笑顔で太吉を見る。




「ですから将軍になった暁には私兵を組織できるらしく。」

「ほ、ほう。」

「あなたに私の私兵の隊長になっていただきたく。」

「な!? このわしに!?」

「嫌ですか?」




下唇を噛んで悲しそうな表情を浮かべて上目遣いで太吉を見る。




「な・・・なんと見目麗しい・・・あーいかんいかん!!!」

「嫌ですか?」

「そ、それは・・・はあ・・・はあ・・・こ、このわしを選んだ理由をお聞かせ願う。」

「それは。 あなたに死んでほしくないからですよ。」




一瞬言っている意味がわからなかった。



これは誘惑か。



それとも何だ。



困惑する太吉。




「だって下界から共に生き延びて来た仲間ですもの!」




満点の笑顔。



竹子は純粋な性格。



人を誘惑する事なんてできない。



きっと風呂で考え込んで太吉の事が浮かんだから風呂上がりに直ぐに来たのだろう。






太吉は。





それだけで嬉しかった。





「は、初めて必要とされた。」

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