第21回 アラクネは今日も飛んでくる

「ハヤト~~っ!買い物に行こう!!」

「ぐわぶっ!?!?」


臨海都市セルゲイに滞在してから十日ほど経った。

相変わらずルリコは大型犬のように朝っぱらからギルド直轄のロングステイタイプの宿屋の俺の部屋に無断侵入してはベッドにダイブしてくる・・・最近はずっとこの起こされ方だ。最初こそミサキがルリコを剥がしに来るというパターンだったがここ数日はなぜか普通に挨拶する程度になっている。


「お前なぁ・・・懐かしい夢を見てたと思ったのが台無しだ!」

「あいたァ!?」


俺のチョップは効くだろう。


「でもお外はいい天気だよ~?今日はミサキもメズールと一緒に出かけるって言ってたしさ~オレもヒマなんだよぅ。」

「そうなのか、じゃあまずは朝メシだな・・・。」

「おお~!」


顔を洗い、宿の一階へ朝食をとりに降りていくと、通りの方からいつもの喧騒とはまた違う大声が聞こえてくる。


「また粗相を!お前は何度失敗すれば気が済むのだ!」

「ひぃ、申し訳ありません旦那様!!」


「なんだありゃ。」

「んー?たぶん奴隷を叱ってるんじゃないか?女の人が荷物を落としちゃったみたいだ。」


奴隷か、俺の世界には無かった文化だな。

(詳しくは前のお話にて)


「でもあの人も奴隷から脱するために頑張ってるんだろ、うちにもいるし。」

「そうなのか?!」

「言ってなかったっけ、オレこの街に拠点あるよって。」


たしかに宿に泊まってるのは俺とミサキにジオの三人で、ルリコは夜になるとどこかに帰り朝方になれば俺にダイブしてくるのだ。


「確か湖で会った時にそんなこと言ってたような・・・。」

「だろ?じゃあメシ食ったらうちに遊びに来なよ!」


そう言ってルリコはカサカサと駆け出し、通りを北上していった。

・・・うるさいのが居なくなったな、さあゆっくり食うか。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ルリコに家の場所を聞いてないぞ。」


はたと気づいたのは宿を出てからであった。

遊びに来いと言われただけ。本人は戻って来やしないのだ。


「仕方ない、住宅街まで散歩だな。」


臨海都市セルゲイは今日も良い風が吹く。

この時間は市場も盛り上がっており、賑やかな声が辺り一面から聞こえてくる。


「おっ、魔人のダンナじゃねぇかこれ持ってきな!」

「魔人の兄さん!いい鯵が上がってるよ!」

「今日は一人かい?試供品食ってってくれよ!」

「・・・はは、ありがたく頂戴する。」


・・・【魔人】なんて二つ名はいらないんだがな・・・。

俺はこの街でクエストを何件か達成しているが魔物を狩る依頼を目撃した人から噂が広まり、今じゃこうして【魔人のハヤト】なんて有難くもない二つ名持ちである。

まあこんな風に好意的に見られるには悪くないが。


「あ、いたいたハヤト!来るのおっそい!」とルリコの声。


通りの先にいたのはルリコと・・・誰だ?


「ルリコ、そちらは?」

「この子がうちの奴隷だよ。」

「は、初めま・・・して。」


とそれだけ言うとサッとルリコの影に隠れてしまうが隠れきれずにモゾモゾしている。


「この子はヒナカっていうんだ、普通の人族なんだけどうちでメイドさんしてるんだぞ。」

「お嬢様、こちらは?」

「俺は・・・ハヤトだ、冒険者をやってる。」

「ああ、最近よくお嬢様がお話になる方ですね!」


ルリコの家に案内される途中で少しずつ俺に慣れていったヒナカちゃんは聞けばわざわざ南の大陸から婿探しをする彼女のために両親が付き添わせてくれたのだという。


「それでお嬢様か。」

「~~ッ、ヒナカぁやっぱり外でお嬢様呼びはやめてよぅ。」

「ダメです、私は解放されるまでお嬢様のメイドですから。そんなつもりはチリもありませんけどね!」

「ちくしょーー!!」


そうして案内されたルリコの拠点で昼までゆっくり過ごした。途中ルリコは何回も俺にハグを求めてきたがその度にヒナカちゃんは「あらあらまあまあ、やはりこの方がお嬢様のお婿さんなのでしょうか///」とブツブツ言う程度で止めもされなかったのだが。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「奴隷か、家を守ってもらうにはいいがあんまり冒険者には要らない存在かもな。」なんて思いながらギルドへ戻る道を歩いていくとまた不意に声をかけられた。


「おお、貴方さまは確か街を救ってくださった【魔人】どのではありませんか。」

「ん?」


そこにいたのはナイスミドルとかロマンスグレーを体現したような老紳士だった。

この街にはそぐわないような良い身なりの爺さんはこう続けた。


「わたくしはセルゲイにて奴隷商を商っておりますロレンツと申します。この度は皆に代わってお礼をと思いお声掛けさせて頂きました。」

「俺はハヤト・獅子王だ。魔人なんて肩書きは分不相応だからやめてくれ。」

「ほぅ、英雄どのは謙虚でもあらせられる。ますます好感が持てますぞ。」

「で俺に何の用だ?」

「実はわたくしから是非ともお客様に見ていただきたい商品がありまして、宜しければ我が店でお話を聞いて頂ければ幸いです。」


【奴隷商ロレンツ】の店に案内されるとギルドの執事喫茶にも似た小綺麗な内装と趣味の良い調度品の並ぶ部屋に通される。ソファも上等な作りで柔らかな椅子というものはあまりこの世界で体験したことは無い。


「お待たせ致しました、こちらが是非にお客様へお勧めしたい奴隷となります。」

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