第9話 メイドたちの変化

 ワンワンギャンギャン泣きつつも、ペロリと完食をしたあたしは二人に褒められる。褒められるってのもあんまり経験がなくて照れてしまう。照れ隠しで笑っていると、散々泣いて体を氷で冷やしまくっていたせいか寒気を感じてきた。


「さむっ……お風呂に入りたい……」


 本能のままに口にした言葉だけど、ちょっと待って。あたしおとといも昨日もお風呂に入らないで寝てた! やば! 臭くね? そもそも女子としてヤバイでしょ? つかシンディが臭くなっちゃう!


「お風呂ですか……この時間はメイドが掃除をしていると思いますよ……」


 一人でパニクっていると、臭いかもしれないあたしに料理長は優しく語りかける。もうマジで良い人! もう何がなんでも風呂に入りたくなって立ち上がる。たくさん冷やしたおかげか痛みも少し引いている。


「ごちそうさま! ちょっと行ってくる!」


 二人が止めるのも聞かずあたしはお風呂場に直行した。


────


 現在あたしはお風呂場の入り口から少しだけ顔を覗かせて中を見ている。いわゆる覗き見というやつだ。なんでこんなことをしてるかっていうと、メイドさんが二人でお風呂掃除をしてるんだけど、無言で無駄な動きもないまでは分かるんだけど、服が濡れようが滑って転ぼうが声も出さずに黙々と掃除を続けているからなんだよね。料理長たちがメイドたちが人形のようになったって言ってたけど、どっちかっていうとロボットみたい。そういえばマーズニさんも最初こんなんじゃなかったっけ? ちょっと話しかけてみよう。


「あの……すいません」


 そろ〜っとお風呂場の中に入って二人の背後から話しかけたけど、無視。ガン無視。酷くね? こういうさ、あからさまな無視とかは良くないと思うワケ。だからイラッとしたあたしは一人の肩を掴んで無理やり振り向かせた。


「あのさ!」


 目を見て文句を言おうとすると、ブワッと周囲の空気や視界の質感が変わる。あれ? マーズニさんに会った時もこうだったよね?


「……お嬢……お嬢様! 私、私……大変申し訳ございません!」


 メイドさんは急に人間らしい顔つきになって、謝りながら泣き崩れてしまった。ビックリしたあたしはしゃがんで声をかけた。


「しー! 騒ぐとアイツらが来るかもしれないから!」


 あたしの声も充分大きかったけど、それを聞いてメイドさんは両手で口を塞ぐ。そしてそのまま一緒に掃除をしていた別のメイドさんを泣きながら見ている。そりゃ泣くよね、同僚だった人があたしたちに構わず黙々と仕事を続けてるんだもん。めっちゃ怖いって。だからこっちの人にも話しかけてみることにした。


「ねぇ……ねぇ!」


 普通に話しかけただけだとガン無視だけど、この人もまた目を合わせて話しかけるとハッとした表情になり腰を抜かしてしまった。


「わ! 大丈夫!?」


 痛いとこない? って言いながらお尻をさすってあげる。やだ、この人美尻。


「お嬢……様……」


 そう呟いて床に突っ伏して泣いちゃった。どうしよう、お風呂に入りたいだけだったのに。


「もしかして二人ともさ、記憶はあるのに人形だったみたいな感じ?」


 外には聞こえないくらいの声量で聞くと、二人とも泣きながらコクコクと頷いている。そして蚊の鳴くような声でひたすら謝っている。マーズニさんみたく魔法が解けたんだろうけど、日々の記憶があるからこそシンディに申し訳なくなっちゃってるんだろうなぁ……。


「あのね、怒ってないから泣かないで、謝らないで。むしろ謝りたいのはこっちなんだよね……」


 そう言うと「そんな! 責められて当然です!」とか言ってるんだけどさぁ、これ危ないよなぁ。


「あのね、何故かあの継母の魔法が解けちゃったみたいだけど、それバレたらヤバくない?」


 ようやく事の重大さに気付いたっぽい二人は泣きやんだけどガタガタと震え始めた。うーん、どうしよ。


「一日にさ、あの継母と顔を合わせる頻度ってどれくらい?」


 それを聞いた二人は顔を見合わせ、先に魔法が解けたメイドさんが答える。


「……ほとんど無いです。私たちはお風呂場とトイレ掃除だけを命じられていたので、朝から晩まで全部のお風呂場とトイレを順番に掃除していくので……」


 そういえばこのお風呂場以外にも来客用とかあったし、トイレも無駄にあちこちに増設されてたよな。しかも聞けば休憩も無いし、使っていようが使ってなかろうがずーっとルーティンのように一箇所ずつ掃除し続けていたみたい。他のメイドも屋敷全部の床掃除だけとか、窓を一枚ずつ拭いていくとか、洗濯だけとか、とにかくずーっと同じことを繰り返すようにさせられてたみたいなんだよね。しかしとんでもない魔法だな。


「あのね、あたしは今あの継母たちを追い出そうと思ってるの。でもすぐには無理だから、それまでなんとか魔法が解けたのがバレないように振る舞って」


 二人はウソでしょと言わんばかりに驚いた顔をしている。


「魔法の修行を始めたんだ。って言っても昨日からなんだけどね。……必ずあたしがあの母娘を追い出すから、この屋敷とお父さんを取り戻すから、そして絶対に他のメイドも元に戻すから。だからそれまで耐えてください。すぐに実行出来る力が無くてごめんなさい」


 そう言って土下座をすると全力で止められちゃった。それどころか「逆に何か力になれることはありますか?」と聞かれたので、ようやく言うことが出来た。


「お風呂に入りたいです」


 と。

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