第8話 自己流修行の結果

 翌朝、寝ていると部屋のドアをけたたましく叩かれる音で目が覚めた。


「シンディ、起きなさいよ!」


「あなた、昨日は仕事もしている様子もなかったし何をしているの!?」


 目覚めで聞きたくない声がギャンギャンと聞こえる。昨日は一切仕事をしていない。っていうか、シンディはこの屋敷の娘なんだし仕事をする必要なんかないんだけど。そう文句を言おうかと思って体を起こすと……ガターン! あたしは見事にベッドから落ちてしまった。なんてことだ、全身が筋肉痛で上手く体が動かせない。


「シンディ? あなた……」


 ドアの向こうからは怪訝そうな声が聞こえる。


「う……う……」


 うるせぇ、動けない、って言いたいのに、腹筋が激痛すぎて頭文字しか言えない。おかげで呻いているように聞こえる。


「……お姉様、もしかしたらあのバケツを投げた時に頭に衝撃を受けたせいで……」


「っ! シ、シンディ! 今日は休んでも良いわ!」


 義姉妹は勝手な勘違いをして慌てて逃げ帰った。いやさ、マジで当たりどころ悪かったら頭だし死ぬよ? そしたらどうするつもりだったの? お前らバカなの? 死ぬの? その前にこの屋敷から出て行けよ。それよりもさ、あたしこの体勢からどう起きたらいいの?


 幸いなことにベッドのすぐ脇に落ちたから、なんとか時間をかけてベッドに戻った。いや、シンディさ、ガチで運動不足すぎだよ。っていうか無理しすぎたあたしも悪いけど。こりゃ肉離れの一歩手前だなと痛みで判断する。冷やしたいけど氷ってあるかなぁ? とりあえず少しはマシになるように足を重点的にマッサージを始めた。


────


 あたしの中では「困ったら厨房へ」っていう図式が出来上がっていたから、いくらかマシになった足を引きずって厨房へと向かう。時間はもう昼になろうとしている。あの義姉妹に見られても朝の勘違いとおかしな歩き方のおかげで近付いては来ないはず。


「おは……おはようございます……」


 なんとか言葉を発しながら厨房に入ると、様子がおかしいことに気付いたみんなに心配される。


「運動の……し過ぎで……全身が痛くて」


 苦笑いでそう言ったけど、みんな良い人だからか本気で心配してくれる。あたしの中で溜まり場と認識している保管庫に入り、壁に寄りかかりながら少しずつしゃがむ。そんで座る。座れたことに安堵してふぅと溜め息を吐いているとオバちゃんが入って来た。


「お嬢様、こちらをどうぞ」


 そう言って手渡してくれたのは氷嚢とタオルだ。腕や足をそれで冷やしながらオバちゃんに聞いた。


「ありがとう。助かるよ。……氷ってどう調達してるの?」


 なんでもない疑問にもオバちゃんは笑顔で答えてくれる。しかも冷やすのを手伝いながら。めっちゃ優しくて泣けそうなんだけど。


「今朝ちょうど氷の魔石を仕入れたところです」


 オバちゃんの言う魔石について聞くと、一般的に産出されるのはただの魔石で、それに魔法使いが魔法を込めると一般人でもその魔法を使うことが出来るらしい。昨日の鍵の魔石も鍵の魔法を使える人が魔法を込めたものだったみたい。そういうのが街で売っているらしい。そしてレアな魔石は産出した時点で魔法が使える状態になっていて、純度も精度も値段も高いんだとか。


「これって高いの?」


「そうでございますね」


 値段が高いということはシンディのお父さんが稼がなければならないってことだよね。


「魔石ってどこで採れるの?」


「各地の魔石洞窟ですね……まさかお嬢様……行くなんて言いませんよね? 魔石洞窟にはモンスターも出ますし絶対に行ってはいけませんよ」


 魔石洞窟か。そんなの聞いたら行くしかないでしょ! モンスターを倒したら修行になるんじゃね?


「マーズニさんにも聞いてみるよ。おかげで会えたんだ。ありがとう」


 それを聞いたオバちゃんが喜んでいる。


「マーズニさんに事情を説明したら、師匠になって修行をしてくれるって言ってたの」


「本当ですか!? マーズニさんは魔法大会での最多優勝記録保持者なんですよ」


 オバちゃんは自分のことのように嬉しそうに語る。つか最多優勝!?


「そうなの!? でもね、そのマーズニさんが継母の魔法に負けたみたいなんだよね。だから修行をしようってなってさ。頑張ったらこの有様」


 苦笑いでそう言うとオバちゃんは青ざめる。どうやら本気で継母のことが怖いらしい。だからあたしが厨房に入って来る度に継母なんじゃないかと怯えてしまうんだって。あーもー! 早めに修行してアイツら追い出して、みんなに平和な時間を取り戻してあげたい!


「お嬢様、お待たせ致しました」


 メラメラと野心を燃やしていると料理長が入って来る。体が痛いだろうからとオバちゃんがそれを受け取った。メニューはチキンスープのようだ。食べやすく細かく切った鶏肉とたっぷり野菜が入っている。そして何の迷いもなくオバちゃんは「あーん」と言ってスープを掬ったスプーンを差し出す。


「え?」


 どうやら腕も痛いだろうから冷やすのに専念しろってことらしい。……つかさ、マジで泣きそう。あたしあんな親に育てられたからさ、具合が悪い時に「あーん」ってしてくれる親が憧れだったワケ。それが今叶っちゃったワケ。

 堪えきれずに涙を溢すとオバちゃんも料理長も優しく頭を撫でてくれる。これは姉御にも店長にもされたことがあるけど、これもものすごく嬉しいワケ。


 声を出してワンワン泣くあたしに深く理由を聞く訳でもなく、二人は食べさせてくれたり氷を追加してくれたり甲斐甲斐しく世話をしてくれた。あたし、絶対に頑張るから! だから今はちょっとだけ甘えさせて。

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