第6話 事情聴取②

 紅茶を飲みお菓子を食べていると、マーズニさんはすぐに戻って来た。


「失礼致します」

「失礼しまーす」


 マーズニさんと一緒に入って来たのはオレンジ色のツンツンヘアーで、切れ長の目はいかにもヤンチャそうな印象を与えるイケメンだった。

 そうだった。謎な方向に話が進んでいるけど、元は乙女ゲーだ。イケメンが出て来ないわけがない。


「はぁ……。私の孫です」


 ため息を隠さずに言い放ったマーズニさんは残念そうな顔をしてイケメンを見る。


「マックーリって言います。マックって呼んで」


 軽い感じで挨拶をしたマックは笑顔で手を差し出す。


「シンシアです。……シンディって呼んで」


 一応失礼にならないように笑顔を作り、あえて同じように挨拶をして握手をする。


「じーちゃんを元に戻してくれてありがとな! ……それにしても聞いてた感じと雰囲気が違うような……」


 マックがそこまで言うと「失礼だぞ!」とマーズニさんの怒号が飛んだ。だから場を和ませようと笑ってあたしは言った。


「あー、昨日の夜にバケツを投げつけられて。頭に当たったせいか記憶とか性格とか変になっちゃったみたい」


 そして「ほら」と前髪を上げておでこを見せる。笑い話にするつもりだったのに、マックは真剣な顔つきになって、あたしに一歩近付いて両手で頬を包まれた。男前だなぁ……あ、これは恋愛フラグか? だけどこの体はシンディのものだ。勝手に恋愛なんてする気はない。


「そんな辛いことがあったのに笑うな……。クソッ! 酷ぇことしやがる……!」


「でも、いつものことだし慣れてるし」


 そう言ってさり気なく両手を外させる。子どもの頃から酷い目に合ってるあたしはそんなのなんてことはないんだけど、受けた暴力行為を人に話す時に笑う癖がついていた。だって泣いたら可哀想な人になっちゃうじゃん? 『いつも』の部分はシンディで、『慣れてる』の部分はあたしの感想を言ったせいで二人は青ざめる。


「「いつも!?」」


 二人はとんでもなく動揺し、今度はあたしの話を聞かせてほしいと言い全員が席に着いた。


「……というわけで、十九歳の時から奴隷みたいに扱われ始めて、二十一歳の時から身体的暴力が始まって。今二十二歳だから一年くらい我慢してたけど昨日覚醒しちゃったみたいな」


 笑って言うが二人はもちろん笑ってくれない。むしろ怒りと悲しみが混ざりあった表情をしている。


「あの母娘三人が散財するせいでお父さんはどこか遠くに仕事に行って帰って来ないし、帰って来ても家に入れてくれないから話すことも出来なくて。だから追い出そうと思ったの」


 マーズニさんは「なんと嘆かわしい……」と涙を拭い、マックはプルプルと怒りで震えている。


「俺……シンディより一つ歳上だけど……自分が如何に生ぬるい環境にいたか分かって……それなのに毎日不満だらけだったのが恥ずかしい……」


 マックはより一層俯いてしまった。


「まぁさぁ、上には上があるように下には下がある訳で。比べたってしょうがないし、下にいるなら這い上がれば良い訳でしょ? 努力さえすれば今より一段上がるのなんて簡単じゃん。最高地点になんていきなり上がれないんだしさ」


 ガソスタで働く前のあたしは自分だけの世界でしか生きてなくて、まぁ他人よりは不幸だという自覚はあったけど、自覚があっただけだ。だけど店長や姉御に出会って、自分よりも上も下の世界も分かって、店長と姉御のおかげで努力することの意味を知って少しずつ這い上がったんだ。一度やれたんならこの世界でもやれるはずだ。


「シンディ……強いな……。決めた。俺、シンディを守るよ。その為に修行を頑張る!」


 何かを決意した目をしてマックは顔を上げた。だけどあたしは「守ってもらう必要はない」と言おうとした時にマーズニさんが口を開いた。


「マックよ。より一層修行に励みお嬢様をお守りするんだぞ。私はお屋敷を追われた身だ。こんなことは許されない。必ずシンディお嬢様にお屋敷と旦那様を取り戻そう!」


 おや? あたしは一人でやるつもりだったのに雲行きが怪しくなってきた。


「老いぼれは老いぼれらしく二人の師となろう」


 おやおや? マーズニさんは継母に言われた言葉を使って皮肉を込めてそう話すけど、なんか思ってたのと違うことになってきたよ。マックは「オス!」とか言ってるし。


「戦う者は『心魔技体』が重要だ。『心』と『体』を鍛えなければ『魔』と『技』は使いこなせない。……見たところ魔力量で言えばマックが上だが、魔力の質で言えばシンディお嬢様が上だ。まずは『心』と『体』を鍛えることに集中しよう」


「シンディ! お互いに頑張ろうな!」


 おやぁ? 乙女ゲーなのになんか格ゲーみたいになってきたのは気のせい? ……なんてことは言える雰囲気じゃなくて「はい……」と呟いて、そそくさと帰ることにした。

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