第5話 事情聴取

 マーズニさんの家の玄関には大きな鏡があって、あたしを招き入れる時にふいにその鏡を見たマーズニさんが驚き固まっている。


「……なんだ……この姿は……。こんな格好で申し訳ございません」


 そう謝るけど、何がおかしいのかも分からないあたしは案内されるまま応接室へと通され座るよう促される。「お茶をお持ちします」とマーズニさんは出て行ったけど、体感で五分くらい待っても戻って来ない。落ち着きのないあたしはそわそわしだし部屋の中を見回す。

 広くはない部屋の中は質素ではあるけど、家具などはキチンと手入れがされている。目の前のテーブルは古めかしいけど、良い木材を使っているのか長年使い込まれたそれは味わい深い風合いになっている。座っているソファも革製だと思うけど、時間経過のおかげで深みのある色になってツヤも出ている。そして壁際にある棚も同じように大事に使われて来たんだと感じさせるけど、その棚に飾られている何かの表彰楯やトロフィーの数に驚いてしまう。それを座ったままボーッと見ていると扉をノックされた。


「大変お待たせいたしました」


 そう言って入って来たマーズニさんはあたしの前に紅茶とお菓子が載ったトレイを置くけど、あたしはマーズニさんを口を開けたまま見つめる。さっきまでシャツにズボンを履いたただの白髪のご老人にしか見えなかったマーズニさんは、ビシッとした燕尾服に着替え髪はポマードで固め、ボーボーだった顎髭を剃り口髭を綺麗に整えている。誰がどう見ても執事だ。正直、声を聞かなかったら同一人物だと気付かないレベルだ。


「これが私の本来の姿です」


 そう言って向かいのソファに腰を降ろす。あたしはまだ狐につままれたような気分で口を開けている。


「だからこそ恐ろしい。先程のような格好をするなど考えられないのです」


 そう言い左右に首を降るマーズニさん。


「……あのですね、あの継母……あ、義理の母って魔法を使うんですよね? 何の魔法ですか? っていうか魔法について詳しく教えて欲しいです」


 そう言うと説明をしてくれたけど、魔力量は人によって違うらしくて、心と体を鍛えることによって最大値と質が上がるらしい。ほぅほぅ。ある程度魔力量を増やしてから魔法測定器なるもので調べると、自分の魔法の特性が分かるらしい。ふむふむ。


「なるほど! 分からん!」


 うっかり心の声を口から出せば、マーズニさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「うーん……とりあえずあの継母と性悪姉妹を追い出したいんだよね。魔法でバーン! とか出来ないのかな?」


 魔法について理解できなさすぎて普段の口調で話したせいか、マーズニさんはまだ豆鉄砲を食らったままのようだけど口だけを動かす。


「……おそらく、エリザベート夫人の魔力量は相当なものだと推測されます。……あの楯をご覧になりましたか? あれは私がこの国で開催される魔法大会で表彰されたものです」


 え!? マーズニさん超すごいんだけど!


「人の数と同じくらい魔法の種類はあります。私の魔法は『知』です。様々な知識を習得しそれを活かすことが出来たので執事としてリール家にお仕えしておりました。魔法は魔力量の多いほうが有利です。私よりも攻撃性のある魔法のほうが強いと思われるでしょうが、私の魔力量のほうが多ければ知識を使って相手の弱点などを知ることが出来る。ですので私は試合を勝ち進むことが出来たのです」


 このゲームの設定がよく分からなくなってきたけどおとなしく話を聞く。


「そんな私が初めてエリザベート夫人を見た時に危険と感じました。ルシア様……奥様がお亡くなりになり数日しか経っていないのに夫人を連れてきた旦那様に進言致しましたが、その時にはもう旦那様は魔法にかかっておられました。私が進言したことに気付いたがエリザベート夫人は『今日限りでクビだ。老いぼれは老いぼれらしく暮らしているが良い』と言葉を発しまして、その瞬間に私は魔法にかかったようです。そして老いぼれらしいあのような格好をし、今日まで魔法にかかっていた……記憶はあるのに何の疑問ももたず全く抗えなかった……」


 ルシア様とはシンディのお母さんだろう。亡くなったお母さんを奥様と呼び、継母を夫人と呼ぶ辺りマーズニさんは全く良い感情を持っていないんだろう。


「どうしてマーズニさんは魔法が解けたんだろう?」


 なんとなく疑問に思ったことを口にするとマーズニさんも口を開いた。


「……お嬢様の魔力量は私が知っている頃よりも少なくなっております。ですが質は上がっている。……もしかしたら潜在的な魔法の力なのかもしれません。おかげで私は自分を取り戻すことが出来ました。感謝致します」


 そう言って頭を下げるマーズニさんにあたふたとしているとさらに続けた。


「エリザベート夫人とエリザベス嬢、キャサリン嬢を追い出したいとおっしゃいましたね? ならばあの危険なエリザベート夫人よりも魔力を高めることです。……私の孫を二代目執事にと考えておりましたがあまりにも教養がなく……魔力はそこそこあるので修行をさせているのですが、ライバルがいればお互いに切磋琢磨出来るでしょう。少々お待ちください」


 そう言ってマーズニさんは応接室を出て行った。待てよ? 話の流れからするに、あたしこれから修行すんの? お孫さんと? そもそも修行ってなにすんの? 予想外な方向に話が進んでいって、あたしは大きなため息を吐きながら紅茶をチビチビと飲んで待つことにした。

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