第2話 シンディの日記
チュンチュン……という小鳥たちの鳴き声で目が覚めた。さぁ仕事に行かなきゃ、と起き上がると、見慣れた自分の部屋ではなくてシンディの部屋だ。
「……おかしいでしょ」
夢から覚めようと寝たのに、起きたらまだ夢の中。本当にあたしは死んだのかな? もしかしたらICUに入っているのかもしれない。幽体離脱とか長い夢を見ているのかもしれない。だとしたら帰れるのかもしれない。帰る方法も自分の生死も分からないけど、何もせずにはいられない。
まず状況を把握しようとシンディの部屋をあさる。今のあたしの姿はシンディだけど、姉御の娘ちゃんがやってるのをチラッと見ただけでゲーム内容は良く分からない。とは言っても娘ちゃん曰く『幼稚園児でもクリアー出来る、ゲーム初心者すらナメてる内容のゲーム』というのは知っている。そして入学式のシーンに一度だけ出て、すぐにいなくなるシンディしか知らない。多分、ゲームをやり込んだ人でもシンディのその後は分からないと思う。
物置のような小さな部屋の家具を開けたりしているけど、女の子らしい物はほとんどない。何もかもボロボロの物しかない部屋にある、これまたボロボロの小さな机の引き出しには鍵がかかっていて開けることが出来ない。どうしてもその引き出しが気になるあたしは鍵を探すことにした。
部屋は小さいし物も多くはない。なのに鍵が見つからなくて、乙女ゲームじゃなくて脱出ゲームじゃね? と思ったおかげで閃いた。見つかりやすい場所なんかに鍵を隠すわけがない。そしてまだ探してない場所が一箇所ある。今立っているこの絨毯の下だ。よくよく部屋を観察してみるとベッドの頭側が壁からほんの少しだけ離れている。その隙間に手を入れ絨毯をめくると鍵が出てきた。邪魔が入らないように部屋の扉の前に椅子などを置いてバリケードを作ってから、あたしは見つけた鍵で引き出しを開けた。
中には大事そうに仕舞われたネックレスと日記が入っていた。人の日記を読むのは抵抗があるけど、現状把握しないと動くに動けない。心の中でシンディに謝ってから日記を開いた。
シンディの日記は読み進めるほどに涙が出てきた。
まずゲームの冒頭で魔法学校を辞めた理由が、お母さんが突然亡くなってショックから引きこもりのようになってしまったからだったようだ。このネックレスはお母さんの形見だそうだ。そしてなぜか、お母さんが亡くなって一週間も経たないうちにお父さんは再婚したらしい。え? お父さんクソじゃね? その連れ子がエリザベスとキャサリンだ。シンディは複雑な思いではいたけど、姉と妹が出来て嬉しかったみたい。
だけどすぐに継母と二人の姉妹から嫌味を言われ始める。そしてまた傷付いて引きこもる。そのうちに『広い部屋は贅沢だ』と、この物置部屋に連れて来られたらしい。
義妹のキャサリンが十八歳で魔法学校を卒業した年、シンディが十九歳の時に『穀潰し』と罵られ、メイドのように扱われ始めたようだ。そしてシンディが二十歳になった頃、魔法学校の友人だったマリアがこの国の王子と結婚することになり招待状が届いたが、それを目の前でビリビリに破かれ行くことが出来なかったらしい。ひでぇ……。
継母はお父さんと再婚したあと散財しまくり、ことある毎にパーティーを開き『リール家』、リールってシンディの名字か。そのリール家のお金は無くなっていく。継母はお父さんに『もっと働け。金を稼げ』と罵倒し、商人だったお父さんは遠い地まで商売をしに行きほとんど帰って来れなくなった。たまに帰って来ても玄関口でお金を取られ、家に入れることもなくまた旅立たせる……って鬼嫁か!
だからシンディのお父さんはシンディがどういう状態なのか知らない。シンディも引きこもっていた負い目があるから何も言わず、この家の娘であるのに言われるがまま奴隷のようにこき使われていたようだ。そしてシンディが二十一歳になると、昨日のように水をかけたりバケツをぶつけたりという身体的暴力が始まったようだ。日記は『悲しい』『辛い』『私が至らないから』という言葉で溢れている。最後には『もう心を殺すしかない』と綴られていた。……あたしとは真逆の繊細な子だったんだな。あたしは自分を『作った』二人をいつか同じ目に合わせてやるって思って生き抜こうと必死だった。実現出来なかったけどね。
……シンディめっちゃ頑張ってたじゃん。キレずに耐えたじゃん。マジ泣けるんだけど。しかも最後にお父さんと話した時に『なぜ面識のないあの女性と結婚したのか分からない』ってお父さんは言ってたみたい。継母の魔法? つかシンディも魔力があったから魔法学校に入学したけど、何の魔法の適性があるか分からないうちに辞めたみたいだし。ちょっと探るか。
シンディ、今までよく耐えたね。でもね、ガチの暴力と虐待を受けてたあたしに取ってはそんなの何ともないの。だからやり返そう? シンディ、幸せになろう? あたしはやるって決めたらやる女。この家とお父さんとの生活を取り戻そうよ。
あたしは少しの間だけおとなしくしてこの家の様子を探ることにした。日記には『料理長や厨房にいる人は昔と変わらず優しい』って書かれてたから、まずはそこに行ってみるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。