第3話 厨房へGO

 そういえば昨日水をかけられてから部屋に戻ったけど、そういうのはシンディの身体が記憶して覚えているようでなんとなくこっちだと思う方向に行けば行きたい場所に着くようだ。と言っても厨房からは良い匂いがしてるしね。


「おはよーございまーす」


 うっかりいつものあたしのように、お嬢様の欠片もなくぶっきらぼうに厨房に入るとその場にいた全員が青ざめた顔でビクリと震えている。料理長に料理人って言うのかな? あとは下っ端っぽい人の計五人が尋常じゃないくらい怯えている。どうしたんだろうと思っていると、料理長がハッとした顔であたしの腕を掴み、料理人のオバちゃんがあたしの背中をグイグイ押して厨房の隣の保管庫に連れて来られた。なんだよリンチか? なんて思っていると背中を押してたオバちゃんがハラハラと泣き出した。


「シンディお嬢様! 昨夜は夕食もとらず早々に休まれたようですし、今朝もお食事をとっていないではありませんか! 私は心配で心配で……」


 と、さらに涙を溢しちゃってる。あたふたとしてると料理長も口を開く。


「もうすぐ昼になりますがお身体は大丈夫ですか? さぁ他の者に見つからないうちにこちらをどうぞ」


 そう言ってあたふたとしてるあたしに保管庫に隠してたシンプルなサンドイッチを渡してくれた。条件反射でそれを食べると優しい味がする。

 あたしは親の気まぐれでしかご飯をもらえなかったから、土日とか夏休みとか冬休みなんて食べられないことがしょっちゅうあった。だから水さえあれば三日までなら空腹に耐えられる。公園に行けば水飲み場もトイレもあるし殴られなくて済む。それ以降は殴られるのを覚悟で盗み食いだ。

 そんなあたしに、夕食と朝食を抜いたくらいで泣くほど心配するこの人たちが中学の時の担任とかぶる。……シンディにはちゃんと味方がいたし、本気で心配してくれる人がいる。それって幸せなことなんだよ。優しい味と優しい気持ちに包まれて、あたしはこの世界で初めて幸せな気持ちになっていた。


「お嬢様!? お顔に傷が! まさかまた……」


 おとなしくサンドイッチを食べていたら、前髪で隠してたつもりの昨日の傷が見つかった。オバちゃんは傷を見てさらに泣いてしまった。


「あの……ごちそうさま。美味しかったよ。……あのね、傷は平気なんだけど、なんか記憶が所々おかしいっていうか……」


 まさかゲームの中に入り込んだなんて言えず、しかもまたまた普段の凛の口調で言ってしまったものだから二人は顔を見合わせオロオロとしている。


「お嬢様、お医者様を呼びましょう」


 料理長は真剣にそう言うけど、医者に診てもらったらお金がかかるわけだよね? そしたらシンディのお父さんの負担が増えちゃうよね?


「ううん、大丈夫。傷なんて治るし。ちょ〜っとだけ口調が変わっちゃったみたいだけど、あたしはシンディだし。それでね、二人に聞きたいんだけど……」


 ちょっとどころじゃないくらい口調が変わっちゃってるみたいでかなり本気で心配されたけど、「騒ぐと見つかっちゃう」と言うとようやく静かになってくれた。

 まず継母について聞くと、おそらく珍しい魔法を使えると言っている。種類は人の心を操ることが出来る魔法らしくて、継母は厨房には滅多に来ないからこの人たちは今まで通りらしいけど、屋敷内のメイドたちは人形のようになってしまってシンディが辛い目にあっても気にしなくなってしまったらしい。

 義姉のエリザベスは物の形を変えたりする魔法を使うから、よくその魔法でシンディを転ばせているらしい。いたずらっ子かよ。そして義妹のキャサリンの魔法は分からないとのことだ。


「あたしの魔法ってなんだろ……」


 独りごちると二人は魔法について簡単に説明をしてくれた。

 この世界は魔法がある世界だけど、誰もが使えるわけではないらしく、一定の魔力量を持った人間が魔法学校に入学出来るらしい。そこで特性を知り、能力を伸ばし、優秀な人は国の機関で働くんだとか。


「分かった。なんとか自分で調べてみる。あたしアイツらを追い出して、この屋敷とお父さんを取り戻すって決めたから」


 親指を立てて笑顔で宣言すると、無理だ何だと騒がれる。


「奥様の魔力量は相当だと思いますよ!?」


「んじゃ上回るように頑張る」


 またまた親指を立てると「やはりお医者様を!」なんて騒がれたけど、なんとかなだめて説得することに成功した。どうしてもと言うならまずはシンディのお母さんが生きていた時までこの屋敷にいた元執事の『マーズニさん』を頼れとアドバイスをもらった。この街の外れに住んでいるらしい。ただ出歩く時は正面玄関からではなく、継母たちに見られないようなところから行くようにと心配され、万が一屋敷にいないとなると部屋を荒らされるだろうからと透明な石のような物を手渡された。


「これは?」


「それは鍵の魔法を込めた魔石です」


 そろそろ昼食を出さなければと二人は慌て始め、魔石って何? と聞ける空気でもなく、ポケットにその魔石を入れてそ〜っと厨房から出ることにした。

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