乙女ゲー内に転生したのになぜかリアルRPGとシミュゲーをやり込むことになりました

Levi

第1話 物語のはじまりはじまり

 ザバッ! ……ガンッ! ガランガラン……。


「……いたっ!」


 頭に衝撃が走り一瞬意識が遠のいた。現状を理解しようと目を開けば、あたしはずぶ濡れで床に座り込み辺り一面が水浸しだ。そして頭にぶつかったと思われるバケツが床の上でまだ動きを止めずにいる。


「シンディ! あなた掃除も満足に出来ないの?」


 シンディ? シンディって誰だ? ……あぁあたしか。痛む頭を押さえているのに心配するでもなく、ギャンギャンと騒ぎ立てる声が煩わしく一言だけ発した。


「……うるせぇ」


 下から睨み付ければ、どこの貴族だと思うような華美なドレスを身に纏った二人が黙る。あぁ、そういえばやたら金のかかるお嬢様だったな。


「……エリーお姉様、なんだかシンディの様子がおかしいですわよ」


「……そうねキャシー。お部屋に戻りましょう」


 いそいそと逃げ出す二人の背中を見送り、水浸しの床もバケツもそのままにあたしは自室へと戻る。頭痛も酷いしおでこの生え際も痛む。両手で頭を押さえつけながらなんとか自室に着いた。

 部屋に入り、まずこのずぶ濡れの服を着替えようとクローゼットを開けるがどの服も色褪せボロボロだ。選ぶまでもないと適当に取り出し着替え終わり、髪の生え際の痛む部分を確認しようと鏡を見た。


「えっ!?」


 思わず声が出た。あたしは誰が見ても日本人だったはずなのに、鏡に映る姿は金髪碧眼だ。あれ? 待って。シンディって。それにさっきの二人もなんか見たことある。頭が追いつかないが、こんな時こそ冷静にならないと。あたしは記憶を辿る。

 朝起きて、仕事に行こうと外に出て……そうだ。信号待ちをしていたら信号無視した車と進行中の車がぶつかって……ビリヤードの玉のようにあたしに向かって来たんだ。それはやけにスローモーションに見えて、そこから先の記憶がない。そして意識を取り戻したのがさっきだけど、そしたら金髪碧眼の『シンディ』になっている。え? もしかしてあたし死んだの? ようやく人生これからって時に?


 あたしはネグレクトと虐待を受けて育った。ご飯はほとんど給食だけ、親の憂さ晴らしに毎日死ぬんじゃないかというぐらい殴られて育ったあたしは感情を表に出すこともなくなり周りからは腫れ物扱いされ見事に歪んでいった。

 中学に入った頃からグレ始めたが、三年間担任をしてくれたおじいちゃん先生が良い人で、あのクソみたいな親に「高校に行かせてやってくれ」と毎日説得してくれ気まぐれに高校に行くことを許してもらったが、すぐに「金食い虫が!」と罵倒され中退させられた。

 家にいてもご飯なんて出ないから食べる為に必死にバイト先を探し、ようやく決まったのがガソスタだ。そこで出会った人たちがあたしの運命を変えてくれた。


 店長は四十代の男の人で、見るからに元ヤンだった。熱いハートの持ち主で、あたしの事情を知り家に押しかけたけど「店長と不倫してんの? あんたの名前みたい」とあたしに『ぷりん』と名付けた頭の沸いてる親にブチ切れ、親を脅迫……いや、説得してくれ家から救い出してくれた。それから親には会っていない。そして会社の寮として住む場所を借りてくれ、あたしは独り暮らしを始めた。

 そこで頼りになったのがみんなから『姉御』と呼ばれていた姉川さんという女性だ。この人もまた元ヤンで、二十代前半なのに小学生の子どもがいた。シングルマザーで面倒見の良い姉御はあたしを気にかけてくれ、家事や料理を仕込んでくれていつも娘ちゃんと一緒に遊んでくれた。二人のおかげであたしは人間らしさを取り戻した。


 ハタチになったあたしはようやく自分でアパートを借り、とは言っても名義変更で寮から自分名義にしただけだけど、それでも自立出来たことが嬉しかった。そして高校中退していたあたしはハタチで定時制高校に入学し、この春卒業したんだ。同時に分籍して親と縁を切り、『ぷりん』っていうふざけた名前から改名して『凛』という名前も手に入れた。ガソスタではバイトから正社員になって、仕事に役立つ資格を取ろうと意気込んでいた。まさに人生これからだったんだ。


 そんなあたしがなぜか金髪碧眼のシンディという人物になっているんだから混乱もするだろう。だけどこの顔もシンディという名前も、さっきの二人の名前も顔もどこかで見たことがある。髪の生え際は傷が出来ていたから、鏡の横に置いてあった救急箱から薬を取り出し手当てしているとふと思い出した。

 中学生になった姉御の娘ちゃんがハマっていたゲームがあった。俗に言う乙女ゲーだけどKOTY、クソゲーオブザイヤーを受賞したゲームだ。神絵師のおかげでそこそこ売れたようだけど中身はとにかくつまらない。娘ちゃんも神絵師の作品を拝みたいからと買っていた。

 主人公の『マリア』が魔法学校に通いながら恋をしていくけど、魔法学校要素はほとんどない。マリアの魔法は『心』。この辺がもうイミフだ。実習と称したダンジョンでのRPG要素があるけど、推しとの親密度を上げるだけのイベント。辛かったり悲しかったり楽しかったりと心が動けばポイントが入り、最後に推しにその『心の魔法』を使えば必ずクリアー出来る謎仕様。

 ……そして魔法学校でマリアをいじめたり邪魔する悪役令嬢が一つ上の学年と一つ下の学年にいて、その二人の名前が『エリザベス』と『キャサリン』で姉妹。マリアの親友の名前は『シンシア』だけど、ゲーム開始早々家の都合で学校を辞め、悲しみから初めての『心の魔法』のポイントが入る。

 ……エリザベスの愛称はエリーだし、キャサリンの愛称はキャシーだ。そしてシンシアの愛称はシンディ……。


 待って待って待って! もしかしてあたし、クソゲーのモブキャラになったの!? いやいや、きっとこれは夢だ。夢に違いない。うん、寝よう。

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