リーゼロッテの誕生会 7

 リーゼロッテ姫の誕生日の翌日は、年に一度の試練の日である。

 リーゼロッテ姫の父上である陛下との食事会があるからだ。

 陛下は私をあまりよく思っていない。

 別に私だからではない。

 リーゼロッテ姫の婚約者であるからだ。


 毎年誕生パーティーに呼ばれないのは、リーゼロッテ姫と私がダンスしている姿を見たくないからだと、陛下が仰っていた。

 リーゼロッテ姫が可愛すぎて、そういう言葉を直球で仰る人なのだ。


 しかし、この食事会も今年で最後。

 来年の今は私達の結婚式になるのだから。


 食事会を終え城の庭へ移動し、やっとリーゼロッテ姫と二人になれた。


「リーゼロッテ姫。誕生日おめでとう」


 あと一年待てば、やっとお嫁にきてくれるんだね。

という言葉を飲み込んで、私はリーゼロッテ姫に赤い薔薇の花束を贈った。


「ありがとうございます」


 リーゼロッテ姫は力なく微笑み薔薇の香りを楽しむと、遠くへ目をやった。


「……ん?」


 リーゼロッテ姫の元気がない。

 食事会ではいつも通りだったのに。

 この庭に来てから、池のベンチを遠目で眺めてはため息を吐いている。


 リオンからの報告だと、この庭はエミリアとお茶会を楽しむための庭のはずだ。

 何かあったのだろうか。


「あのベンチに、何か思い入れがあるのか?」

「へ? ……それは。その……リオン様が……」

「は?」


 何故、頬を赤らめ恥ずかしそうに弟の名を呼ぶのだ?

 もしやリオンが何かいかがわしいことを?

 いやいやいやいや。

 あの奥手のリオンに限ってそんなことはない。


 もしやリーゼロッテ姫がリオンを好きに?

 いやいやいやいや。リオンは可愛いけど……。

 まさか。エミリアにリオンが取られて、気づかなかった胸の内に気づいてしまった……とか?


「ルシオ様? お顔の色が優れませんが、どうされましたか?」

「リオンは可愛いけど駄目だ」

「へ? ――あっ。ダンスはヒヨコみたいでしたわね」

「そ、そこが良かったのか?」


 くそっ。ダンスは得意だ。

 リオンもダンスの特訓をさせなければ。


 リーゼロッテ姫は、ハッと何かを思い出して微笑んだ。


「あ。ワインも頭から被ってらしたわ」

「ワインくらい幾らでも被るぞ」

「へ? ルシオ様。先程から変ですわ?」

「それは……リーゼロッテ姫が、リオンの良いところばかり仰るので……」

「ダンスの件もワインの件も、別に良いところではありませんわ。リオン様の良いところはそこでなくて……き、キスを……」

「き……」

「昨夜。わ、別れ際のキスをしたのですわ。そこのベンチで」

「は?」


 ベンチを指差し、恥ずかしそうに頬を紅潮させ、唇を押さえて顔を背けるのは何故だ?


 それではまるでリオンがリーゼロッテ姫に別れ際のキスをしたように見えてしまうではないか。

 しかも唇なのか? うん。あり得ない。あり得ない。


 あり得ない筈なのに、リーゼロッテ媛は瞳を潤ませながら私へと真剣な目を向けた。


「ルシオ様はしてくださらないのに……。リオン様は――」

「し、したのですか? それも……く、唇に?」


 あぁ。頭のナカが真っ白に塗りつぶされていく。

 不思議と怒りは沸いてこない。

 現実味が無さ過ぎて、頭の中の俺は夢だから覚めろと叫ばんばかりだ。


「……はい。あの反応は絶対にそうですわ」

「反……応?」


 誰の反応だ!? ん? んんんんっ!?


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