リーゼロッテの誕生会 6

 翌日、リオン様の魔法道具の試作品についての用で城を訪れると、リーゼロッテが待ち受けていた。


「エミリア。ここに座って!」


 リーゼロッテは昨夜私とリオン様が座っていたベンチに私を誘うと、前のめりで話し始めた。


「昨夜はどうでしたの? 私の仕込んだ仕掛け。二人とも楽しんでいただけたかしら?」


 池を手で指し得意気に尋ねるリーゼロッテに、私は熱くなり始めた頬を隠すように手で覆い言葉を返した。


「ええ。リオン様と二人で、素敵な灯りを楽しむことが出来ましたわ。ありがとう。リーゼロッテ」

「ふふっ。隠しても無駄よ。その頬の赤みは、何かあったのね!」

「そ、それは……」

「手を握られたの? それとも、ギュッと全身を抱きしめられたの?」


 私の手を握り、それからリーゼロッテは私に抱きついて猫のようにすり寄って尋ねた。


「そ、そうね。いいじゃない。そんな事まで聞かなくてもっ」

「だって、心配だったのよ。リオン様ったら、ダンスはヒコヨちゃんみたいでしたし、ワインだって頭から浴びてましたし。ふふふっ」

「あっ。そうだわ。だからワインの味がしたのね!」

「……味って。どういう意味ですの?」


 リーゼロッテは首を傾げ、きょとんとした顔で私を見つめた。そして、普段リーゼロッテとの会話には入ってこないライナーが、一歩前へ出て声を荒らげた。


「おおおお嬢様。まさか、お嬢様からリオン様にキスをされたのですか?」

「わ、私からはそんなこと。出来ませんっ」

「私からは出来ないということは、リオン様からしたのね。そう。私のエミリアに……でも、味、ということは……」


 リーゼロッテが口元に手を当て推理を始めた。

 何とか話を終わらせてしまわなくては。


「ち、違うわ。味ではなくて、香りだわ。あの一瞬で味がわかるはずないもの。だから……えっと。そうじゃないの。二人ともそんな目で見ないでっ」

「エミリア。正直に話してくださる。私、そんなに怒ってませんのよ」


 リーゼロッテは不適な笑顔を私に向けた。


 ◇◆◇◆


 エミリア様にどんな顔して会えばいいだろうか。

 普通でいいのだろうけれど、エミリア様の顔を思い浮かべただけで顔が熱くなってくる。


 ルシオ兄様が別れのキスは必然だなんて言うから、背伸びしてみたけど、恥ずかし過ぎて思い出しただけで息が止まりそうだった。


 工房の机に突っ伏して一人で悶々としていると、エミリア様とライナーさんが城へ着いた気配がした。

 迎えに行くと、速攻でリーゼロッテ様に確保されていて、昨夜の事をエミリア様に問いただしている状況を目の当たりにしてしまった。


 そして顔を覆い恥ずかしがって何も言えないエミリア様に痺れを切らしたリーゼロッテ様は、俺を呼んだ。


「リオン様。ちょっといらしてくださる?」

「――はい」


 エミリア様の前に腕を組んで立つリーゼロッテ様の隣に転移すると、探るような目で睨まれた。


「大体の状況は察しましたわ。――リオン様。なかなかやるじゃない!」

「は……い?」

「でも、私とルシオ様より先に進んだことも、これから先へ進んでしまうことも、絶対に許しませんからね! ――ルシオ様と約束がありますので失礼しますわ」


 リーゼロッテ様は力強く言い切ると部屋へと戻っていった。あれ? 怒ってはいない?

 でも、安心したのも束の間、俺の肩にズシッと重い掌が背後から乗せられた。


「リオン様。私はリオン様の味方です。味方ですが……ちょっと手を出すの早すぎっスね」

「ら、ライナーさん?」


 肩に伝わるプレッシャーが大き過ぎて振り向けなかった。ライナーさんが怒るのは初めてだけれど、一番怒らせちゃいけない人だって俺の中で確定した。


「今回は私の目に触れていないので不問といたしますが、約束してくれますよね」

「はい。ライナーさんの目に触れるところでは、適切な距離感を保つことを約束します」

「ん? まぁそれでよしとしましょう」


 ライナーさんがいつもの雰囲気を取り戻し笑いかけてくれた。

 さて、問題はここからだ。

 ベンチで俯いたまま動かないエミリア様に、何て声をかけたら良いだろうか。


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