リオンと謎の令嬢 4

 しかしその翌日、奇跡的にエミリア様を独占することに成功した。


 いつも一緒にいる従者のライナーさんは、顔は怖いし体格が良くて圧が強いけれど、挨拶をしたら笑顔で返してくれた。

 エミリア様と二人だと緊張しすぎて呼吸を忘れそうになるけれど、ライナーさんを見たら、ちょっとだけ落ち着けた。


 そして、王都の街で一緒に買い物をすることになって、今までにずっと気になっていたことの答えを知ることが出来た。



「エミリア様はどのお花がお好きですか?」

「私は……」


 花屋で好きな花を尋ねると、エミリア様はチューリップを見つめていた。本当にチューリップが好きなのだと分かると、何だか嬉しくて、隣の露店でこっそりリボンを買って、後でブーケにしてプレゼントすることにした。


「これから昼食の時間ですよね。そこの角にあるパン屋ですが、種類も豊富でとても美味しいんです。一緒にいかがですか?」

「わぁ。良い香りがするわ。美味しそう」


 エミリア様はパンの香りを楽しむと、きっと好きだろうな、と俺が勝手に想像していたパンを選んでいた。

 でも、ライナーさんは何故かパンを選んでいなかったので好きなパンの種類を尋ねると、私もですか? と驚いた後に、とても喜んでくれた。


 他にも色々な店を見て回って、その度にエミリア様が何に興味を持つのか気になってしまって、何が好きか沢山尋ねてしまった。

 エミリア様は快く答えてくれるし、何より、リーゼロッテ様や兄様から聞いたエミリア様じゃなくて、自分しか知らない本物のエミリア様が知れたみたいで嬉しかった。


 知れば知るほど、もっと知りたくなる。ライナーさんも一緒だけれど、二人で過ごす時間がとても穏やかで幸せだった。


 これから沢山同じ時間を共有して、ゆっくりと距離を近づけていけらいいなと思っていた。




 しかし、あの元婚約者のせいで悠長なことは言っていられなくなってしまった。コールマン公爵子息は、エミリア様の妹に手を出しただけでなく、エミリア様を侍女にしようとしているらしい。

 だけど、その事をエミリア様が俺に話してくれたのは凄く嬉しかった。


 だから、勢い余って。


「俺と婚約してください」

 

 なんて言ってしまった。


 でも、早々に兄を味方につけて両親を説得しておいて良かった。正式な書状を父にすぐ頼むことが出来たから。

 それまでの間、あの元婚約者が変な気を起こさなければいいのだけれど。何かあった時に、すぐに駆けつけることが出来るように、魔法道具をエミリア様に渡しておいた。


 俺はベッドに寝転んで、注文しておいた指輪のケースを開いた。中にはエミリア様の瞳と同じ色の藍色のサファイアの指輪が輝いている。


 サファイアの石言葉は「成功」「誠実」「慈愛」。


 色々な意味を込めてこの石を選んだのだけれど、伝わるだろうか。


 婚約者のフリでもいいなんて、格好つけたことを言ってしまったけれど、やっぱりエミリア様の本当の婚約者になりたい。


 エミリア様の特別になりたいんだ。



 ◇◇


 それから数日後、コールマン公爵子息の迷惑な急襲により、俺はエミリア様に婚約を正式に申し込む前に、ご両親へ挨拶をして食事を共にし、婚約を申し込むに至るまでの事情を根掘り葉掘り聞かれる事となった。


 そんな事になるとは想像もしていなかったし、緊張してしまい、ご両親との会話の記憶が曖昧ではあるけれど、気持ちは伝えられて、エミリア様も受け入れてくれた。

 でも、ここからが本番だ。

 まだエミリア様の隣に立てただけだから。


 翌日、リーゼロッテ様は大層悦んでけれど、こんなことを言い始めた。


「リオン様。来月、私の誕生パーティーがありますの。エミリアを呼んでますから、リオン様も招待しましてよ」

「ありがとうございます。ですが、ただの宮廷魔導師見習いが参加して良いものなのでしょうか? いつも通り、警備を任せていただいて結構ですよ」

 

 身分は明かせないので婚約のことは秘密だし、いつも宮廷魔導師として警備を手伝っていたので、急に参加者なんておかしい。


「大丈夫ですわ。リオン様は留学生。元々、他国の貴族だろうって城中で噂になってますから。それに――」


 そんな噂は聞いたことがなかった。でもそれより、リーゼロッテ様がやけに言葉を溜めるので、嫌な予感がしてしまい、そちらの方が気になっている。


「エミリアの婚約破棄の話は、社交界で噂になっていますの。いつもはオルフェオお従兄様がエミリアの隣にいて害虫を駆除していましたけれど、これからはどうなるのかしら?」

「そ、それは……」

「婚約を結んだことは内密にしていますでしょう? 傍から見たら、エミリアはフリーですのよ。本当に参加しなくてよろしいのですか?」

「ふ、フリー……」

「そうですわ。おーほっほっほっ」


 リーゼロッテ様は俺を見ながら高らかに笑っている。絶対に面白がっている。でも、リーゼロッテ様に言われなければ気付かなかった。

 俺はこれから一年半、身分を隠しつつエミリア様へ寄り付こうとする害虫……じゃなくて、男性陣を排除しなければならないのだ。


「頑張ってエミリアの隣を守ってくださいね。リオン様?」

「はい。リーゼロッテ様」


 

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