ルシオとリーゼロッテ 2
私の婚約者候補は、近隣国の第二王女や公爵令嬢、小国の王女など。二番手の私に来るのはそんな二番手の令嬢ばかり。
彼女らの使命はドゥラノワ王国との繋がりを強化すること。その使命を果たすためには、みんな形振り構わず攻めてくる。
挨拶をしている最中だというのに、別の令嬢が割って入るし。
隣の令嬢を睨み付けた流れで私まで睨まないで欲しい。扇で仰げば、香水がキツイ。ずっと鳥肌が治まらないではないか。
しかし私の立場も似たようなもの。必死なのは分かるが、初めてそのターゲットに自分が置かれ、正直これほど恐ろしいものかと足がすくんだ。
一通り挨拶を終え、疲弊した私に声をかけたのは三つ年上の兄、ウィリアム殿下だった。
「ルシオ。顔が暗いな」
「兄様。ちょっと胃の調子が……」
「ははっ。そろそろ誰かダンスに誘わないと、ご令嬢方の目が血走っているぞ?」
「……ぁあ。余計に緊張するではないですか。煽らないでください」
「どうせ、どれも同じに見えているのだろう? それならば、どの国との繋がりが一番有益か考えればいい」
「……と言われましても」
「では見た目か、フィーリングだな。私は直感で選んだぞ。この人が欲しいと、一目見て分かったのだ」
目を合わようとしただけで狩人のような視線を向けてくる令嬢たち相手に何と無茶なことを。
それに、兄が選んだ婚約者は、幼い頃に外遊先で一目惚れしたという姫君だ。こんな殺伐とした狩場で初めて出会った方ではないではないか。
「大丈夫か? この場は繋いでおくから、外の空気でも吸ってくるといい」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
私はその場を兄に任せて広間を後にした。
背後に気配を感じたので裏の庭園を経由して中庭へ向かう。裏の庭園と異なり、小さな池と花壇とガゼボしかない中庭に足を運ぶ者はいない。
夜会での私の緊急避難場所だ。
このまま戻らずそこでやり過ごしてしまいたい。
しかし、政略結婚をするぐらいしか私の価値はないのだから、逃げるわけにはいかない。
会場に戻った時、最初に目が合った令嬢に決めてしまおう。
だかその前に、少しだけ心を落ち着けてから。
裏庭に入ると仄かな青い灯りがガゼボから漏れていた。
あれは昨年リオンがくれた特製のランタンで、青から白、そして黄色、緑へと灯りが変化するように出来ている。
ガゼボ内の天井に備え付けられていて、中に入らなければその美しさを知ることは出来ない。
私がガボゼに逃げ込んでいると知ったリオンが作ってくれたのだ。
確か、人がいないと光らない仕様だと言っていた筈だが……。私は不思議に思いつつ、ガゼボに一歩足を踏み入れ――息を飲んだ。
中のベンチで、美しい令嬢が寝ていた。
長い金髪はベンチから溢れ床に広がり、お姫様という言葉が似合う可憐な少女。
たとえ花瓶から溢れ落ちても、その輝きと誇りを失うことのない一輪の薔薇のようなその女性に、私は一目見て心が奪われた。
胸の内から溢れ出た言葉に、私も女性に幻想を抱く一人だったのだと気付かされた。
だが、こんな所で寝ているのはおかしい。
今日ここにいる令嬢は皆、婚約者候補の筈だ。
ただの迷子か、それとも誰かの差し金か。
関わるのは避けた方がいいかもしれない。
しかし、肩と背中が大胆に露出した藍色のドレスはいかにも寒そうで、ローブをかけるぐらいなら良いかと自身のローブに手を掛けた時、令嬢は言葉を溢した。
「ん。……エミリア? ……あっ。失礼致しました。……あら? 貴方は……」
碧色の瞳を細め、彼女は私を見つめて微笑んだ。
その笑顔からは他の令嬢から感じる殺伐とした邪気は一切無く、引き込まれるような美しさがあった。
しかし騙されてはならない。
きっと誰かの回し者なのだから。
そう心得た時、思いもよらない言葉が彼女から発せられた。
「私と一緒ですね。つまらなくて逃げ出してきたのでしょう? 夜会は女性達の狩場。見ていて寒々しいですものね」
「は? まぁ、そうだな」
「良かったらお隣にどうぞ。今日は話し相手がいなくて退屈してましたの。それに、ここのランタン不思議なのです。一緒に見ていきませんか?」
黄色く光るランタンの灯りが彼女の笑顔を引き立たせ――ではなくて。
今、誘われたのか?
これはどちらだ。回し者なのか、天然ものなのか。
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