最終話
――それから二年後。
私は今日も庭でリーゼロッテとお茶会を開いている。
今の私はドゥラノワ王国第三王子妃。
リーゼロッテは第二王子妃として、隣の宮に住んでいる。
リオン様のお陰で衰退していたブロウズ伯爵家も持ち直すことができ、実家の父も忙しくしている。
ブロウズ領は価値のない田舎の土地と思われていたが、その山々から採れる鉱石が魔力結晶を作る石に適しているらしく領内は活気付いている。
「ねえ、エミリア。アニスは、まだ誰とも婚約をしていないの?」
「ええ。舞い込んでくる縁談を全てお断りしているそうよ。どうしても結婚したい方が別にいるそうで」
縁談は沢山来るが、その半数以上はドゥラノワ王国と繋がりを欲する貴族からしいが、アニスはその誰にも目もくれない。
「でも、オルフェオお従兄様は、まだ見習いだそうよ」
「えっ。今回も駄目だったの?」
オルフェオ様はコールマン公爵家から追い出され、辺境伯の領地へと送られた。そこで騎士見習いとして寮生活を強いられているらしいのだが、二年も経ったのにまだ見習いのままだとは、少し残念である。
アニスはオルフェオ様との婚約を白紙に戻されてから後、彼の元を訪ね、告白した。結果は惨敗。
お前の顔など見たくもないと言われたアニスは一週間寝込んだ後、奮起した。
やっぱりオルフェオが良いと言い出し、公爵夫人になる為に、姉のように立派な淑女になるのだと勉強に精を出した。
アニスはオルフェオ様なら必ず公爵家へと舞い戻る筈だと信じているのだけれど、これはかなり希望が薄いようで心配だ。
オルフェオ様並みの容姿端麗な美少年が現れないだろうか。
「オルフェオお従兄様のことは諦めるように、アニスに言った方がいいわ」
「他の方に気持ちが移れば私も安心だけれど、アニスは誰かに言われて自分の気持ちを変える子ではないわ。それにオルフェオ様。本当は他のご令嬢と遊んでいらっしゃらなかったみたいだから、私とは合わなかっただけで、心根から悪い人ではないと思うの」
「まぁ。エミリアったら。あれは屑よ。商談が上手くいっていたのも、エミリアの婚約者だから、私がルシオ様にお願いしていたのよ」
胸を張ってそう言い切るリーゼロッテ。
裏で手を回していたとは知らなかった。
オルフェオ様を私に紹介したのもリーゼロッテ。
そしてリオン様を紹介したのもリーゼロッテ。
もしかしたら、全てリーゼロッテの思惑通りだったり……?
「それは初めて聞いたのだけれど?」
「そうだったかしら? でもでも。辺境伯様って鬼のように恐ろしいって云われているから、オルフェオ従兄様も少しはマシになっているかもしれないわね。見た目は元々良い方だし」
「そうね……」
立場は見習いのままだけれど、そこから逃げ出したわけではないようだし、中身は成長しているかもしれない。
「何のお話ですか?」
「あっ。リオン様」
「エミリア。迎えに来ました」
振り返ると薔薇のアーチの下にリオン様が立っていた。リオン様は今、自国の宮廷魔導師を統括している。
ここへ来た当初は、魔法使いの天才と称されるリオン様の花嫁が、魔法の魔の字も知らないような私だったことを国の人々は不安視していた。
でも、リオン様は、そんな私だからこそ、違う視点から物事を見ることが出来て、自分に一番必要な存在なのだと言って周囲を納得させてくれた。
私には勿体なさ過ぎる言葉だったけれど、とても嬉しかった。
「いいなぁ~。エミリアはいつもリオン様が迎えに来てくださって。ルシオ様なんか一度も来てくれないのに」
「兄は外交を担当していますから、もう少しお待ちいただけますか? 兄だって、新婚なので早く帰りたくて必死なのですから」
「あら。リオン様もそうなのね」
「勿論ですよ。こんなに可愛い奥さんが宮で待っているのですから」
そう言ってリオン様は私の肩を抱き寄せて微笑んだ。
この笑顔が可愛過ぎて、まだ慣れない。
「エミリア、顔が赤すぎるわっ。もう……。リオン様じゃなくて、オルフェオお従兄様を応援すれば良かったわ」
「リーゼロッテ、どうしてそんなことを言うの?」
「だって、エミリアの一番が私じゃなくてリオン様になってしまったんだもの」
「それは……仕方ないですよ。俺もそこだけは譲りませんから」
「まぁ。リオン様が意地悪するって、ルシオ様に伝えておきますからっ」
「はい。兄に慰めてもらってください。それでは、失礼します」
リオン様が私の手を引いて歩き出すと、すぐ後ろでリーゼロッテが声をあげた。
「ちょっと待ちなさい。……あら? もう行ってしまったの?」
リオン様は足を止めてリーゼロッテに振り返ると、『ぉ、上手く行きましたね』と小声で呟いたので、私もリオン様はに習って小声で尋ねた。
『また何かの魔法ですか?』
『はい。目眩ましの腕輪を作動させました。まだ試作品ですから、本当に見えていないか……確認させてください』
リオン様は腕輪を見せると悪戯に微笑み、ゆっくりと顔を近づけた。
『こ、こんなところでっ』
『誰も見てないです……いや。誰にも見せないですから』
目の前でそう囁かれて、微笑まれて。
この笑顔に私は弱い。
多分これからもずっと、彼の笑顔に翻弄されながら。
きっと、幸せな日々を過ごしていくのだと、そう思った。
おわり
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