第16話

「上手く、話せていたでしょうか?」


 食事を終え邸の門へ送る途中、リオン様は困ったように私に尋ねた。

 それもそうだ。リオン様のお仕事から兄弟関係、それから国へ戻った後はどんなことをしたいか。エミリアの何が気に入ったかなどなど、両親からの質問責めからやっと解放されたのだから。


「はい。両親も喜んでいました。でも、リーゼロッテが私の話を色々していたみたいで、お恥ずかしい限りです」


 リオン様の話では、リーゼロッテはリオン様のお兄様に私の話ばかりしているらしい。それからリオン様にも。

 兼ねてから国での兵器の開発に嫌気が差していたリオン様は、こちらの国で自分の好きな研究をしたかったらしく、お兄様に相談し後ろ楯になってもらい、リーゼロッテの監視をすることを条件に留学を認めてもらったらしい。


「リーゼロッテ様は、いつもエミリア様の自慢話をされていました。エミリア様は、誰もが認める完璧な淑女様だと」

「え?」

「学業も優秀で知識も豊富だけれど、自身は一歩引いて周りの人々を引き立たせる淑やかな女性だと、仰っていました。初めてエミリア様にお会いした時、俺も──」


 リオン様が言葉を止め、邸の方へと目を向けた。

 視線の先には、ローブを持ったアニスの姿があった。


「リオン様、夜は冷えますからこちらを羽織下さい」

「え。お気遣いなく。すぐに着きますし」

「そうですか? いいなぁ。お姉様にはいつも素敵な婚約者様がいらして。私、リオン様を──」


 アニスはそう言ってリオン様の腕に手を伸ばして、私はいても立ってもいられなくなって、アニスの手を掴んだ。


「アニスっ!? り、リオン様は駄目よ。リオン様は、私の婚約者様だからっ」

「ふふふっ。リオン様をお兄様って呼んでもいいかしら? って聞こうとしただけよ。お邪魔みたいだからもう行くわね」


 それから、アニスは私の耳元で囁いた。


「リオン様のことは、本気みたいで安心したわ。こんな素敵な方、逃がしちゃ駄目よ?」

「あ、アニスったらっ……」


 アニスは悪戯に微笑むと邸へと走っていった。


「エミリア様?」

「ご、ごめんなさい。アニスが……」

「いえ。仲がよろしいのですね。ご自身の婚約が破談になったというのに、あの様に祝福できるのですから」

「アニスはとても良い子なんです。アニスにも、素敵な方が現れたらいいのに」

「……エミリア様。アニスさんにも、ということは、エミリア様には、その様な方が現れたと解釈してもよろしいのでしょうか?」

「へっ? それは……その……」


 じっとこちらを見つめるリオン様の翠色の瞳は期待と、少しだけ不安が入り交じっていて、私の言葉を待っている。

 私はこの期待に応えたいと思った。


「リオン様。こ、これからも。末永く、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。さっき、嬉しかったです。エミリア様が俺を私の婚約者だと言って下さって。俺はエミリア様の特別になりたかったから」


 そう言ってリオン様は、はにかんだ笑顔を見せた。

 

「特別……ですか?」

「はい。リーゼロッテ様が、エミリア様は、全ての物事に幸せを見いだし、自分から何かを貪欲に求めたりせず、淑やかな女性だと仰っていて……」

「わ、私はそんな女性では……コールマン公爵子息様には、申し訳ないことをしましたし」

「そうでしょうか? ライナーさんから聞きました。エミリア様から妹さんとの婚約を勧めたことを。エミリア様は、ご自身よりも周りの方の幸せをいつも願っていらっしゃるのですよ」

「そうなのかしら……」

「はい。でも、俺のことは妹さんへ譲りたくないんですよね? 俺は、エミリア様の特別になれましたか?」


 それは私が聞きたいくらい。

 私は完璧な淑女なんかじゃない。

 私だって――。

 

「……私も、リオン様の特別になりたいです」

「へっ!?」


 それは、この上なく嬉しいですが……と口ごもりながら、リオン様は何処からともなく指輪の箱を取り出した。


「では……受け取っていただけますか?」


 リオン様は婚約指輪を差し出し、私はそれを左手の薬指に受け入れた。




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