第11話

 オルフェオ様が私をアニスの侍女にしようとしていることを話すと、リオン様は眉間にシワを寄せて固まってしまった。そして、真剣な面持ちで顔を上げ、私の目を見てこう告げた。


「エミリア様。……俺と、婚約してください」

「へっ!?」


 驚いて変な声を出してしまったら、リオン様は顔を真っ赤にして動揺し、取り繕うように言葉を紡いだ。


「あ、婚約者のフリでもいいんです。俺が婚約者だったら、侍女にはさせませんし、守れますから。──やっぱり、年下は嫌……ですか?」

「そ、そんな。年下とか関係ありません。むしろ、私にはリオン様は勿体無いぐらいで……。それに、お家に迷惑をかけてしまうかもしれません。コールマン公爵家が色々と圧力をかけてくると思うんです」


 リオン様はテーブルに視線を落とし、赤く染まった頬のまま唇をキュッと噛み、何とも嬉しそうな顔をして口を接ぐんでしまった。


「あの、リオン様?」

「へっ? ぁ、家のことは大丈夫です。コールマン公爵家が何を言ってこようと、痛くも痒くもありませんから。──あっ! ライナーさんのお茶もお入れしますね。今、城に着いたようなので」


 満面の笑みを浮かべながらリオン様がそう言い切ると、部屋の花瓶の花が全て開き、ポットから湯気が出ていた。

 やっぱり、城に着くと分かるみたい。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてすみません」

「迷惑だなんて。──婚約の件ですが、俺はフリではなくて、真剣に申し込みたいと思っています。実は、もう両親には相談していて、許可は頂いているんです。正式な書状をブロウズ伯爵宛にお送りして、リーゼロッテ様の許可をいただいてから申し込もうと思っていたのですが……初めてのことで順番がぐちゃぐちゃになってしまいお恥ずかしい限りです」

「それって、私に……ですか?」


 リオン様はカップを手から落としそうになり、唖然とした表情で私に目を向けた。


「他に……誰がいらっしゃるんですか? あ、でも、こんな場所でそんな大切な話をした俺が悪いですね。書状が届いた後、また正式に申し込ませてください。その時、お返事いただけると嬉しいです。婚約者のフリをして欲しいか。本当の婚約者になって欲しいか……──あっ、どうぞ。開いてますよ」


 カップに紅茶を注ぎながら、リオン様は扉に向かって声をかけると、籠に溢れんばかりのパンを抱えたライナーが部屋に入ってきた。


「失礼します! 今日のランチはっ……。出直した方がよろしかったでしょうか?」


 私を見るとライナーは気不味そうに尋ね、リオン様は苦笑いしている。火照った頬を手で覆い、私はライナーへ言葉を返した。


「ど、どうしてっ!? 一緒に頂きましょう?」

「そうですか? お嬢様がそう仰るなら……」


◇◇◇◇


 茶会の前に、リオン様は私との婚約の許しをリーゼロッテに求めた。リーゼロッテはとても喜び、リオン様を激励するとエミリアと二人で話したいからと追い返していた。


「エミリア。もうそこまで話が進んでいるのね!」

「な、何も進んでいないわ。正式なお申し込みだって、お返事だってまだだもの」

「そっか。そうなの。へぇ~。でも、リオン様なら良いじゃない。前からエミリアのことを気に掛けていたし。オルフェオお従兄様より都合が良いわ」

「都合?」

「ええ。私の親類とエミリアが結婚したら、好きな時に会えるでしょ。だからオルフェオお従兄様とエミリアを会わせたのよ。リオン様ならもっと近くにいられるじゃない」


 リオン様はいずれ宮廷魔導師になるのだろう。コールマン公爵領へ嫁ぐより手近かもしれない。まさかリーゼロッテがそんな事を考えていたとは。


「そうだったの。知らなかったわ。でも、お受けするか悩んでいるの。リオン様は、私がアニスの侍女になることを阻止する為に婚約を名乗り出てくださって。ご迷惑をおかけするんじゃないかって……」

「良いじゃない。殿方は女性に頼られることが生き甲斐だそうですわ。私の婚約者様、ルシオ様もそうなのよ。──って……侍女ってどういうことですの? オルフェオお従兄様が、エミリアにそんな事をさせようとしていますの?」

「アニスの話では……そうらしいわ。オルフェオ様から直接聞いた話ではないの。でも、本当の事だと思うわ」

「それ、本当でしたら。オルフェオお従兄様には反省して頂かなくちゃ」

「リーゼロッテ、お顔が怖いのだけれど?」

「そんなこと無いわ。にっこり笑っているでしょう?」


 リーゼロッテ本人は無自覚のようだけれど、目が笑っていないから、余計気味の悪い笑顔になっていた。




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