第10話

「でも、オルフェオ様が、あんなに簡単に婚約破棄を受け入れてくれるとは思っていなかったわ」

「えっ?」

「だって、オルフェオ様はお姉様一筋でしたもの」


 そう断言してクスっとアニスは微笑んだ。

 しかし、あれのどこが一途と言うのかさっぱり分からない。


「オルフェオ様の何処が一途なの? 他のご令嬢と遊んでばかりいるような方よ?」 

「他のご令嬢の話で気を引きたかったのよ。お姉様には逆効果なのに。……性格はちょっと残念な方だけれど、私、オルフェオ様の見た目が好みなの。ほら、中身はこれからどうにか出来るけれど、見た目って無理でしょう?」

「え……ぇぇ。そうかもしれないけれど……」


 確かに、オルフェオ様は美男子だ。

 金髪碧眼でリーゼロッテと似ていて、絵本に出てくる白馬に乗った王子様みたいに神々しい。


「私、オルフェオ様をずっと隣で見ていたいの。初めはお姉様の婚約者様だから、お姉様の後ろから見ていることで満足だったわ。でも……お姉様を見ていたら、オルフェオ様に腹が立ってしまったの。お姉様を悲しませてばかりだから。この屑は、私じゃないと駄目だなって……。さすがに、お姉様を侍女にして、二人とも面倒みてやるって発言は気持ち悪いなって思ったけど」


 アニスはブルッと身体を震わせて、あの屑っぷりは調教し直さないと、と言って温かい紅茶に手を伸ばした。


「そうね。気持ち悪いわ」

「でしょう? でも、私が思っていたより、オルフェオ様はお姉様に固執してるみたいだから、正式に婚約を申し出られる前に、さっさとこの家から出ていってしまうしかないわ」

「出ていくって……」


 婚約はきっとオルフェオ様が妨害する。

 それ意外に家を出るとなると、シスターになるしか思い付かない。


「ねぇ、宮廷魔導師見習いって、それなりの貴族のはずよね。魔導師様は貴重な存在だし、きっと公爵家でも無下には出来ないはずよ。その方と結婚してしまいましょう!」

「な、何を言っているの? そんなの……オルフェオ様に邪魔されるに決まっているわ。それに、ご迷惑はかけたくないのっ」

「ライナーから聞いたわ。良い感じらしいじゃない。リオン様って言うのでしょう? その方、ライナーに尋ねたそうよ?」


 アニスはやけに勿体ぶった口振りで言い、不適な笑みを浮かべ、私が困っていると続きを口にした。


「エミリア様は、どんな男性が好みですか? って」

「ぇっ!?」

「直球でしょ? その聞き方があまりにも可愛らしかったらしくて、ライナーったら、焦って混乱してしまって、オルフェオ様の事をお話ししたんですって」

「オルフェオ様ですって? 全く好みではないのにっ」

「でしょう? でもライナーはね、他のご令嬢とばかりお遊びになって、妹のアニスお嬢様に手を出した元婚約者様とは正反対の方が良いと思いますって言ったんですって」

「成る程……」


 でも、そんな話をいつの間にしていたのだろう。


「それで終わりじゃないわよ。そしたらね。──今まで遠慮してこなければ良かった。って、真顔で仰ったそうよ」


 明日からが楽しみね。とアニスは微笑み、オルフェオ様は直ぐにでもリオン様を権力で潰そうとしていたから、リオン様を守るようにリーゼロッテにお願いした方がいいと言い残して部屋を出ていった。


 婚約を破棄された日から、アニスとはちゃんと話してこないでいた。アニスも私を避けていたし、私もなんて声をかけて良いのか分からなかったから。


 でも、アニスはいつも、ここまでなら許されるなっていうギリギリのところまで甘えてくる子だった。

 アニスは分かっていたのだ。

 私がオルフェオ様を欲しいと言えば譲ってくれることを。

 私がオルフェオ様に執着していないことを。

 むしろ心の何処かで軽蔑していて嫌っていたことも見抜いていたのだ。


 アニスが私を大切に思っていてくれて嬉しかった。 

 でも、男性の趣味は理解できないし、オルフェオ様にアニスを任せることは心配だけれど、家のことを考えると何も言えなくなってしまう。

 アニスは嘘をつける子ではないから、オルフェオ様への気持ちも本当なのだろうし、応援してあげたいけれど、心の中にモヤモヤが残った。


 明日はリーゼロッテのお茶会がある。

 でも、昼前には邸を出よう。オルフェオ様がリオン様に迷惑をかける前に、何とかしなくては。


 ◇◇


 ライナーと城へ着くと、すぐにリオン様か出迎えてくれた。魔法使いだからだろうか、私が来るのが分かるみたい。


 昼食に誘われると、ライナーは今日は自分が、と息巻いて、街に買い出しへ行ってしまった。なので、私はリオン様と二人で工房へ向かった。


 でも、リオン様に会えて良かった。もしかしたら、もうオルフェオ様が手を回しているかもしれないと心配だったから。


 部屋に着くなり、私は早速話を切り出した。


「あの。リオン様。実はお話ししたいことがありまして」

「コールマン公爵のことですか? それでしたら気になさらないでください。俺はただの見習いですから。辞めさせられたりしませんよ」

「ほ、本当ですか? お城を追い出されちゃうとか……」

「ありません。ですが、公爵様には相当嫌われてしまったみたいですね。もしかして、エミリア様も変な要求など、されていませんか?」

「それは……」

「仰ってください。俺に出来ることでしたら、何でもしますから」


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