第9話
◆オルフェオ視点◆
「独りで過ごす方が嬉しゅうございます。オルフェオ様と過ごすよりも、何倍も有意義でしょう」
エミリアは俺の目を見てそう言うと、甘いミルク味の飴を驚いて飲み込んでしまいそうになって咳き込む俺を一瞥して部屋から出ていった。
「オルフェオ様。大丈夫ですか?」
アニスが心配そうに俺の背中をさすってくれる。
気のきく女だ。エミリアと違って。
アニスはエミリアの事を熟知している。
だから俺は尋ねた。
「今、エミリアは何と言った?」
「恐らく、オルフェオ様と私の仲が良すぎて、一緒にいるのが辛いのではないでしょうか?」
「そうか。それは面白い。……そうだ、アニスは知っているか? 宮廷魔導師見習いの……名は忘れたが、黒髪の小僧だ」
「さぁ? 私は存じ上げません」
「まぁ、明日には宮廷魔導師見習いですら無くなるだろうがな」
あの宮廷魔導師といる時のエミリアは、リーゼロッテと過ごしている時のように自然な笑顔だった。
気に入らない。あんな奴は速攻排除しなくては。
もしかして、本当はアイツと一緒になりたいから、エミリアはあんなことを言い出したのだろうか。
俺は、先日エミリアに言われた。
アニスと婚約してはいかがでしょうか。と。
正直、嬉しかった。
エミリアがアニスに嫉妬したのだ。
今までどんな女性の名を出しても何も言わなかったエミリアが、実の妹には嫉妬した。
だから、つい調子にのって婚約を破棄した。
より気持ちを逆撫でる為に、アニスにキスもした。
エミリアが、いつ頭を下げてくるかと楽しみだった。
それなのに、エミリアは別の男の前で笑っていた。
やはり許せない。
アニスが言っていたように、完璧な俺とは不釣り合いだと思っているのだろうか。自分の気持ちを言えず、妹や俺に遠慮して、あんな奴で寂しさを埋めようとしているのだろうか。
それなら……。
「アニス。結婚したら、エミリアをアニスの侍女にしよう。姉妹二人とも、俺が面倒を見てやろう」
◇◇◇◇
棚に飾ったチューリップの花束。そして入浴剤のラベンダーの香りが仄かに私から香る。
オルフェオ様には腹が立ったが、リオン様から頂いた入浴剤の試作品を使ったら、嫌なことはすっかり忘れてしまった。
湯に入れると玉はスッと溶けて淡い紫が広がり、それと同時に紫色のパンジーが水面に咲き、ラベンダーの香りに包まれた。肌はツルツルになったし、何より重苦しかった心が解れていった。
でも、オルフェオ様はリオン様を宮廷魔導師でいられなくすると言っていた。リーゼロッテに頼んで、何とかそれだけは阻止したい。こんな素敵な物を作り出すリオン様の足枷には、絶対になりたくない。
チューリップの花束にそっと触れた時、ノックの音が響いた。
「お姉様。少し、よろしいかしら」
「ええ。どうぞ」
アニスはひょこっと扉から顔を出すと、お茶を持って部屋に入ったきた。婚約を破棄してから、何となくお互い避けてしまい、こうして部屋に来るのはいつ振りなのか思い出せない。
アニスは普段通り向かい合ってソファーに腰掛け、お茶を一口飲むと話し始めた。
「あのね。オルフェオ様が……お姉様を、私の侍女にしようって仰ったの。きっと、一生お姉様の結婚を妨害するつもりなのよ」
「えっ。それ、お父様はなんて?」
「まだ言ってないわ。きっと、私と正式に婚約を交わす時に、条件として付けてくると思うわ」
自信たっぷりにオルフェオ様の行動を予測するアニス。
しかし、話されてもどうせ私に防ぎようもない。
まさか、オルフェオ様の様に、アニスも私を嘲笑いに来たのだろうか。
そうだとしたら、悲しすぎる。
「そんな。……でも、どうしてその話を私にするの?」
「だって、お姉様は嫌でしょう? オルフェオ様と一緒にいることが。だから私……」
アニスは言い掛けた言葉をつぐみ、俯いてしまった。
「アニス……。もしかして。私の代わりに……」
「違うわ。私はオルフェオ様が好きだから、婚約したいの! お姉様みたいに、好きでもないのに家の為に婚約するのではないわ」
「知っていたのね。私の気持ちを」
「ええ。お姉様なら、オルフェオ様を私に譲ってくれるって分かっていたわ」
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