第12話
それから毎日、私はリオン様の工房に通っている。
勿論ライナーも一緒に。
試作品の話をしたり、王都のお店でお買い物をしたり。リオン様は年下であることを気にしているみたいだけれど、いつも私をエスコートしてくれる。オルフェオ様と比べるのは申し訳ないくらい紳士で素敵です。
それから、また別の試作品も頂いた。それがもう私の脳内では理解しきれないほど高度な技術が使われているような代物だった。
今、隣国やこの国で使われている魔道具は使いきりの物らしい。魔法使いが魔力を込めることで効果を発揮しているとか。
花の香りがする小箱はリオン様の魔力が切れたら普通の小箱になる。ただ、結構念入りに作ったから百年は持つだろうと言っていたけれど。
入浴剤はその場限りだし、隣国の魔法を使った武器は、魔法使いしか使えないか、魔力が切れたら魔法使いにもう一度魔力を込めてもらわないとならないそう。
そこで、リオン様が開発したのが魔力結晶だ。
先日露店で購入した石に魔力を込めて作ったもので、この石を取り替えるだけで魔法使いじゃなくても魔法道具を使えるようになるというものだそう。
石によって道具と魔力との相性がどうとか、色々実験中らしい。
「エミリア様。これを持っていてください。魔力結晶のネックレスです。お付けしてもよろしいですか?」
私は頷き、右手で髪を上げ、うなじを出した。翠色の宝石が付いたネックレスをリオン様がぎこちない手付きでつけてくれた。
「これは、どのように使うのですか?」
「それがあれば、試作品の効果が上がるかもしれないので、試しに着けていていただいていいですか?」
「はい」
「一つだけ注意していただきたいことがあります。──」
私はネックレスの注意を聞き、いつも通りライナーと邸に帰る。素敵なネックレスをいただき、どうしてか私よりもライナーが興奮していた。
「お嬢様。素敵ですね。いいですね。楽しいですね」
「ライナー。リオン様のこと大好きなのね」
「はい! ご結婚されたら私も付いていきます」
「もう。気が早いのだから」
「あ、またいらしてますね。オルフェオ様」
邸にはオルフェオ様の馬車が停まっていて、ライナーはあからさまに不機嫌そうに眉をひそめた。
◇◇
邸に入ると両親とオルフェオ様が向かい合って座り、重い雰囲気に包まれていた。
父は私に気付くと険しい顔のまま言った。
「エミリア。お前は二階に行きなさい」
「ブロウズ伯爵。エミリアも関係する話ですから、同席させてください」
「私は認めない。娘をぞんざいに扱うのは止めていただきたい」
父は怒りをひた隠しながら、オルフェオ様へ丁寧に言葉を返した。
「はははっ。私との婚約を破棄されて、エミリアは行くところがないだろう。だから、アニスの侍女に付けて私が面倒を見て差し上げるといっているのですよ。毎月それなりの援助はさせていただきます。とても良いお話しではありませんか?」
「何をふざけた事を。アニスとの婚約は認めますが、それはなりません」
「ブロウズ伯爵。ご自分の立場を理解されていないようですね。こちらの条件を満たせないのでしたら、残念ですがアニスとの婚約はできません。エミリアはつまらない女ではありますが、公爵家に嫁ぐ為の教養を身に付けています。教養のないアニスを迎えるには、彼女が必要なのです」
オルフェオ様にアニスを無学と馬鹿にされ、母の顔つきが変わった。
「お、オルフェオ様っ。お言葉ですがアニスも成績は良いのですよ。エミリアに憧れ、マナーだって──」
「ブロウズ伯爵夫人。私の父、コールマン公爵は、エミリアの事を気に入っているのです。ですから、こちらに何の得もないブロウズ伯爵家の娘ですが婚約を結んだのです。エミリアがいないと、アニスとの婚約は認めて貰えないのですよ。──すまないな、アニス。私の力が及ばず、君一人では父が納得しないのだよ」
アニスは笑顔でそれを聞き入れ、オルフェオ様の言葉を肯定するように頷いた。
「オルフェオ様の仰る通りですわ。エミリアお姉様はこのブロウズ伯爵家で教養を積み、素晴らしい女性に成長致しました。後二年すれば、私もエミリアお姉様と同じ歳になります。その頃には、私も今より教養を積み、姉に劣らぬ淑女になっているでしょう。それでは……駄目ですか?」
「ん?」
「ですから、二年お待ちいただけませんか?」
アニスの切り返しに、オルフェオ様は暫く硬直し、しどろもどろしながら言葉を返した。
「……いや。ま、待て待て。二年だと? だ、駄目だ。父はエミリアを気に入っていて──」
「ですから、私がお姉様より気に入られてみせます。お時間をください。──でも、それを駄目だと仰るのでしたら。エミリアお姉様を気に入っていらっしゃるのが、オルフェオ様だからではありませんか?」
「違う。エミリアのような笑わない女など嫌いだ!」
その言葉を聞くと、アニスはフッと息を漏らし上品に微笑んだ。
「それ、オルフェオ様の前では笑わない。の間違いですわ。お姉様は良く笑いますもの」
「ち、違う。アニス、どうしたのだ。君はいつも私の味方であったではないか」
「はい。私はオルフェオ様の事が大好きです。だから、私の事を……私だけを、見て欲しいのですっ」
そう言ってポロポロと涙を流すアニスに、オルフェオ様は戸惑い、扉の前で立ち尽くしていた私へと視線を伸ばした。
「え、エミリアっ。お前のせいでアニスが泣いているではないか。両親を説得してお前が侍女になれば全て上手く……」
オルフェオ様は私の胸元のネックレスを見て言葉を詰まらせ、急に立ち上がると、ライナーの制止を振りほどき私の肩を強く掴んだ。
「また、あの宮廷魔導師か!? こんな物っ」
「や、止めてくださいっ」
オルフェオ様が魔力結晶に手を掛け引き千切ろうとした時──バチンっと音がしてオルフェオ様の手は跳ね返され、反動で床に尻餅を付いてしまった。
「え、エミリアっ。な、何をしたのだっ!?」
「も、申し訳ございません。このネックレスは外せないのです。貴重な結晶が使われていて……」
「悪用されると危険な為、防犯対策がされております。エミリア様は何もしておりません」
私とオルフェオ様の間に入り、ライナーは土下座して非礼を詫びた。しかしその言葉にオルフェオ様は顔を真っ赤に染め上げていった。
「ななな何だとっ!? 俺が泥棒だとでも言うつもりかっ!」
「──はい。そのように魔力結晶は判断いたしました。コールマン公爵子息様」
私の背後から声を発したのは、リオン様だった。
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