第28話 パンイチおっさん
アリス達が無事に帰還した。しかし、都市はかなりの損害を受けたそうだ。
次の戦いに備えて各都市では態勢を整えている。損害の大きな都市は冒険者の派遣を要請してきた。
俺は損害の程度に合わせて冒険者を派遣した。
絶対中立都市からアリスの元へ使者が来た。大活躍したみたいだから良い報酬が貰えるだろう。多分、MVP賞だな。
「付与のスキル書ね。シャルロットにあげる」
既にスキルを持っているアリスはあっさりとシャルロットに報酬を譲った。
「ずっと遊んで暮らせるくらい高価ですよね?」
俺達はスキル書の価格を再設定をした。『付与』のスキルは都市予算レベルに高額だ。
「遊んで暮らす気なんて無いわ。シャルロットもそのスキルが必要なはず」
シャルロットが『付与』のスキルを使える様になった。これで装備品が更に強化される。
だが……危ういな。
ゲームクリアという目的だけを見過ぎている。多少の余裕が無ければ良い結果は得られない。俺は仕事を必死に頑張り過ぎて潰れる人を何人も見てきた。ここはケアするタイミングだな。
「今日はパンイチLV5を使うかな? どうするアリス?」
「え? い、いいの?」
アリスの張り詰めて硬くなっていた表情が柔らかくなり、薄っすらとピンク色に染まった。
冒険者ギルドに派遣依頼が殺到している。都市防衛で被害が大きかった都市が戦力を少しでも補充しようと動いていた。
これを機に冒険者から兵士に転職する者もいる。かなり良い条件で転職出来るからな。俺が育てた冒険者の数名が隊長待遇で兵士になった。喜ばしい事だ。盛大に祝って送り出してあげた。
「せっかく育てたのに惜しくないの?」
アリスにそう聞かれた。
「惜しくないな。鍛え抜いた冒険者が兵士として立派に活躍すれば、冒険者ギルドの育成が優れている証明になるからな」
決して強制はしないが、引き留めるのは育成途中者だけだ。
「実は……『ワンダーランド』を退団して、自分でクランを立ち上げたいって人が居るの」
「クランに不満あるって訳じゃあないんだろ?」
自分がリーダーとしてクランやパーティーをやりたいって人はどんなゲームでも必ず居るからな。
「ええ……」
「ならサポートしてやろう。冒険者ギルドとして良い人材を紹介する。この前のパーティーメンバーはどうだった? 評判の良い者達を集めたんだが?」
きっとアリスは自分に何か問題あったんじゃないかと思い詰めているのだろう。メンバーの退団は初めての経験だからな。
「みんな良かったけど……そうね、あの魔法使いには光る物を感じたわ」
「ふむ。アリスからの推薦という事で声を掛けてみよう」
アリスのクラン『ワンダーランド』は名実共にトップクランだ。評判の良い冒険者でも簡単には入会出来ない。
「元『ワンダーランド』のメンバーがその団長と冒険者ギルドのサポートを受けて立ち上げたクランなら信頼も増す。まだクランに入ってない者達の有力な選択肢になるぞ」
「そ、そうね……まだ何人か心当たりがあるから聞いてみようかな」
「シャルロットにも職人を紹介してもらおう。専属職人が居れば更に活躍出来るからな」
それからアリスは退団メンバーのクラン立ち上げを親身になって支援した。その事はアリスの団長としての器の大きさを周囲に広める事となった。
『テッサロサ』の序盤は少人数のパーティーで十分戦っていけるが、中盤からは大人数のクランが必要になってくる。
ソロ志向の俺にはキツい仕様だったがマッチングシステムが有ったので、時間は掛かったが何とか乗り切れた。
中盤の始まりを告げるはずのオークのスタンピード、通称『オークカーニバル』イベントがまだ起こっていないのは不気味だ。先に最中盤で起こる攻城戦イベントが発生したからもう無いのか?
「伝令! 敵の第2波が来ます! 今度はゴブリン軍も従えているとの事!!」
冒険者ギルドに伝令が飛び込んできた。
ゴブリンだと? 人とゴブリンがセットで攻撃してくるなんて聞いた事がない。
まずは念入りに偵察を行い、敵の様子を探った。
敵の動きが俺のゲーム知識と違う……
「嫌な予感がするな……」
だが確かめたい事もある。俺達に段取りは前回と同じ。まずは暗殺を仕掛ける。
元ギルマスの騎士団長は城攻めはせずに平地での戦いを選択した。まだこちらの戦力が上と見ている様だ。完全に優勢なら敵城を攻めた方が土地が荒れなくていい。劣勢なら外壁を利用した防衛戦の方がいい。
暗殺部隊が城に忍び込み、作戦を遂行した。
俺は少しだけホッとした。また酒屋の兄ちゃんが王の寝室に居たからだ。
なぜ酒屋の兄ちゃんがモブキャラなのかは分からんが……
中盤までは暗殺がよく効く。終盤は暗殺失敗が急増する。スキル『隠密』を見抜く敵が増えるのが要因だ。
都市軍は城から出て素早く有力な地形に布陣した。敵も城から出て平地に布陣した。
アリスのクラン『ワンダーランド』のメンバー達10名と一緒に戦いを見守る事にした。小高い丘から戦況を見て、いつでも援軍に出れる様にした。
戦いが始まると呆気なく都市軍は勝利して敵軍が撤退して行く。大きな川の前まで追い込まれた敵軍は再び陣形を整え、何とか反撃しようとしている様だ。
「あれは背水の陣ね……」
そうアリスが呟いた。確か退路を無くし必死に戦うしかなくす陣形だったか?
しかし、何かがおかしいと俺は感じた。一部の敵の動きに違和感を感じたのだ。
「待て! あわてるな。これは孔明の罠だ」
聞いた事がある有名な計略に状況が似ているぞ!
「違う。孔明じゃない。私、三国志全巻持ってるから」
「え!? そうなの?」
俺はロールプレイングゲーム専門だからシュミレーションゲームはあまり知らない。ちなみにアクションゲームもやらん。三国志と言えばシュミレーションかアクションだ。
「罠なのは合っているかな。多分、これは十面埋伏の計。敵を追った先に10箇所に分かれて伏兵がいるはずよ」
アリスが敵の伏兵ポイントを予測してメンバーに伝えた。指示を受けたメンバー達が散らばって行く。
「索敵スキルがあるのに伏兵って意味あるの?」
索敵スキルの高いアリスでも距離が離れていると感知するのは無理だ。しかし、敵を追い掛けている都市軍なら索敵感知可能だと思うだろうな。
「伏兵の敵はポップするから索敵不可能だ。湧いた瞬間に索敵に掛かるけど即、戦闘だ」
「なるほど……完全にモブね」
だが、そのモブキャラもこの世界へ出現した瞬間に俺達と変わらない存在になる。負けたからといって消える事は無いのだ。前回の戦いで発生した大量の敗残兵は奴隷扱いになった。農奴なのでそこまで酷い扱いは受けないと思うけどな。
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