第25話 ショックおっさん

 各地から選抜したメンバーをアリスのクラン『ワンダーランド』へとスカウトし、魔王討伐の準備を整えるのが俺の役割だ。大迷宮都市とその周辺都市全ての冒険者に関する情報を持っている俺なら楽な仕事だ。当然だが強さの他にも人格を考慮してスカウトしている。



 魔王の居るダンジョンには他とは違う特徴が有る。それは第1層から高レベルの魔族が出現するという事だ。その特徴から俺達が暮らす大迷宮都市のダンジョンには魔王は居ないと分かっている。だが未だに大迷宮都市のダンジョンは未踏破だ。


 クラン『ワンダーランド』は現在37層まで踏破した。勿論、大迷宮都市ダンジョンの最深記録だ。まだ底を見せない大迷宮都市ダンジョンは超大当たりダンジョンの部類だ。ダンジョンは深ければ深い程、強い敵が居るし良い宝や素材が手に入る。

 クランには様々なジョブで参加している。メンバーを育てる目的の他にジョブを探す目的がある。


 ゲーム『テッサロサ』には多数のジョブがある。全ての転職条件を覚えるなんて俺には無理だった。スマホで調べればすぐに分かる事をイチイチ暗記する程、俺は暇じゃない。決しておっさんだからすぐ忘れるって訳じゃあない。

 俺はクランでは器用貧乏の代名詞である『魔法剣士』をやっている。状況に応じて立ち回りを変化させれるので中々いい。

 アリス、シャルロットの3人パーティーの時は重装備可能な盾役『ダークナイト』と軽装備で回避盾役の『アサシン』のどちらかをやる。

 あくまでクランに合わせたLVの『魔法剣士』に比べて『ダークナイト』と『アサシン』のLVは遥かに高い。


 アリスはクランでは回復役の『白魔術師』で3人パーティーでは『ホーリーランサー』だ。

 シャルロットはクランでは非戦闘員だ。生産職としてクランの装備を作成やメンテナンスしてくれている。常に万全の最高装備を用意してくれる生産職がクランに居るという事は、最速でクリアを目指す者達にとって重要な事だ。シャルロットの存在はクランにとって計り知れない程に大きい。3人パーティー時は『黒魔術師』だ。


 俺、アリス、シャルロットの3人パーティーで大迷宮都市ダンジョンの35層まで行ける。クランの18人パーティーで37層が最深記録なので3人が飛び抜けた実力を有しているの分かるだろう。


 全てが順調に進んでいる。恐ろしいくらいに……


 『テッサロサ』はそんなゲームじゃない。その事を俺はよく知っている。例えばあの序盤早々のあり得ないタイミングで起こった『ブチ切れコンボ』だ。


 静かな時が長い程、その反動は恐ろしい。



 そして事件は勃発した……



 各都市周辺に突如として西欧風の城が現れたのだ。ゴブリンの野城とは明らかに違う立派な城だ。


「正体不明の城から宣戦布告!! 3日後に総攻撃を開始するとの事!」


 正々堂々と宣戦布告して来やがった!!


「敵は想定していたオークじゃありません! 人間です!!」


 中盤のイベントは醜い豚の顔をした巨体の魔物『オーク』のスタンピードだったはず……まさか人間が相手とは……

 頭の悪いオークと人間とでは戦い方がまるで違う。だが俺は常に対人戦を想定して準備を重ねてきた。アリスもシャルロットもだ。

 当然、俺が管理する冒険者ギルドにおいても対人戦の訓練を推奨してきた。


 さて……どこまでやれるかな?


 大迷宮都市は目の前に敵が現れたのにも関わらず静かものだ。


 俺は冒険者ギルドに併設されているトレーニングジムで軽く汗を流した。同じ様にトレーニングしている者が数名いる。トレーニングを終えたら念入りに体を洗った。


 そしてギルドマスター室の椅子に腰掛けた。


「私はアンタが心底恐ろしいよ。ここまで先が見えるとはね。予知のスキル持ちかい?」


 都市評議会議長(元道具屋のおばちゃん)が俺の所に雑談しに来た。暇らしくちょくちょくここに来ては雑談して行くのだ。


「そんな便利なスキルはないな。ただ最悪を想定して訓練しているだけだ」


「まあいいさ……これでアンタが対人戦に拘り過ぎると文句を言っていた連中も黙るしかないね」


 俺の考えが中々受け入れられないのは分かっていたが、強引に対人戦強化を推し進めたのだ。


「魔王もその配下の多くも人型だ。無駄にはならないからな」


「他の都市は耐えれるかね?」


「ゴブリンのスタンピードで受けた屈辱返すのはこの時をおいて無いだろう?」


 アリスのクラン『ワンダーランド』のメンバーを自分の出身都市へと帰らせた。それだけでも大幅な戦力アップだ。何と言っても全員が対人戦のエキスパートだからな。


 俺は常に警鐘を鳴らしてきた。後は自分達次第だろう。


「救援の要請ならいつでも受けるぞ? 高いがな」


「アンタを信じていなかった都市は高い代償を払う事になりそうだね」


 議長が直々にクエストを発注した。ある地方都市の救援依頼だ。


 何かと俺に反論してきた都市代表の所だな。


「アリスと他5名の1パーティーを派遣しよう」


「すまないね。ではにここを出ておくれ」


 3日後か……さすがは商売上手な議長さんだ。冒険者ギルドに払う数倍の金を貰うのだろうな。まあいいさ。こちらの実力を分からせるのに良い機会だ。


 大迷宮都市では着々と戦闘準備が整っていく。冒険者には何も指示は出していない。防衛隊のお手並み拝見ってとこだ。


 しかし、俺は勝手にやらせてもらうぞ。


 真夜中。冒険者ギルド前に黒装束を着た部隊が集まった。俺が育て上げたアサシンと忍者で構成された特殊部隊だ。


「欲張るな。1人1殺でいい」


 俺からの指示はそれだけだ。指揮官、幹部クラスを暗殺する。ご丁寧に宣戦布告までしてくれたが3日も待つ気など無い。


 即、殺す。


 俺達は夜闇に紛れ、城へと潜入した。全て訓練通りだ。野城以外に西欧型の城も想定済みだ。


 まさか初日に襲って来るとは思っていなかったのか警戒があまりに薄い。

 声を出す事無く、ハンドサインのみで合図を交わして特殊部隊が散っていった。

 ちょっとしたプレゼントを用意しておいた。飲み水と食料に毒を混ぜてあげるのだ。


 俺の目標はあくまでボスだ。


 王の寝室と思われる豪華な部屋に潜入した。影武者の可能性もあるがそれでもいい。


 ナイフを突き刺して音も無く暗殺を成した。


 どんなヤツなのか気になったので顔を見たら……


 おいおい……マジか……



 酒屋の兄ちゃんじゃないか……




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る