第12話 裏パッチ管理者

 新テッサロサのベータ版が始まったので記念の祝杯をあげる事にした。

 私は冷蔵庫から特別な日に飲む為に準備しておいた日本酒『NO7』を取り出した。


「とっておきを出しちゃうよ〜〜」


「アドミニストレータ。バグらしき現象が発生しています」


 突然、フグミンのイケメンボイスがそう私に告げた。まだベータ開始から1分も経ってないじゃん!


「ど、どんなバグかな?」


 取り敢えずグビグビと日本酒は飲んでおく。


「プレイヤーに個人差が生じています。仮想世界のキャラクターが現実世界の個性から影響を受けた状態でキャラクターメイキングされてしまいました」


「よく分からない……もう少し簡単に説明して」


 決して酔っ払った訳ではない。


「リアルで不器用なおじさんはゲームでも不器用、リアルで器用な美女はゲームでも器用です」


 おっちゃん……ダメなのか……


 苦しんでいるんだね……ごめんよ……


「おっちゃんでもゲームが楽しめるようにして!」


 おっちゃんだけ除け者なんて絶対に駄目!


「一旦、サービスを停止し、システム改修の為のメンテナンスする事を推奨します」


「だ、駄目よ!! サービス開始からまだ数分しか経っていないわ! すぐメンテなんかしたらSNSで炎上しちゃうのよ!」


 全くフグミンは分かっていない! いくらスパコンといっても世間の常識を知らないから困る。


「ここは裏パッチの一手……そうね……おっちゃんの好きな飲み物『ビール』を実装! ビールには特殊効果として個人差是正効果を付与。これでいくわ!」


 裏パッチとはユーザーに告知しないでコソッとプログラムに簡単な修正を加える事だ。これならサービス停止を伴うメンテナンスをしないでも修正可能だ。私が頻繁に使用する定石技(最善とされるいつものやり方)である。

 ビールを飲めばおっちゃんの機嫌は良くなるから炎上しないはず。さすがリアルでAI超えのスキルを有する私。こんな最善手がサラッと湧き出る。


 私は最高の気分で4合瓶を空にした。何度飲んでもこの日本酒は美味しい。さすが帝都大卒のイケメンが作っているだけはある。


「他に不具合はあるのかな?」


「不具合ではありませんが装備無し、少ない所持金で開始するのがキツすぎるみたいです。これでは一般人のプレイが困難です。緩和を提案します」


 うーむ……エクストラハードモードだからと気合いを入れて、厳しい設定にしたのが失敗だったのか……フグミンが提案するって事はかなり深刻ね。


「じゃあ、そこはハードモードと同じにする」


「了解しました。既にベータテストへ参加している方への対応はどうしますか?」


 難しい問題ね……後から開始した人の方が有利なんて事にしたら大炎上確実なんだよ。


「初期ベータ参加者には特典としてその人の状況に合ったスキルと装備を『ギフト』としてプレゼントでいくわ」


 後からは得られないスキルと装備を貰えれば文句ないよね。

 

 私には理解出来ないんだけど、ベータ開始から30分しか経っていないのにゲームの世界では既に6か月も経過してるんだって! 時間加速ってヤツらしい。

 6か月って事はそろそろ村が発展する頃ね。それから各地にダンジョンが形成され、本格的な冒険が始まる。


 序盤のヤマ場……おっちゃん……頑張って……


 そう願った時、私の神レベルなシックスセンスがビビっときた! ビビッとラブ!!


 頑張るおっちゃんに愛のエールを送ろう!


「フグミン! おっちゃんには追加でエールを樽でプレゼントよ」


 ここで言うエールとはファンタジーの世界で定番のビールもどきの意味だ。日本のビールとは違った味わいがあるらしい。実際に飲んだ事は無いけどヌルいクラフトビールみたいなイメージを勝手に持っている。


「このエールには運アップの隠し効果を付与。これで今まで不利を受けたおっちゃんも輝くはず!」


 6か月も耐えたおっちゃんにお詫びの品ね。


 輝けおっちゃん!!!!


 最高の仕事をしたわ。6か月分の仕事をしたような気分よ!

 不意にクラフトビールが飲みたくなったので冷蔵庫からモナモナエールを持ってきた。美味しい国産クラフトビールだ。

 栓を開けるとプシュっといい音がした。


「アドミニストレータ。ダンジョンがそろそろ完成しそうです。ボス、中ボスの新たなデザインがまだ届いていません」


「あ、あれ? どうしたんだっけ?」


 全く覚えが無いし、どうでもよくなってきた。取り敢えずクラフトビールを飲み干す。


「気合い入れて作り直すと力説していました」


「そ、そう?」


 まずい……全然記憶にございませんです。ここも定石技で乗り切る他ない!


「間に合わないから使い回しよ。名前と色だけ変えておいて」


 ふふふ……困った時の色違い! 予算も節約になるからイイ! 浮いたお金でお酒を買おう。ひょっとたらもう使ったのかもしれないけど。そう言えばいつの間にか色違いの日本酒用冷蔵庫が増えてた。


 しかっし細々と面倒くさ……


「フグミン、エクストラハードモードでもみんなが楽しめるようにしてね。重要な問題以外の事はしばらく任せるわ」


 ええ! 丸投げです!! 


 今日は得意技連発で絶好調!!


 今日も元気でビールが美味い。最高ね!!




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