第49話 良いお年を
俺とアリナの関係性について、みんなは追及してこなかった。
この忘年会で一番危惧していた部分だったが妙な気遣いに俺は救われた。しかし彼らの立場になってみれば追及がなかったのは当然のことだった。この場にはアリナがいる。俺1人だったら耳が2つじゃ足りんほど質問されていただろう。不機嫌なアリナは誰だって見たくない。
話題は変わりに変わった。
誰それが実は裏で付き合ってるだとか、仙台駅に新しい店が開いただとか、ある他校が共学になるだとか、座っているだけで俺の知識が更新されていく。
不思議な気分になった。この面子で年末に集まるなんて1年前の俺が知ったら「お前は普通の帰宅部員になっちまったな」とため息をついていただろう。現実感がねぇ。しかも目の前にはアリナがいる。別宇宙に放り込まれたって言われても信じちまう。
忘年会は制限時間がやってきて終わった。
もう腹には米粒一つ入らない。店から出ると顔に冷気がかかってきて心地よかった。クリスロード商店街の中はまだ人が行き交っていて、年末らしい雰囲気はもうしばらく続きそうだった。
「じゃあ、みんな良いお年を!」
鶴がそう言った。良いお年を、良いお年を、とそれぞれ口ずさむ。
高校生はこの時間が頃合いだ。補導されたら良いお年になんぞならん。俺は別れる前にアリナに一言声をかけておいた。
「まっすぐ家に帰れよ。寄り道したら迷子になるぞ」
「あんたも無事に自分の犬小屋に帰れるといいわね」
「誰かに声かけられたらその調子で追い払っとけ」
俺は手をポケットに突っ込んで背を向けた。
印象の悪い行動だが実は家を出る前、宇銀にお土産を買う約束をしていたのだ。早いとこ足を運ばないと店が閉まっていってコンビニだけになってしまう。
俺は駅のペデストリアンデッキで繋がっている店に立ち寄った。
宇銀が喜ぶのは食い物だろう。食品売り場に行き、デザートの一角でシュークリームとカフェオレを選んだ。
これで後腐れ無く新年を迎えられる、と思った矢先。ばったりアリナと遭遇した。
「よ、よう……」
「私のこと追っかけてきたわけ?」
「ちげーよ。妹の宇銀に土産を買ってやる約束してたんだ」
「そ」
アリナは腕を組んで直立していたが、彼女は背を曲げ、組んだ腕は腹に下がって笑い始めた。アリナらしくない姿に戸惑う。その異変の正体はすぐにわかった。
「そういうことか」
「やっぱり、わかる?」
あの優しい方のアリナだった。
「ちょっとアリナにお願いしてね。出てきちゃった」
「お願いしたら代われるもんなのか? もっと条件が厳しいもんだと考えていたぞ。ますます二重人格ってものがわからん」
「私もよくわからないんだ。でも最近ね、『代わってくれないかなぁ』って思うとするっと交代できちゃうことが多くって。直接会話してるわけじゃないけどね」
「……俺には理解しにくい感覚だな」
「私も同じ気持ち」
もう1人誰かがいるとどんな気分なのだろう。お互い遠慮とかしないのだろうか。秘密にしたいことも隠せないじゃないか。プライベートってどうなってるんだ。
「それにしても今のアリナは本当に比類なき美少女だな」
「うわっ。やめてよ、年末にそんなこと言われたらびっくりするよ」
「ギャップがすげぇってことだ。どうして出てきたんだ? 何か理由があるんだろ?」
「うん。実は私の方が彗を追ってたの」
「だろうな。偶然とは思ってない」
「お礼……を言いたくて。あの、ありがとうございます」
アリナは腰を折ってお辞儀した。
「な、なんだなんだ。頭を下げんでくれ」
「私のワガママに応えてくれてありがとう。アリナの支えになってくれたお礼を言いたかったんです。文化祭の時はもう関わらなくていいって言ってしまったけれど、それでもそばにいて嬉しかった。ありがとう。来年もよろしくお願いします」
繊麗な彼女は小さく微笑んでまたお辞儀した。
「……本当にお前は優しいな。初めて人間扱いされた気がする」
「そうかな。アリナには痛々しいからやめて、って怒られちゃうんだけどね。もっと強気でいなさいって」
「あいつらしい」
「でもこれが私だから」
「そうだな。唯一無二だ」
「うん」
アリナは一歩下がって後ろで手を組み、
「来年、一緒のクラスになるといいね」
彼女はそう言い残して去っていった。
俺もそう願っていた。アリナと同じクラスならきっと最後の高校生活は楽しくなるはずだ。口が裂けても言えない台詞だった。
無事帰宅して宇銀にお土産を渡した。
「ありがとー! 中身は?」
「シュークリームとカフェオレ」
「わーい」
「たんと味わいなさい」
喜んでくれたようで早速コタツの上で手を付け始めた。
自室でパジャマに着替え、再びリビングに戻ってコタツに足を入れた。宇銀は「うまいうまい」と呟きながらシュークリームを頬張り、満足しているようだ。
スマホが鳴った。アリナからメッセージだ。
〈忘れて〉
3文字の命令語。毒舌薔薇からだ。あの優しいアリナの言動を何らかの形で知って恥じらいでいるのだろう。
「兄ちゃんニヤニヤしてるよ。気持ち悪いよ」
「よ~く見ておくんだ。これが兄の顔だ」
「目の毒なんですけどー」
〈気が向いたら忘れといてやる〉
そう返事をした。
しばらくしてから〈良いお年を〉とアリナは返信してきた。
律儀だったり無愛想だったりと掴めない性格だ。
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