白河夜舟のスローハンド




 認定証を貰い、謎の白色のバッヂの様なものを襟に付けられた。模様は髑髏。なんとも気味の悪い代物だった。


 材質は分からないが、外で付けていると光やらに反射しまくって眩し過ぎるので外そうと試みたが、何かの引力に引っ張られているようで、ただただ腕が壊死しそうになるだけだった。


 マーフィアに聞いてみた所、これは探索者の駆除部門の最低階級のバッヂのようで、登録するとギルドで特別な処置を受けないと外せないものらしい。


 このバッヂのせいでモチベーションが下がるなんて思ってもみない事だった。


 日光を背負いながらダラダラと歩く。

 金もマーフィアに全部管理されているし、俺はただ当てもなく大通りに目を瞬かせていた。


 ふと、違和感があった。


 はて、何故にこんな世界にピエロがいるのだろう。


 カラフルなツナギを纏い、顔に個性的なメイクを施したそれは、まるで往々にする人々など意に介さず、しかし人々もそのピエロに目もくれず、まるで俺だけに見えているかのようだ、


 手には様々な色の風船。

 随分古典的だなぁ。今ならタブレット使ってるハイテクピエロなんかざらにいるのに。


 どうせなら気分転換に、と思い、ピエロに話しかける。


「やあ、ピエロさん、こんな所でどうしたんだい」


 ピエロはハッとしたような表情で、


「おや、君は物好きだね」


 とやけに甲高い声で話す。


「今時ピエロなんか流行らないだろ。それに風船なんて古風なもの持って」


「やけに顰蹙な物言いだね、でも僕はこれでも満足しているんだよ」


 本当に満足しているかのような表情で、ピエロは話し続ける。


「僕はアレだね、裏も表も見ちゃってるから」


 やけに遠回しな物言いだ。


 周りの人々が消えたような気がした。


 日光すらもかき消され、今目の前のピエロにだけ、起伏がある様に感じた。


「簡単な話だよ。表を見れば、裏の可能性がある様に、その逆もあるでしょう?」


 でも僕はどちらも見てしまった、と続ける。


 俺はこのピエロの生い立ちをし、全てを理解していた。


「その言い方は間違ってるね。アンタはんじゃない」


「そうかもねぇ。結局、単なる惰性だ」


 ピエロはユラユラ揺れる風船に目をやり、映し出されている自分の顔を見た。


「異端だ」


 ピエロが間を置いて告げる。


「そうかもね。本来、俺はあのままあの世界からいなくなるべきだった」


「僕には今可能性がある」


 と、ピエロはカラフルな風船を揺らし、俺に目配せをしてくる。





 赤の風船。



「まだ無垢なままの子供」



「えー、いらない」



 青の風船。



「勉強に追われ、受験に失敗する学生」



「ちょっとちょっと!不吉過ぎますって!」



 白の風船。


「ん…」


「ああまあ、そうだろうねえ。」


 ピエロが意味深に頷く。


「あってないような物なんだよ、そんなの可能性は」


 ピエロは、「そっか」と言いながら、目を閉じた。


「だから、戻れない」


「戻る可能性はあるよ」


 俺は笑みを深めた。


 ジリジリと背を焦がしていく光はいつの間にか戻り、人々も足音を立て、声を発しながら歩く。


「兄様、どこへ行ってたんですか」


 眉を潜めながら、怪訝な表情でマーフィアが寄ってくる。

 男性一人は危ないんですから、もっと危機感を持ってくださいという内容の説教を受け流す。


「それで、何を」


「鳩首凝議を少々」


 露骨に嫌そうな顔をする。


「まあまあ、食べ物の匂いに釣られちゃっただけだ」


「あぁ、そういうことにしときますよ、ホラ、今日は初めてのクエストですから、早く受注しに行きましょう」


「俺が行くのは信義則に反する」


 俺は怒れる妹の魔法の力に屈し、渋々行くはめになった。









 集会所の様子は、昨日と打って変わって、中々に賑やかな場所になっていた。


 俺が入った瞬間に周りから視線を向けられたのも、マーフィアがそれに反応して魔力酔いしそうな位の力を周囲に出したのも、一瞬だった。


 殆どの人は慌てて目を伏せたが、数人だけ此方へ向かってくる者もいた。

 どんな胆力してんだ。


「はーい、断りもなくこんな所で放流しないで下さーい」


 ギギギ、と音が鳴る。

 多分これは、目の前の全身ローブの銀髪でやる気なさそうな目をしている女から発せられる力と、マーフィアの力が衝突し合っている音だ。


 ただ、マーフィアに注意したのは別の方。

 銀髪の少女の後ろでニコニコしている桃色の髪の女だ。


「こら、シーちゃんも辞めなさい」


「マリ、だって、コイツ感じ悪い」


 何か話しているが、マリとか呼ばれている方は中々の装飾品を纏っている。

 両腕にこれでもかと付けられた指輪やリング、なんといっても襟に付けられているバッヂが黄金色なのだ。


 絶対俺達より階級上だし、何ならマーフィアより強そうな雰囲気が出てる。


「マーフィア、辞めるんだ」


「ですが…!」


「悪い感じはしなさそうだし、階級が上なのは間違いない。先輩だぞお前、ここがガッチガチの縦社会だったらどうする」


 マーフィアは悔しそうな顔をしながら魔力を引っ込めた。

 同時にシーちゃんもキリリとした顔をやめて、だらけた表情になる。


「しっかりしてるわね、ごめんね、彼氏さんがパーティにいるから警戒心が強くなってしまうのも分かるんだけど」


「かれっ」


 マリさんの言葉によって、マーフィアの顔が驚嘆の色に染まる。

 それからえげつない速度で髪型をポニーテールにし、俺を見つめてきた。

 えっ、ポニーテールに何の意味が?


「とりあえず自己紹介しましょう」








 銀髪の少女はシータと言うらしい。

 訳あってマリの家に居候していて、魔力の差が常人と桁違いな事に気付き、一緒に探索者になった。


 部門は駆除。

 初心者の殆どは採集部門に行くはずだが、今時駆除部門に来るのは珍しいらしかった。


 何でも最近、モンスターやらの動きが活性化していて、何十年に一回のなんちゃら災害が起きそうになっているらしい。


 階級は白→銀→金→青→緑→赤→黒の順で、マリさん達は俺の二個上。

 最低でも30個以上のクエストをこなす必要があるらしく、相当の熟練者らしい。


「にしても、男の子の探索者ってあまり見ないわねー」


 まじまじと身体を見てくるマリさん。

 そこに脂ぎった欲の目は無い。


 問題なのは、コイツだ。


「すんすん、すんすん」


「離れて下さい、兄様が汚れます」


 さっきから俺の腕にくっ付いて離れないシータちゃん。

 かわいいんだけど、窮屈だし、暑いし、それに乗じてマーフィアまで近くに来るからたまったもんじゃない。


「子供だから、しょうがない」


「やっていい事と悪い事がありますよね?」


 こめかみに青筋を立てながら必死に引き剥がそうとするが、シータちゃんは全く動かない。

 子供なのに感性は大人、まさに二律背反である。


「うっ…男特有の匂いが鼻腔をくすぐる…」


「うーん、これはどうやっても離れなさそうだわ」


「なら、一緒に行くべきだと思う」


「そうね!それがいいわ!」


 何故か蚊帳の外にされ、またトントンと話が進んでいく。


 この息の合い様、もしかして、最初から計画してたものじゃないだろうか。


「ちょっと待って下さい。兄様は私と既に予約済みです」


「私、先輩。ガッチガチの縦社会。」


「だから?探索者は実力主義です」


「なら試してみる?」



 喧嘩勃発してない?


 ここでマーフィアから離れて、この二人と生活していくのもアリではあるが…


 正直、ヒモの飼い主は誰でも良いけど、いざという時戦力になりそうなマーフィアは手元に置いときたいなぁ。

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