ヒモになりたい

@mrumru

嚥下


 ストレスが原因だったらしい。


 体調管理もままならず、蛙鳴蝉噪の議論が頭の中で繰り広げられている。


 覚束無い足取りで道を踏み外し、車道へ。


 いきなり出てきたもんだからブレーキが間に合わなかったたんだろう。

 頭から潰されて、そのままお釈迦様へ直行。


 現場は流血淋漓だろうなぁ。ごめん、後掃除頼むよ。


 もし転生なんてモノがあれば、こんな人生は送りたくないなぁ。


 というか、ヒモになりたい。





 ぬるん。


 何故だろう。こんな感覚は初めてだと表層意識が訴えているのにも関わらず、どこか久しく、感じ慣れた様な気がする。自家撞着。


 あーーもしかして。


 その感覚が来た時にはもう遅かった。


「おんぎゃあああああ」


 考えるには野暮だろうし、周りに胡乱な顔をさせるべきでは無い。


 取り敢えず何も見えない。

 抱き抱えられている事は分かるし、話し声のようなものも聞こえる。


 俺には泣き続ける事しか出来ない。

 だが、転生し、記憶を引き継げたという事は、相当なアドバンテージになる。


 俺には今逆光を一身に受け、生けるチンダル現象となっているハズだ。


 にしても、転生って本当にあるんだなぁ。







 ベイカー・ランテッド。12歳になりました。


 いやー、難しいね。


 何が難しいって言うと、同じ歳の子のノリについて行く事。


 大人になっても子供みたいなセンスを持ってる人はいるけれど、実際に体験すると中々にきついものがある。

 メアリーの部屋の結末が今なら分かりそうだ。


 ただ転生といっても同じ世界にまた戻れるという法則は無いようで。


 どうやらここは魔法主体の世界らしかった。

 高度に発展した科学は魔法と見分けがつかないなんて言葉があるが、何もせずに炎とか雷とかが目の前に現れる様は、完全にその域すら超えていた。


 俺が生まれたのは大きな都市『バルハラ』の一角の家。

 この世界にはハリー〇ッターの様に、5歳まで魔法が使えなかったら、ラルクと呼ばれ、人間としての価値を格下げされるらしい。


 ちなみに俺は3歳でようやく出来た。

 感覚的にはイライラ棒とかと同じ。必死に体の中の回路から魔法の素を捻り出して、掌から風を起こす。


 家族は使えたことに喜び勇んで、パーティーを催してくれた。

 子供の頃にこんなの無かったから新鮮だった。


 そして重大な問題。


 この世界は所謂貞操観念逆転世界。


 訳分からんモンスターもいます。


 それを退治するお仕事をしている人達もいます。


 男は普通は非戦闘要員であり、才能ある者だけが戦闘員になれます。


 元々その仕事に就く気の欠片も無かったけど、半ば強制的になる事になりました。


 拙い。


 俺はこんな状況で突き進もうなんて微塵も思わない。


 全部仲間に任せたい。報酬だけ貰いたい。


 働かずにヒモになりたい。


 ちなみに父はいない。俺が生まれた後、忽然と姿を消したそうだ。


 妹はいる。マーフィア・ランテッドである。

 一つ年下で、人見知りで警戒心強めだけど、俺には凄く懐いてくれている。

 かわいいね。

 ちなみに魔法の才能がずば抜けて高い。

「兄様にも才能がある」と言い出して勝手に俺の職業を決めた張本人でもある。

 絶対許さんからなお前。


 ただまあ、無理にでも拒否しなかったのはその報酬が破格であるからだ。


 マーフィアは才能がバリバリにあるらしいので、きっと難しいクエストでも難なくクリア出来るだろう。


 俺はそれにあやかってれば良いのだ。


 巨大なぐすくという要塞マーフィアを用いているのだ。


「まさに左腕も使える孒…」


「また劇が始まった…」


 嫌に芝居がかった動きでマーフィアを見やる。


「いやいや、遂に俺は明瞭な考えが出来たと喜んでいたんだよ」


「なんでこんな歳でそんなの分かるんですか」


 マーフィアは黒みがかったロングヘアーをかきあげた。

 大抵この髪型にする時は気合が入っている時だ。

 ちなみに俺は茶色の髪に合っていそうなセンターパートである。


「兄様、もっと露出を控える格好してください」


「半袖の何処がいけないんだ」


「いや、そこじゃありません、なんでガッツリ胸開けてるんですか」


「暑いからだろ」


「あのですね…」







「あ…暑い…」


「ガマンしてください」


 人々が足音を立て、右往左往へと歩き回る大通り。

 死ぬ前とは違う、明らかな丁々発止の議論が渦巻いている。

 いや、暑さだけで死ぬ可能性が高い。


 歩を進めると、黒い鉄のようなもので覆われた大きな集会所があった。

 周りの中世の様な景色とはかけ離れている外観に、目を奪われる。


「何だこれ…」


「詳しくは存じ上げませんが、外見だけらしいです」


「性格悪いイケメンってこと?」


「その例えは分かりかねますが…」


 やけに綺麗な自動ドアを潜り抜けると、中は相当質素な造りになっていることが分かった。


 木造の壁に、カラフルな装飾、机や椅子は勿論、カウンターや2階への階段も存在する。


 ただ、気になるのは門前雀羅を張っている事だ。

 何故こうも人が出払っているのか。


 認証を済ませておきましょうか、とマーフィアとカウンターに向かう。


「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」


 探索者ご希望の方でしょうか、とやけに機械じみた発音と言葉で受付嬢が言う。


「あら、そちらの…男性の方でしょうか?」


「ええ」


「失礼ですが、認定証はお持ちで」


「ここにあります」


 …ん?なんかトントン拍子で進んでないか?

 認定証って何?


「男性が探索者になる為の証です。私が勝手に作りました」


「あっ、何勝手に作ってんの?」


「…はい、畏まりました。駆除の部門で」


 受付嬢は耳に手を当て、何かを話している。


「ねえ、何?駆除の部門って」


「探索者には部門があるんですよ。採集・駆除・確保の中の一つです」


「早く言えよ、俺採集で良かったよ」


 確保は犯罪者系列で、駆除はモンスターだとしたら、採集が一番安全じゃないか。


「駄目です、兄様は駆除です」


 強制的に、俺の職業の詳細まで呑み込まされた。


 これもある意味ヒモなのかもしれない。


 ヒモであってたまるか。

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