Marriage Knot
第43話 桐哉の想い
私は桐哉さんの胸に寄り添った。彼はそっと私を抱きしめてくれた。そして、ちょっと私のあごを上げると、今度は深く、深くやさしいキスをした。ふたりのぬくもりは、唇を通してずっと続くように長く、呼吸ももらさずに触れ合った。それから、背の高い桐哉さんは、ちょっと背をかがめて私の首元に腕を巻いた。
「あなたは、僕にたくさんの幸せを教えてくれた。美しいものだけではない、もっと楽しい未来のことを。わくわくする未来のことを教えてくれた。ありがとう。あなたがいつか話してくれた編み物と未来のお話が、僕の凝り固まった心をほぐしてくれたんです」
私は涙ぐんで聞いていた。桐哉さんはそのバリトンの甘い声をさらに落としてささやいた。
「僕が官僚をやめたのは、官界が後ろ向きな世界だったからです。そこには、過去しかなかった。未来を創ると意気込んで飛び込んだのは、過去の亡霊たちの集う墓地でした。まだ僕は若かった、だからいつも誰かの不始末の後始末ばかりを命じられて、機械のように深夜まで働いて、帰宅すれば一人ぼっちで寝室に入るだけ。そんな時間が続きました。そして、好きなニットのことも忘れ、余裕がなくなった。現在のことも見えず、まして未来のことなどわかるはずもなかった。官僚を辞め、今の会社に入ってからもそれはあまり変わらなかった。大企業の方が、未来志向だと思っていたが、実際には過去の業績にとらわれすぎる古い体質で、新しいことをやる社風などそこにはなかった。そして僕はここに……『アトリエ』と名付けた城に閉じこもった。黙々とひたすら毛糸を編むことで、逃げていたのか、それとも自分を探していたのかもしれない。だが結さん、僕があれほど探して求めた未来は、ここにあった。あなたの中にあった」
「桐哉さん……」
「僕の未来には、あなたが必要です。絶対に、永遠に」
私たちは見つめあった。桐哉さんは、私の額、ほお、それから唇にキスをした。私は涙を吸った。桐哉さんの目も、少しうるんでいるように見えた。いつか見た孤独な少年の面影は、どこかに消えていた……。
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