未来を編んだシンブル
第39話 サラ・ケストラー(2)
そうつぶやくと、桐哉さんは私に背中を向けて、作業机に向かった。その引き出しから一冊のファイルを取りだして、またこちらへ戻ってくる。テーブルの上に開いて置かれたそのファイルは、何やら英語で書かれた書類、レースやニット、クロシェ作品の写真に、一枚の名刺だった。桐哉さんはその名刺を抜き出して、私に見せてくれた。
「Sarah Koestler (サラ・ケストラー)。僕の恩師のお嬢さんです。結さんが言う『金髪の女性』とは、彼女ですね。それ以外考えられない」
「サラさん……?」
「そう。彼女は英国のデザイナーです。そして、レースの専門家でもある。デンマークの手芸学校でも学び、そこで教えていたこともあります。王立刺繍学校でも学んでいました。彼女はドイツ系で、ドイツのボビンレースもできます。ドイツでは、ボビンレースはKlöppel(クレッペル)と言い、女性マイスターもいるほどです。クンストレースKunststricken(クンストシュトリッケン)もドイツのものですね」
桐哉さんのドイツ語の発音は、ちょっと硬質な響きを持っているけれど、バリトンによく似合うもので、耳に心地よかった。そして、クンストレースもボビンレースも、私の憧れだ。これは棒針やボビンと呼ばれる器具を使って編むレースで、手軽なクロシェレースよりも技巧的なのだけれど、独特の美しさを持っている。英国といえば、最近日本でも人気のタティングレースが有名だが、私はドイツのレースにも関心があった。そして、いつかドイツの蚤の市でアンティークレースを見つけたいというのがささやかな夢の一つだった。
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