第25話 未来を編むシンブル

 桐哉さんは、眼鏡をかけた。レッスンの始まりだ。

「先生、僕の編みたいものをリクエストしてもいいですか」

 桐哉さんは眼鏡の奥で試すような視線を投げかけた。私はもちろんですと応じた。

「僕は、シンブル(指ぬき)が編みたい。かぎ針で、編めますか。できればレースがいい」

 指ぬきとは、お裁縫やパッチワークの時に指にはめて使用するものだ。これをうまく使えるようになると、針目が整い、縫い目がきれいに見える。けれど、今時指ぬきを使ってお裁縫をする人などいるのだろうか。

「レースのシンブル……。実用性に欠けると思いますけれど」

「かまいません。編みたいのは、『未来』です」

 シンブルが未来を編むことになるとは、どういうことだろう。私は首をかしげた。

「もちろん、シンブルのような小さなものなら、すぐに編み図が書けますよ。それに、基本的な編み方でできます。でも、どうしてシンブルなんですか?」

「秘密です。でも、ヒントだけ」

 桐哉さんはちょっと意地悪をするのが好きなようだ。やさしい光をたたえた目からは、いつの間にか充血は拭い去られていた。

「はい」

「留学していた時に、イギリス北部で出会ったケーキがあります。シンギング・ヒニーという焼き菓子です。これは、一昔前の子供たちが好んで食べたものらしくて、面白い言い伝えがありました。ケーキの中に、ボタン、シンブル、硬貨を焼きこんでおいて、子供たちの将来を占うんです。まあ、フランスのフェーヴに似ていますね。……ケーキの中からシンブルを見つけた女の子の未来はどうなると思いますか?」

「うーん……。お裁縫が上手になる、とか?」

「惜しいですね。でも、僕がシンブルを編み上げたら、教えてあげますよ」

 桐哉さんと私は、目を見合わせてくすっと笑った。これで、また楽しみができた。桐哉さんは、私にささやかな希望をくれた。私も、いつか桐哉さんにわくわくするような素敵な思いをプレゼントしたい。

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