第24話 彼女はなにゆえに編むのか
「ありがとう」
桐哉さんのこぼれる笑顔を見ていると、私の心はじわじわと温まった。
そばにいるだけで、いい。それだけでこんなに幸せな気持ちになれるのだから。
桐哉さんは、タイをそっと胸に当てたまま、思い出すように語りだす。
「僕が編み物を始めたのは、レーシーと姉の影響です。姉は10歳も年が離れていたけれど、僕とは仲が良くて。国内大手のランジェリー会社を経営する「八重原」家に嫁いで、アンティークレースのコレクターになりました。レーシーというのは、飼い猫の名前で、僕が初めて覚えた英単語。「八重原」に、「レーシー」。どちらも思い出深い名前です。……もう、おわかりですね。僕がなぜ「八重原」と名乗ったのか、なぜ「Lacy Knot」というブランドを立ち上げた新進作家の「YUI」さんが編むレースにひかれて、素晴らしい編地のニットタイをオーダーしたのか」
「はい」
「結さんのことも聞かせてください。結さんは、なぜ編み物をされるのですか?」
私は、答えに詰まった。けれど、桐哉さんは真剣な顔で私の顔を見つめている。それで、私は思いつくままに言葉を口に載せていった。
「私が編み物のことを好きなのは、未来のことを考えられるからだと思います。……冬に着るベストは、真夏から用意を始めますよね。暑い中、ふわふわの毛糸を触りながら、汗だくになりながらわくわくするんです。今年の冬は、この毛糸で編んだかわいいベストを着てお出かけしようって。冬になると、今度は冷たい金属製のレース針をもって、コットンの白い糸を指に巻きつけながら、来年の夏はこの糸で編んだきれいなレースのドイリーを飾ろう、そうしたらきっと素敵な夏になるってどきどきします。いつも、ちょっと早く、でも誰よりも早く、まだ見えない未来のことを思って、今を頑張ろうって元気になるんです」
丹念にレースを編むように言葉を紡いでいく私。やがて頭の中で、言葉の糸車がゆっくり回転を止めた。桐哉さんは、私の言葉を聞き終わると、納得したように腕を組んだ。
「なるほど。一種の編み物哲学ですね。非常に興味深い」
「いえ、哲学だなんて。そんな大きなものじゃないです」
「あなたは、ほんものですね。僕の見立てに間違いはなかった」
。
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