第14話 レッスン

「では、鎖編みをして手をならしましょう」

「はい、先生」

 桐哉さんは、少年のようにいたずらっぽく笑った。

 私はバッグの中から毛糸玉を取り出した。初心者にも編みやすいように、そして手にやさしいように化繊を使わず糸が割れない上質なものを選んできた。

「どの色がいいでしょうか」

「そうですね、ではピンクのこれにしましょうか」

 桐哉さんが選んだ毛糸は、赤いネップが入った少し落ち着いたピンク色のツイードヤーンだった。ピンクを選ぶなんて、意外なチョイスだ。てっきり桐哉さん自身に似合う、こっくりしたブラウンやグレーの糸だと思っていたのに。これは私が待ち時間で編もうと思っていた編みぐるみ用の毛糸だ。

「はい、これですね」

 毛糸玉を手渡すとき、桐哉さんの指と私の指が触れ合った。桐哉さんの指はニッターらしく繊細な細い指だ。私は恥ずかしくて目をそらしてしまったが、桐哉さんは平気な顔で受け取った。


 しばらく、桐哉さんが鎖編みを編むシュッシュッという軽い音だけが響いた。鎖編みは棒針編みが専門のニッターさんでも、セーターやベストなどを編むときには使うことがある、ポピュラーな編み方だ。けれど、手を慣らさないと一定の大きさの鎖は編めないので、練習が必要だ。

 桐哉さんは、少しうつむいて手元を見ながら軽快に編み進んでいく。やはり何度か編んだことはあるのか、表情には笑みさえ見える。ずり落ちる眼鏡を指でひょいと押し上げるしぐさに、副社長としての桐哉さんが見せたことのない隙が垣間見えて、なんだかくすぐったい気分になった。こんなリラックスした表情の桐哉さんを知っているのは、私だけ、私だけなのだ。恋人でなくてもいいから、このレッスンが永遠に続いてほしい……。

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