第7話 あこがれの人

「ゆ、結瀬副社長……!!」

 そこに立っていたのは、まさにあこがれの結瀬副社長だった。彼が、なぜここにいるの……?そして、どうして私の名前を知っているの……?

「驚かせてすみません。僕が、八重原です。会社では、結瀬として通っています。あなたのニットタイをオーダーしたのは、この僕です」

 結瀬副社長は、にっこり微笑んでみせた。そして、暑いのに着崩して品位を汚すようなことはしないのか、きっちり着込んだスーツ、そしてネクタイを指さした。

「見覚えがあるはずです」

「確かに……」

 そのタイは、確かに私が編んだものだ。オリジナルの、かぎ針で編んだアラン風の編地、オーダーに合わせて選んだツイードネップの入った英国風ウール……。私は混乱してしまった。


「お隣に失礼しますね」

 副社長は、慣れた足取りでソファの前にやってくると、私のすぐ隣に静かに座った。そして、差し出されたメニューを手に、いろいろと注文を始めた。まず、私に飲み物を聞いてくれたのだが、私は緊張のあまり「オレンジジュース」と答えてしまった。  

 副社長はふわっと笑って、私の代わりに「カンパリソーダ」と注文してくれた。それから、彼自身はウイスキーを頼んでいた。食べたいものを聞かれても、こんな高級バーに縁のない私はあわてふためくだけで答えられない。副社長のオーダーは季節のフルーツ盛り合わせだった。


 間接照明がくっきりと浮き上がらせる副社長の横顔は、とても繊細で、そして英国紳士といったダンディな雰囲気が、このバーによく調和していた。社報に載っていた写真よりも、ずっとずっとかっこいい。少し猫毛のようなふんわりとした黒い髪。ちょっぴり日焼けした頬。じんわりと浮き出す玉の汗を、落ち着いたネイビーのハンカチでそっと押さえるしぐさには、彼の持って生まれた上品さを感じ取ることができる。


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