第3話 危険な副業

 私が好きなハンドメイドは、ずばり編み物である。かぎ針編み、特にレース編みが大好きだ。レースは糸が細いため、編むと肩が凝るし、編み図とにらめっこするので目が痛くなるしと大変なのだが、できあがった作品の清楚さに包まれると、それまでの苦労はじんわりとほどけていって忘れてしまう。陽だまりの中でうとうとする猫が、なんの不安もないのと同じだ。ハンドメイドのぬくもりは、OLの仕事のきつさも、深夜帰宅してから編むという寝不足も、すべてやわらかく包み込んでくれる。


 けれど、癒しの編み物を続けていると、どうしても作ったものがあふれてしまう。最近では、セールの時に買いだめしているレース糸や毛糸よりも、完成させた作品の増殖ぶりがすごい。まさに毎日が「編み倒れ」だ。ストレスがたまるほどに編みたくなるのは、まさに疲れがたまるといつも、ホテルのケーキバイキングでたっぷりスイーツを詰め込み、翌日からまた食事制限に励む、万年ダイエッターの茉祐のようだ。

 それはともかく、部屋に置いているかごの中は、編んだレースの小物やドイリーでいっぱいになってしまった。これをどうしよう……。そう思っているときに、手芸誌でハンドメイドマーケットサイトのことを知った。せっかく手間暇かけて編んだのだから、写真にも少し凝ってネットに掲載して、気に入った人に買ってもらいたい。そう思った「にわか編み物作家」が私である。ブランド名は「Lacy Knot(レーシー・ノット)」。レースでご縁を結びたい。そんな気持ちを込めて名付けた。実は、私の名前「結」のもじりでもある。

「結は、セーターとか編まないの?」

 SNSにさっき食べたサンドイッチの写真を投稿し、男性からのコメントに返信しているらしい茉祐が言った。

「私、棒針はあんまり得意じゃなくて。あれは器用さとセンスが必要だからね。それに、細い糸を編む方が好き」

「そっか、もし結がオリジナルデザインのセーター編んだら、写真撮らせてもらってSNSに投稿しようと思ったのにな。私が編んだって書いて」

 茉祐はさりげなく私の知的財産権を侵害する。私はため息をついた。

「あんたが自分で編まないと意味ないでしょ」

「だって、難しいんだもーん」

 何が「だもーん」だ。そのモテに賭けるやる気を少し回せばいいのに……。

 私は、ひそかに今日から、サイト掲載の編み物写真に、ブランド名と作家名「YUI」をロゴにして一緒に載せようと思った。

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