星の王

 この世界は『魔力』に満ちている。

全ての空間を余す事なく、何らかの元素が満たしているように、魔力もまた全てを満たしているのだ。


魔力という御伽噺のようでメルヘンチックな名称は、この力を探究して行く上で利便的に付けられた名であり、その実、より本質的なものである。

そして、それは酸素のように、生体、無機物問わず大きな影響力を持つ。


 ヒトを例として見てみよう。

周囲に漂う魔力が希薄であれば、いずれ不調を来し始め、次第に衰弱して死に至る。

かえってあまりに高濃度が過ぎれば、これまた不調を来し、やがて、とても恐ろしい事態に成り得る。

この恐ろしい事態というのが、歓迎されるものか、忌避されるものかは、個々の価値観によりけりだろう。

ただし、はっきりとしている事は、大多数の者から望まれないものであるという事だ。


 当然ながら、何らかの要因で濃度の高い魔力の分布に異常が発生した土地では、生命体は生きて行く事は出来ない。

そう、真っ当な生命体は。




 その日のスケジュールは普段とは、がらりと違うものだった。

最近は午前に座学、正午から夕食を挟んで就寝前まで、魔力を扱う訓練及び戦闘訓練を行うという流れが殆どであった。

似通ったスケジュールがずらりと並ぶ表の中に、それは紛れ込んでいた。その日のスケジュールのみ、アヒルの群れに紛れた白鳥の子のような一目で分かる異質さがあったのだ。

そこには、ただ一つ……

実地演習見学とだけ書かれてあった。


 スケジュールを手渡された時から引っ掛かるところがあり、機会を見つけては職員へと尋ねてみたりなどもした。しかし、これと言った手掛かりが得られることは無く、皆、首を傾げるばかり。

どうやら、低権限の職員には詳細は秘匿されているのであろう。


そう考えた私は、高い権限を持つ職員に当たるのが良いと考えた。しかし、まだこの施設の指令系統を教えてもらってはいない。更に職員リストなどはもってのほかだ。

取り敢えず、私が目にした範囲で指揮を摂っていた者へと尋ねてみた。

その反応はこれまでの職員とは異なり、口に出さずとも含みがあるような素振りを見せた。しかし、望む回答を聞き出す事は叶わず、黙秘或いは回答を拒否されるばかりであった。

恐らくは機密情報。

まだ信頼を得ているとは言い難い私では、それを聞き出すことは不可能だろう。

そう自身を強引に納得させ、一度は諦める事にした私ではあったが、心の何処かに引っ掛かっていたままであった。


 訓練中それがつかえになり、軽微なミスを繰り返してしまっていた。訓練の成績が安定を欠き、座学も飲み込みが悪くなっている。

好奇心に易々と揺らぐ精神の幼さを不甲斐なく思う私に、何かを感じ取って声を掛けてくれる者がいた。 


「どうしたのかな?シオくん。どうやら身が入ってないようだけれど」

 その人の姿を見て、私はハッとした。

この施設の最高責任者であり、プロジェクトリーダー。そして、私達の生みの親でもあるDr.ミカミだ。

この白髪の老化学者は人一倍私達に気を配り、恐れる事も卑下する事もせず、同じ目線で接してくれる。

この人ならば答えてくれるかも知れない……私はそう思い立った。

優しいこの人の心を逆手に取るような真似をして心苦しくもあったが、好奇心には勝てなかった。恥ずかしながら私には、結論を急いでしまう癖があるらしい。


「あぁ、三日後の事だね?まぁ、すぐに分かる事だよ」

 Dr.ミカミのこれまでと変わらぬ答えに、思わず私は声を立てずに俯いていた。意図せず落ち込んだような表情をしてしまっていたのだろう、それを見たDr.ミカミは柔らかく微笑んで、私の頭を撫でてから優しいトーンで続けた。

「……とは言え、生まれて二月も経たない君にとっての三日は余りにも酷な時間だね。立場上、多くは語れないがこれだけは教えよう」


「君にとって非常に興味深く楽しい時間になる。楽しみに待っていて欲しい」

「……!は、はい!」 



 Dr.ミカミの言葉を境に、私はこれまで以上に訓練に打ち込んだ。霧が晴れたかのように体が軽い。

メンタルというものが、ここまで身体に影響を及ぼすものかと知り、私自身も面食らっている。

好調の私を連れて、あっという間に三日が走り去り、例のその日がやってきた。


 その日は朝食を摂った後、自室待機を命じられた。その指示に従い、座学の復習をしながら待機していると、十時半を回った頃にインターホン代わりのブザーが喧しく鳴り響いた。

教本を片付けていそいそと身なりを正してから「はい!」と返事をする。すると、外と繋がるスピーカーから聴き慣れない声が聞こえてきた。

「準備が整いました。移動をお願い致します」

その言葉に従って部屋から出ると、見慣れない格好の男性二人が、気を付けの姿勢で待ち構えていた。

「では、参りましょう」


 私は彼らに先導され、仄暗い照明に照らされた通路をひたすら歩いてゆく。

会話は何一つなく、ただ黙々と。

研究員とは違うその出立は、暗い灰を基調とした軍服のようだ。脛まで守る軍靴の硬い底が、カツカツと床を打ち鳴らしていた。

私の居住区を出て、妙に先の明るい角を曲がると、何処か見覚えのある連絡通路があった。

照明はこれまでと変わらないものの、連なった大窓から差し込む光によって、一際、明るい印象を受ける通路だ。

そこを通じて、普段生活をしている棟から隣の棟へと渡ってゆく。


 思えば、この通路を渡ったのは二度目で、一度目は私が生まれたあの日だった。まだ体の感覚が鈍く歩けない私は、車椅子で押されてここを通った。

その時は車椅子に座らされていた為に見えなかった窓の外も、今ならハッキリと見える。

外には水墨画のような濃淡ばかりが目につく、無機質な建造物群が立ち並んでいた。明らかに居住用とは異なる巨大な建屋から渡されたパイプが、繁茂する蔦のように別の建屋へと這っている。

そのパイプのスクリーンの隙間からは、天の川のように細密に寄り集まる光の粒も見えた。


 窓の外の景色に気を取られながら上の空で歩いていると、突如、靴の音がピタリと止んだ。

少々驚きながら前方へ振り向くと、一人は規律の取れた直立でこちらへ向き直っており、もう一人は警護をする様に、目の前のドア脇に後ろ手を組んで立っている。


「こちらです」


簡潔にそう告げて敬礼をすると、私に相対していた男性ももう一人とドア越しで対称の位置に立ち、休めの体勢を取った。

こちらです…と、多くは語らずに話は終わってしまったが、この二人の男性がドアを挟むように立っているのを見るに、此処へ入れという事で間違いは無さそうだ。


慣れない状況に少し面食らいながらも、ドアと向かい合った。部屋の用途を示す掛札には『視聴覚室』と書かれている。

両脇の男性二人をチラと横目で見るものの、置物のように不動で、眉一つ動かす事なく正面を見据えている。

私は意を決して、ドアノブへと手を掛けた。

ここにはDr.ミカミが、私にとって素晴らしいもの、と称した何かがある。

期待と幾ばくかの不安を胸に、私はドアを開けて一息に部屋へと踏み込んだ。



「やーっと来たか。待ちくたびれたぜ」

 そこへ立ち入った私を迎えたのは、恐ろしく暗い部屋と、初めて聞く若い男の声だった。

部屋を見回しても、あまりの暗さに何も見えない。

目が慣れていないのもあるが、恐らくは窓すらも無いのだろう。唯一の光といえば、ドアの隙間から漏れ出して私の足元を照らす、細い絹糸のような一筋のみだった。


「それじゃ、始めっかな」

そんな男の一声と共に、脈絡なく、目の前の空間に一枚のスクリーンが投影された。突如、目に飛び込んできた光に少し目が痛い。恐る恐る、薄目を開けて徐々に慣らしてゆく。


 魔力で宙に投影されたスクリーンには、映像とは思えない程に鮮明な光景が映し出されていた。まるで目の前の空間を切り取って、スクリーンの中の場所と直接繋げたかのようだ。手を伸ばせば中の物を簡単に手に取れそうだとさえ思う。

いや、もしスクリーンへ手の届く距離に立っていたとしたら、十中八九そうしていただろう。


そのスクリーンに映し出されているのは、退廃的なイメージを強く与える場所だった。

ここは恐らく、街。正しくは、街だった場所だろう。

恐ろしく高いビルやタワーが聳え立ち、所狭しと幾何学的な建造物が大小立ち並ぶ。

きっと人々の営みの中心部だったであろう、という事は容易に想像がついた。

大都心、その言葉に違わない規模だ。

ここまでの栄華を極め、しかしながら退廃的。

何のことはない。一人として、人間が居ないからだ。

いや、人間どころではない。命の気配すらも感じない。

コンクリートジャングルの合間を鳥が縫う事も無ければ、人工か自然かを問わず植物すらも見当たらない。はっきりと言ってしまえば、異様な光景である。

幾ら人の手が加えられた土地であろうとも、管理する人間が居なくなれば、時を経るにつれ緑に侵食されて行くというのに、ここはまるで時が止まったかのような静寂に包まれている。

たった今まで暮らしていた人含む全生物が、そっくりそのまま消失してしまったかのように。


「ここは既に滅びちまった国の首都だ。3年前に起きた事件のせいで自壊した。国土の広大さと資源の豊富さから、世界でも1、2を争う大国だったよ。それが、まぁ……このザマさ」


スクリーンの側に立っていた男が、映し出される映像を眺めながら鼻で笑った。

目の前にパノラマで広がった光景に目を奪われていたが、ここで初めて声の主が見えることに気づいた。


白い短髪のその男はこちらへ振り返ると、まるで品定めでもするように眺めてきた。こちらを伺う両の目は、澄んだ水色と朱色のオッドアイであり、研究員や軍人たちの制服とも違う服装から、特殊な立場の者であろうと思われた。喋り方や立ち振る舞いから何処か飄々とした印象を受ける人物だ。


「どれだけ綺麗に築き上げられた建築物も、人が居なくなれば、あっという間にボロボロ、形無しだな。ま、なんて事はないさ。ただ、運が悪かったとしか言いようがない」


「ちょっと待ってろよ……」

男は隣接する倉庫に姿を消すと、ガチャガチャと物音を立て始めた。暫くして、パイプ椅子を二脚引っ張り出してくると、ドカッと地面に据えた。

一脚は自分の背後に。もう一脚はスクリーンの真正面にだ。呆気に取られていると、小さくため息一つ吐いて、ぶっきらぼうに促す。

「ほら、座れよ」

「ぁ、はい」


「この先、少し長いだろうからな。……それに、今時パイプ椅子なんてノスタルジックな代物に座れるもんじゃない。バカな金持ちの間じゃ、アンティークだとよ」

「ありがとうございます」

別に拒むような理由もない。その言葉に甘えて、用意されたパイプ椅子へ腰を下ろしてから、スクリーンへ向き直った。


「本当なら現地で直接お目にかかりたいもんだが、生憎、面倒に巻き込まれんのはごめんなんでな。今回は映像越しだ」


「この国は魔力による事故で滅んだのさ。その影響で普通の生物は生きられない。まぁ、お前なら大丈夫だろうけどな」


男性はこちらへ視線も寄こさず、食い入るようにスクリーンに見入ったまま、話し掛けてくる。詳しくは分からないが、話の内容から察するにどうやら、この謎の男性は私達の素性について少なからず知っているようだ。


 暫くするとスクリーンの場面は移り、かつて交通の要だったであろうことが想像に難く無い巨大な交差点が映し出された。

地に十字があるだけには止まらず、いくつもの道路が立体交差し、まるで人工の樹海とでも言えるような複雑さで絡み合っている。

一見目を引く、芸術的ですらある高密度インフラの中、目を凝らすと小さく2つの影が見えた。


 スクリーンの映像を撮っているカメラの位置が遠いのだろうか、言われなければ気付けない程の極小の点2つ。しかし、その点が放つ異様な存在感には、画面には映らない大きな何かによる、否応無しに気付かざるを得ない何かがあった。

私が男性の方へ目を向けると、同様に小さな2点に気が付いたらしく、「おお!来た来たっ!」と、楽しそうにしている。

その口振りから彼は2点について何かしら知っており、そして、それは彼にとって興趣の尽きない事であることがひしひしと伝わってきた。


次第にカメラが近付き、視野角が狭まってくる。比例して不鮮明だった二つの影が、やがて明瞭に姿を現した。

全生命の禁足地となった廃墟都市に立つ、二つの影。

瓦礫に腰掛けて足を組む者と、それに背を向ける者。立ち姿と座り姿という違いはあれど、恐ろしい程の体格差がある事はよく分かる。優に倍以上はある体格差だ。

背を向けた巨人は良く知っている。

「コードネーム『マグナ』最初に創られた男だ。身長は確か……250くらいだったか。いや?もうちょいあったかもな。それに体重は計測不能。片時も鎧を外さないってのもあるが、何より鎧自体が帯磁しているせいで、何度試みても計器がぶっ壊れるなり、可笑しな結果だったり。まー、多分アイツはわざとやってるぜ」


やっぱりか。

薄々、そうだろうとは思っていた。

神々しくさえある異形の鎧もだが、それよりマグナの存在感が圧倒的。スクリーンの性能故か、画面越しであろうとも、リアルな重圧がこちらまで伝わってくるようだ。


「あの、座ってるちっこい方……ちっこいっつってもお前より少し低いくらいだな。まーマグナと比べりゃ全員ちっこいしな、気にすんな。こっちはコードネーム『アトレ』」

「アトレ……」

シオはその名を反芻する。それを横目でチラッと流し見ながら、男は話を続けた。

「4番目に創られた女で、身長は152cm。体重はなんと、ゼロだとさ。……と言っても、本当にゼロじゃねーだろうさ。本当のとこは知らねーけど、アイツも能力を使って体重計を騙くらかしてんだよ、きっと」


私はアトレと呼ばれた女性へ注視した。

まるで夜空が映り込んでいるかのような、深く暗く、しかしながら青みを帯びた瞳。高めに後ろで纏められた長い黒髪は、不思議な事に毛先に向かうにつれ、白のグラデーションとなっている。

加えて目を引くのが、組まれた足と、膝の上で重ねられた手で、それぞれに鎧が装着されていた。

膝から下を覆うレガースと、肘から先をカバーするガントレット。マグナの様に恐ろしく重厚という訳ではないが、鎧としての機能は十全に持つだろう。マグナの物ほど緻密な装飾は無いが、代わりに堅実な造りをしてあるのがよく分かる。


ただ、腑に落ちないところは、胸部や胴部などの本来保護されて然るべき致命の部位は服飾のままであること。それにもにも関わらず、極論失ったとしても即、死に繋がりはしない四肢にのみ鎧を纏う事。

その事実はアトレについて、こう語っているも等しい。

その鎧は防具より武器として重きを置かれたものであると。

より重く、より鋭く、より硬く、より無慈悲な一撃の為に武器として選ばれたのが、このガントレットとレガースだったというだけのことだろう。


「お前ににとって、こいつらの説明は不要かも知れねぇけど……まー、残念ながらこれも仕事の内なんだな。聴き流しとけよ」

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King S Ender @Scenario

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